2010年3月30日(生後11日)
昨日、点滴をしてからけいれんが起きてないと言われたので、明るい気持ちで病院へ。
いつも11時くらいに到着して、すぐ先生が病状を説明してくれていた。
今日もすぐ先生が来て、いつもならねねを見ながら説明してくれるのに、なぜか別室に呼ばれた。
先生は、
『目に見えるけいれんは、起きていないんですが、脳波をみると頻繁にけいれんが起きています。
脳波のみだれも正常にしていかなくてはならないので、今日から薬を最大量投与します。
前回もお話しましたが、薬が増えると呼吸が苦しくなるので人口呼吸器を装着します。』
途中から涙があふれて来た。
呼吸が苦しくなるくらいの薬を投与して大丈夫なのか・・・
人工呼吸器って、なんだか重症とか命に関わるものってイメージがあってどうしても受け入れられなかった。
私は、
『人工呼吸器を使ってまで治療したくありません。』
と、泣きながら訴えた。
『生後すぐからけいれんが起きていたと聞いています。
入院するまで、なんの治療も受けていない。
これ以上、治療の遅れを取りたくありません。』
なんか、責められてる気がした。
なんでもっと早く連れて来なかったんだって。
ねねのためだと言われたら、従うしかない。
さらに先生は、
『では、早速治療を開始していきます。
これから人工呼吸器を装着しますが、見て行かれますか?』
『そんなの見れるわけないでしょ!!』と、お母さんがキレて、わたしを連れてNICUを出た。
いつも先生から説明を聞いたら、すぐパパに電話してねねの様子を伝えていた。
でも今日は、いつもより遅くなったせいか、心配したパパから何度も着信が入っていた。
折り返し電話をして、パパの声を聞いたとき、また泣けてきてどうしても話せなかった・・・
薬の量を増やすから人工呼吸になること。
今、装着してる頃だということ。
『メールするから・・・』とだけ伝えて電話を切った。
それから泣きながら、メールを打って送信した。
なんで、よりによってわたしたちの子どもなんだろう。
なんで、ねねなの?
こんな生まれてすぐに、人工呼吸をしなくちゃいけないくらいの薬を投与されて・・・
いっぱいいっぱい痛い思いして・・・
パパともママとも一緒にいられず・・・3人バラバラ。
ねねは、生まれてきて良かったって思っているのかな。
この頃、わたしはふと気を抜くと涙があふれて仕方なかった。
どんどん追いつめられている気がして、情緒不安定だった。
パパとわたしとねねの3人で暮らせる日は、来るのかな??
どうしても前向きになれなかった。
