手入れという思想・クオリア~養老先生~ | St.Patrick~Patty vie のブログ

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 週末の読書本


 このところ、本を読めない週末が続いていたので

久しぶりに ホッとしながら…

でも 難しい内容に 頭がついていかない苦笑



 養老先生は 娘の学校行事で 講演を拝聴したことがあり

本を読んでいても その時の先生の様子から

お話を伺うようなイメージで

すらすらと 活字にも親しみやすい。



 ご専門は ~解剖学~

大学で教鞭を取っておられたので

最近の学生に対する洞察も合わせて

専門分野からのアプローチは

いつも、驚きと深い感動がある。






 本文中に登場した言葉。

とても 気になったので 調べてみた。

 他にも、初めて知ったこと

驚き、深く考えさせられたことがあったが

今回は この言葉。



 
クオリア



(英:複数形 qualia、単数形 quale クワーレ)とは

心的生活のうち、内観によって知られうる現象的側面のこと

とりわけ、それを構成する個々の質、感覚のことをいう

 日本語では感覚質(かんかくしつ)と訳される。





 簡単に言えば、クオリアとは「感じ」のことである。



「イチゴのあの赤い感じ」、「空のあの青々とした感じ」

「二日酔いで頭がズキズキ痛むあの感じ」

「面白い映画を見ている時のワクワクするあの感じ」といった

主観的に体験される様々な質のことである。



 外部からの刺激(情報体)を 感覚器 が捕え

それが神経細胞の活動電位として に伝達される。

すると何らかの質感が経験される。

例えば波長 の長さが700ナノメートルの光(視覚刺激)を

目を通じて脳が受け取ったとき、あなたは「赤さ」を感じる。

このあなたが感じる「赤さ」がクオリアの一種である。



 人が痛みを感じるとき、 のニューロンネットワークを走るのは

「痛みの感触そのもの」ではなく電気信号である(活動電位)。

脳が特定の状態になると痛みを感じるという対応関係があるだろうものの、

痛みは電気信号や脳の状態とは別のものである。

 クオリアとは、ここで「痛みの感覚それ自体」にあたるものである。



 クオリアは、身近な概念でありながら

科学的にはうまく扱えるかどうかが、はっきりしていない。

この問題は説明のギャップ、「クオリア問題」

または「意識のハードプロブレム」などと呼ばれている。



『 脳と記憶 』 『 痛みのしくみ 』 の研修でも

何度も出てきた内容だったので

脳の断面図や構造的なイメージから 

いろいろなつながりを考えることは 比較的スムーズにイメージできた。


 脳や身体機能が 心理学と結びつく

別個に切り離して考察しにくいこと。

器としての身体は どの人間も等しく同じでありながら

ことさら、心理的、心的なものは

まったく個別のものとして違う存在であるヒトの不思議さを感じる。


 それにしても 理数系の方の書く文章は

やっぱり とても わかりやすい。