今回のテーマはこれ!
「正しい宗教ってどれ?」
🤔絶対を求めるほど、迷宮にハマる宗教探しのジレンマ!!
「人生、正しく歩みたい…」
「間違った道には進みたくない…」
これは当然の感情!!だれだってそう!!
で、そう思った人がやりがちな行動がコレ!
👉「いろんな宗派を比較して、一番“正しい”宗教を見つけよう!」
――ちょっと待ったぁ!!!✋😤
これ、めちゃくちゃ危険です!!
なぜか!?
それは、「比較して見つかるのは、“比較的に”マシなもの」だけだから!!
つまり!
「絶対の正義は比較からは生まれない!!」👉ドカーーーン!!💥

ここで出てくるのが、「ウチだけが正しい」でお馴染みの「ものみの塔」つまりエホバの証人!!
彼らは言います。
「この団体こそが神の唯一の経路です!」
「ここに従えば救われるんです!」って教えるわけですよ。
しかも、「外部情報には注意しろ!」と。なぜなら、外の情報は100%信頼できないから!
…いや、ちょっと待てい!!!!!
あなた方も100%正しい情報、出してないじゃん!!!
あなた方も過去に教理変えまくってるじゃん!?😳💥
なんなら「聖霊受けてません」って、自分で認めてるじゃん!?
だから言いたいのはこれ!!↓
「“神の経路”と名乗るには、神の証しが必要じゃないですか?」って話!!📢
👆「消去法宗教選び」問題!!
「いやでも、他の宗派は偶像崇拝とか戦争容認とか聖書に反するものばっかりじゃん…」
わかる!
でもそのとき、頭の中でこうなってません?
「うーん、あれもダメ、これもダメ…じゃあ、消去法で“エホバの証人”が一番マシかも?」
……それ、「信仰」じゃなくて、「選択ミスを減らすテクニック」です!!⚠️
つまり、宗教という名の“人生ガチャ”で
「一番ハズレが少なそうなのはどれか?」って選んでるだけなんですよ!
これじゃ、
「奇跡も聖霊もない。でも道徳的でマシだから信じてる。」
っていう“超世俗的宗教”になっちゃってるわけ!
🪔聖霊なき正義は、ただの人間製ルール!
では、ここで核心に迫ります!
「“神に是認された宗教”って、どうやって見分けんの?」って問題です!!
ここで重要なのは「奇跡」「聖霊」「神のしるし」です!!
初代キリスト教にはありました!
👅舌が勝手にしゃべる「異言」
🗺️預言
😃病気が治る
🔥火が降る!雷が落ちる!
そういう“霊的な証拠”がバンバンあったわけですよ!
でも今はどう?
「そういう奇跡は“もう必要ない”んです」ってものみの塔は言うわけですよ。
……はぁ???😤💥
いやいやいや、終末期って「世界のクライマックス」なんですよ!?
そこに神の証しがないって、おかしくないですか!?
聖書時代にあんだけガッツリ奇跡を起こしてるのに??
「終末なのに神、沈黙!?それでどうやって信じるの!?」って話!!!
⚖️「比較で正しさを探す」のは結局、自分の都合!
ここで言いたいのは、
👉「比較して“良さげ”な宗派に入る」
=「神を信じたんじゃなくて、“正しそうな人”に従っただけ」
ってことなんですよ!!
つまり、これは“信仰”じゃなくて“評価”!
それ、マジで危険!!!
なぜなら、「神の証し」がないまま、「自分の正義感」で信仰しちゃってるから!!😱
しかもね、そうなると他宗派をバンバン批判しはじめます。
💉「うちの方が輸血禁止してるから清い!」
⚔️「戦争行かないのはこっちだけ!」
⛪「偶像崇拝してないのはウチ!」
もうそれ、正義の競争ですよね?
完全にパリサイ人製造マシーン!!💥

📌「正しい宗派」がないからこそ、“信仰”が問われる!
じゃあどうすればいいのか?
答えはこう!!
「聖霊が再び降るそのときまで、ただひたすら待つ!!」
え、待つ!?😳
そう!
「今は神の不在の時代」かもしれない。でもイエスは言いました!
「わたしは終結のときまであなた方と共にいる」
これ、未来の「臨在」を約束したってことなんです!!
「不在」があるからこその「臨在」「再臨」なんです!!
だから!
「神の証し=聖霊」がもう一度降るときが来る!
そのとき、また「奇跡」が起こる!!
そのときこそ、「本物のキリスト教徒」が誰かが分かる!!

📊比較では「絶対」は見つからない!!
ということで、最後まとめましょう!!
✅ 比較で探す限り、見つかるのは「比較的に良いもの」だけ
✅ 絶対の宗派を求めるなら、「神の証し=聖霊」が必要
✅ だから「神の働きを待つ」姿勢が大事
✅ 今は“信仰の冬”。だが、必ず春は来る!!
\信仰とは、“便利な教義”を選ぶことではない!/
\神の証しに従うことだ!!🔥🔥🔥/
信仰の本質ってなんだと思いますか?
それは「神が動かれるその時を信じて、待つこと」じゃないでしょうか?
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さらに深く知りたい方はぜひ新十四日派の元記事をご覧ください。



