大津皇子
皇子大津、天渟中原瀛真人天皇(天武)の第三子なり。
容止墻岸、音辞俊朗なり。天命開別天皇(天智)の愛す所となる。
長ずるに及びて弁しく才学有り。
尤も文筆を愛す。詩賦の興り、大津より始まるなり。
(『日本書紀』持統称制前紀、朱鳥元年10月3日条)
大津皇子。皇子は浄御原帝(天武帝)の長子なり。
状貌魁梧、器宇峻遠。幼年にして学を好み、博覧にして能く文を属る。
壮ずるに及びて武を愛し、多力にして能く剣を撃つ。
性、頗る放蕩にして、法度に拘らず。
節を降して士を礼ぶ。是に由りて人多く附託す。
(『懐風藻』)
口語訳
「大津皇子は天武天皇の息子で
容貌凛々しく頭脳明晰。武道に優れ、更に詩文にも通じていた。
規則に縛られない自由奔放な性格で
人には礼を持って接し、人望も厚く、多くの人に慕われた。
その聡明さ故に、幼いころは伯父であり祖父でもある
天智天皇に愛され
日本の漢詩の隆盛は大津皇子から始まった」
大津皇子は
天武天皇の息子であり
持統天皇(天武天皇妃)にとって
夫・天武天皇と姉の間に生まれた甥っ子。
人望も厚く、多彩な才能に恵まれていた
我が子・草壁皇子とは異母兄弟にあたる。
頭がよくて、自由奔放、行動力もあり~
優しくて、容姿端麗で、文武両道
褒めすぎなぐらい?
カッコイイ系男子の全部を持っていたような
大津皇子…
一方、草壁皇子は
どちらかと言うと、そうではなかったと言い伝えられています。
息子・草壁皇子に皇位を継承させんがため
大津皇子が謀反の罪で処刑されたのは
持統天皇の陰謀であるとも言われています。
実の姉とは同じ夫…というあたりも
複雑な女性心理や葛藤があったのでは?
と、思われます…
この時代は、身内同士で
さまざまな陰謀、策略、謀略によって
時代が塗り替えられていった時代です。
有間皇子
大友皇子 ともに
女子たちの心を くすぐる <悲劇の皇子>です…
