
今日は我が家の電気製品の入れ替えの日。従って早朝に少しだけ走るつもりだったのが、
「べつに居なくてもいいで。(居ても役に立たん・・・)だから、その分走ってくれば?」
という相方の言葉。
「そうか!じゃ、行ってくるか!」
「べつに居なくてもいいで。(居ても役に立たん・・・)だから、その分走ってくれば?」
という相方の言葉。
「そうか!じゃ、行ってくるか!」
というわけで、今日はいつもより多めに走ることにした。相方は貴重な晴れ間は洗濯せねばならぬということで3週連続でソロライドになった。
行き先は、以前から行きたかった場所の一つ、滋賀県朽木(くつき)村。
ここは織田信長のゆかりの地。
織田家と対立していた越前(福井県)の大名である朝倉家を
「オレ、あいつキライなんだ」
ってことで攻撃しようと、信長は京都から琵琶湖沿いに福井に向かうも、それまで仲良しだった浅井家(妹を嫁に出している)が、朝倉家に寝返ってしまい、逆に浅井家と朝倉家が手を組んで信長を攻撃することに。
信長「・・・ マジか・・・。」( おそらく)
信長「・・・ マジか・・・。」( おそらく)
で、羽柴秀吉、家康、他少数の家臣を連れて京都へ引き返すことにした。
しかし、琵琶湖沿いはこれまた敵がいるということで、この朽木村を抜けて京都へ逃れる。俗に言う信長の朽木越え。本能寺の変の13年前の出来事である。
ちなみにこの土地の領主は朽木元綱。彼が信長を匿って京都へ返した。元綱の子孫がまだ朽木村に住んでおられるらしい。
という歴史上で面白いエピソードのある朽木村への自転車での訪問が今日、実現した。

行程は、琵琶湖沿いから県道r23へ入り、R367へ。信長はこのR367道で京都へ逃れているので同じように辿って京都へ帰ることにした。そして今日のミッションは道中にある信長の隠れ岩を探して訪れること。楽しいプチ旅になりそうだ。
琵琶湖沿いの湖西は、近江大橋から琵琶湖大橋の間は交通量と信号の多さにウンザリするので、琵琶湖大橋までは湖東を走行して橋を渡って湖西に出るルートを取った。
時計回りの湖西の景色はなかなか良かった。左前方に見える雄大な山と右側には穏やかな琵琶湖。
そしてr23に入ると、川沿いの景色に癒され、R367ではガッツリ登った。(予想外に・・・)久しぶり楽しいロングライドを堪能できた。
そして、
信長の隠れ岩・・・ありました!
信長の隠れ岩・・・ありました!

r23からR367に合流したら右折して5分も走らない所に。
これは何なのかというと、
また、信長の朽木越えの話に戻って、
湖西から密かに逃れてきた信長の一行。朽木村を越えて京都に戻らねばならないが、ここのボス、朽木元綱はいかなる人間か!?
というわけで家臣達が、
「アイツに敵意がないか調べてくるから、この岩陰に隠れて大人しく待っててね

「うん!!

という会話があったかどうかは知らないが、ともかく暫くの間信長が隠れて身を潜めていた岩がこの場所から少し登った山の中にある。
地元の人でもなかなか知らなかったらしいが、有志の方が整備して案内板も立ててくれたとか。
地元の人でもなかなか知らなかったらしいが、有志の方が整備して案内板も立ててくれたとか。
しかし、なんと!

通行止め・・・
「・・・ マジか・・・。」
まぁ、ビンディングシューズではそもそも無理かな。
とりあえずミッションは達成。写真だけ撮ってすぐに帰路につくことにした。
とりあえずミッションは達成。写真だけ撮ってすぐに帰路につくことにした。
この場所のすぐ近くに蛙岩というのがあった。

でかい。
朽木村を暫く散策するつもりだったのが、思ったより時間がかかってしまい、カットした。ここから京都まで46キロの表示が出ていて少しゾッとした(笑)

今日は天気も良かったので多くのローディとすれ違った。それにしても、チーム練で走るロード乗りの一部の人達は会釈を返す余裕すらないのか。でもまぁ、レースに勝つ目的で乗るのならただそれだけに集中して、走ること以外は雑念として処理すれば良いのである。という言葉でフォローしておこう。
ここからR367で京都へ戻るわけだが、下調べを怠ったせいで、本格的な登りに入る前に30キロ走行で頑張ってしまい、登り始めたらグダグダに・・・。まさか500メートル近くまで標高が上がるとは。その後の京都市内から自宅までかなり辛かった。あと心残りは信長つながりで帰りに、本能寺に寄るつもりだったのに、気がついたら通り越していた。せっかく京都市内に来たのに!次回は必ず・・・。
梅雨の間の貴重な晴れ間に楽しいライドができて満足だった。
9時間半で、走行距離164キロ、AV22キロ。
※動画は後日アップします。^^
9時間半で、走行距離164キロ、AV22キロ。
※動画は後日アップします。^^
※歴史の説明で間違った部分があったらゴメンナサイ。