20年ほど前、

滅多に行かない地元のお店で、

店員さんに突然、

『 おぉ、久し振り~。 元気だった? 』

と、声を掛けられた事があった。



明らかに人違いなのだが、

いくら言っても、全く信じてもらえず、

『 酷いなぁ。 俺が間違えるわけないでしょ。

  それにしても、何年ぶりかなぁ。

  全然変わってないから、すぐわかったよ。 』

と、嬉しそうに喋り続けられて困ってしまった。



もうどうすりゃいいんだ、と思って、

仕方なく、運転免許証を見せて、

やっと人違いであることを証明出来たが、

それでもまだ納得しない顔で、

『 ソックリ、というより、本人そのものなんだよね。

  おかしいなぁ。 どうゆうことなんだ。』

と、しきりに首を傾げていた。


聞けばそのソックリさんは、

隣の市に住んでいるそうで、

案外近くにいるんだなぁ、と

その時は呑気に思っただけだった



その10年後、

幼馴染と、偶然に町で遭遇した時、

いきなり彼女に怒られた。

『 この前、遊園地にいたでしょ。

  声掛けたのに何で無視したの?。

  しかもあんた、

  女の子を2人連れてたけど、どこの子よ?

  一体、あんたは何をやってんのよ。 』 と。



その当時、私の息子と娘は、

もう中学生になっていて、

地元の小っさな遊園地には何年も行ってなかったので、

『 私のソックリさんが隣の市にいるらしいから、

  その人なんじゃない?。  相当似てるらしいよ。』

と、答えたら、幼馴染はもっと怒って、

『 幼稚園から知ってる私が間違えるわけないでしょ。

  あれは、間違いなく あんただった。』

と、まるで信じてもらえなかった。



もうどうすりゃいいんだ、と思って、

『 じゃあ、その人どんな服を着てた? 』

と、聞いてみたら、

私が絶対に着そうにない色や柄だったので、

幼馴染も、そう言われれば、確かにあんたじゃないかも

と、やっと納得してくれた。

それにしても、

幼馴染が間違えるほど似てるだなんて、

ちょっと不気味だった




それからまた10年後の今年の春。

仕事で会った元高校教師という人に、

初対面にもかかわらず、小声でコソッと

『 なんで偽名を使ってるの?  

  初めまして、じゃないでしょ。 

  担任を忘れちゃったの?。 』 

と、詰め寄らた 



またかよ、と思いながら、

全力で人違いだ、と説明してみると

『 俺にとって、生徒は自分の子供同然だから、

  昔の事とはいえ、間違えたり忘れたりしないよ。

   しかし、 

  苗字が変わってないのに名前が違うって事は、

  改名をしなきゃいけないほどの苦労をしたんだね。』

と言われた。



何なんだ改名って?。

意味がわからなかった。

もうどうすりゃいいんだ、と思って、

ソックリさんの名前を聞いてみたら、

偶然にも、苗字が同じだった。

厳密にいえば、ソックリさんはおそらく旧姓で、

私は婚性だけど。



それを説明すると元高校教師はさらに混乱したが、

さすがに名前は違っていて(←当然だけど)、

出身校も違っていた事から(←当たり前だけど)

やっと納得してくれ、更にソックリさんとは、

卒業年度も同じだった事が判明し、

年齢も同じだった事に驚いてしまった。



怖い、怖すぎる。

苗字も年齢も同じだなんて、

驚きを通り越して、恐怖を覚えた。

しかも、望んでもないのに、

ソックリさんの個人情報が、長い年月を掛けて、

ジワジワと小出しに集まってくるのも不気味だった。



もしかしたら、単なるソックリさんじゃなくて、

別次元で生活している私自身かも、

とか思って、ビビッていたところ、

このニュースを知って、ちょっと笑ってしまった。

  

   ↓


隣の席の人と、偶然にも、瓜二つだったと。





奇跡の激似度 !!!!。

双子レベルの他人って存在するんだなぁ。

よく見ると、機内の人も笑ってる。



そんなにも似てるという事は、

縁がないハズはないだろう。

この出会いは偶然ではなく必然じゃないか、と思ってしまう



そしてこの2人、

偶然にも宿泊先も同じだったそうで、

ホテルで乾杯したそうだ。



あれ?でもこうして並ぶと、

サイズ感が違うなぁ。



私とソックリさんの場合は、

サイズ感も全く同じだったという。

もはや、何が何だかわからないが、

私達もこんなふうに、いつの日か偶然に、

いや、必然的に逢う事があるのかなぁ。




でもちょっと怖いから、

どうか逢いませんように………。





先日の夜、

突然、右の奥歯が激しく痛んで一睡も出来なかった。

それなのに、朝になったら痛みは左側に移っていて、

お米を噛んだだけで激痛がはしった。

なんだこりゃ。



たまらず、朝一で歯医者に行こうと思ったが、

予約済みの方々にご迷惑が掛かるので、

診察時間終了の1時間前に行く事にした。



相当な待ち時間になるだろうと覚悟して、

文庫本を持って行った。




その文庫本は、

中学時代に通っていた学習塾の先生が

良い本だから読みなさい。

と、卒業時に全員にプレゼントしてくれた物だった。



でも私、1頁目でどうしても読み進める気になれず、

段ボール箱にしまい込んで放置していた。

読書は好きなのに、この本だけ、どうして読めないのか

理由がわからなかった。
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それでも時折思い出して段ボール箱から出すのだが、

どうしても、どうやっても読み進める事が出来ず、

本を見る度に、申し訳ない気持ちになって、

先生の姿を思い出すのであった。




先生は、足がご不自由で、

いわゆる身体障がい者だった。

今ほど世間は優しくなくて、

色々とご苦労も多かっただろう。

先生の顔はボンヤリと覚えている程度だが、

不自由な足で歩く姿は今でも鮮明に覚えている。




さて、話を歯医者に戻すと、

待合室には3人待っていた。

ばぁちゃん2人と、ぽっちゃりオッサン1人。

私はすみっこに座って、

痛みに耐えながら待った。



ばぁちゃんズが次々に呼ばれ、

ぽっちゃりオッサンと私だけになったので、

私はオッサンの次だな、と確認して、

持参した本を読み始めた。

でも、やっぱり はかどらずにイラッとしていたら、

オッサンの名前が呼ばれた。



あれ?????



先生と同じ名前だったからハッとした。

けど、グッとはこなかった。

もしかしたら同姓同名の別人かもしれない。

当時はガリガリで、あんなにぽっちゃりしてなかったから。

私は、診察室へ向かうオッサンの後ろ姿をガン見した。



おぉ !!。 

間違いなく、記憶の中の先生の歩き方だった。

その姿が診察室へ消えていくまで、

懐かしい気持ちで後ろ姿を見送った。



視線を本に戻し、色褪せて黄ばんだ頁をめくりながら、

時の長さと重さを改めて感じ、ちょっと涙ぐんでしまった。



ほどなくして私も診察室へ呼ばれ、

レントゲンを撮って診察を受けた結果

虫歯でもなく、歯周病でもなく、

食いしばり過ぎによる重い知覚過敏で、

過度なストレスが原因だろう、と言われた。



米を噛んだだけでも激痛が走るだなんて、

起きてる時以上に、寝ている時にも

相当歯を食いしばってる証拠だ。

どんだけストレス溜めてるんだ。

もう限界超えてるんだろう。

なんでもっと自分を労わらないんだ。



と、診察台で寝ながら口を開けた状態で、

歯医者のドアップに耐えながら怒られまくった。



そんな事言われても、

食いしばってる自覚もないし、

寝てる間の事もわかんないけど、

ストレスは相当なモンです。

と、答えたかったが、口は全開のままなので、

『 んがーー 』 

とだけ返事をした。




と言う事で、

食いしばりによる知覚過敏の路線で、

治療を進める事になり、

怒涛のドアップ説教の後、

レーザー照射をして初回の治療を終えた。



急いで待合室に戻ったが、先生はもう居なかった。

残念だったけど、暫く通院するから、

また会えたらイイなぁ




今迄あの本が読み進める事が出来なかった理由は、

先生を思い出すためだったのかなぁ。

また会えるまで、本は読破しないでおこうっと。




そういえば、

ロスに出発する数日前、偶然に、

どこにしまったのかわからなくなっていた大切な手紙が、

ひょっこりと出てきた。

それは、10年前に私が出した手紙の返事だった。


その当時の私は、人生ワースト3の苦しみの中にいた。

人生のワースト4が

当時小学生だった息子が、

車に撥ねられ頭部を強打して意識不明の重体、だったが、

これが少し落ち着いた後にやってきたワースト3は、

相当キツかった。

少しでも苦しみから逃れたくて、

図書館で様々な本を借りて読みまくっていたが、

何を読んでも心が癒される事はなかった。

諦めかけた時にふと手に取った本の翻訳者の名前が、

私の友達と1文字違いだったのが気になって借りてみた。

そして読み終えた後、救われた、と感じた。



図書館へ本を返却した後、

早速本屋から取り寄せた。

大事なページに付箋紙を貼ったら、

付箋紙だらけになった。

何度も何度も読んだ。

その度に心が軽くなった。



洋書なのに、違和感を全く感じずにスラスラと読めて、

心に真っ直ぐに沁みた要因の一つは、

翻訳の素晴らしさもあった。

この本に救われた感謝を伝えたい、と思い、

凄く迷ったが、勇気を出して翻訳者さん宛に手紙を書いた。


出版社に、翻訳者宛に手紙を送るなんて非常識だから、

きっとゴミ箱行きだろう、と返事は期待していなかったが、

忘れた頃に手紙が届いた。



丁寧で几帳面な文字が、便箋3枚に並んでいた。

読者から手紙をもらうのは初めてで驚いたけれど、

筆者の想いがキチンと伝わったかどうかを知るチャンスが

なかなか無いので、手紙をもらって嬉しかった。

と、

ご自宅の住所と、PCのメルアドも書き添えてあった。

さぞかし不気味な手紙だったろうに、

どこの馬の骨かわらない私を信用して

メルアドまで書いて下さって本当に有り難かったので、

他の手紙とは別の所に丁寧にしまったのだが、

それがあだとなって、

どこへしまったのか、長い間探し出せずにいた。



それが、

他の探し物をしていた時にひょっこり出てきたので、

ちょっと驚いてしまった。

懐かしく読み返した後、

折角だからメールでも送ろうかな、と思ったが、

大した用もないので、やめておく事にした。

ロスから帰ったら、あの本も久し振りに読み返そうと思った。



そして先日、懐かしい思いであの本を開くと、

あんなに繰り返し読んだ本なのに、

内容をほとんど忘れていた。

自分に呆れながら読み進めていたら、

本の中に、ハリウッドのウォーク・オブ・フェイムが出て来た。

有名人の名前入りの星形のプレートが並ぶ歩道。

私も、ロス半日観光ツアーで行ったから嬉しくなった。
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世界的に有名な観光地だから、

本の中に出て来ても不思議じゃないけど、嬉しい偶然だな。



更に読み進めると、CBSテレビが出て来た。

お? CBSテレビも行ったぞ。
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厳密に言えば、CBSテレビを見に行った訳ではなくて、

ファーマーズ・マーケットっていう市場に行ったら、

偶然、隣の敷地にテレビ局があったので、

通りすがりに撮ってきただけなんだけど。


という事は、私、

10年前に偶然手にした本に出て来た場所に、

知らず知らず行って来たっていう事だ。

驚くばかりである。



10年前は、まさか自分が、

脳天気にハリウッドまでダーリンのライブを観に行って

呑気に観光するだなんて想像打にしなかった。


どんなに辛い中にも、出会いや教えはあって、

未来の自分にちゃんと繋がっていたなんて、

か、か、感無量だっ。



翻訳者さんの手紙が、このタイミングで出て来たのも、

何かのご縁かもしれないから、久し振りに手紙を書いた。

翻訳者さんにもきっと素敵な事が起こっているだろう。




それから、

ダーリンの全米ツアー密着ドキュメント番組が、

WOO WOOで放送される。

放送日は偶然、私の誕生日、である。

私は見れないけどね。




ってな感じで、
今回、ロスでの偶然があまりにも多かった。

とうか、ロス、ロスと言っても、

良く考えると私は、ハリウッドにしか行ってないので、

ロスというより、

ピンポイントでハリウッドに縁があったんだな。


20年間程、辛~い時期が続いて、

暗いトンネルの中を這いつくばるように生きて来たが、

ここ最近少し落ち着いて、トンネルの先に

うっすらと光が見えてきた感じがしていた。

明るくて華やかなハリウッドが、

その光の兆しだったかもしれない。



長い間あんたよく頑張ったで賞、のご褒美が、

ハリウッドに御招待だったのかな。

旅行費が全額自腹ってトコが渋いけど。 


あまり好きじゃなかったハリウッドだけど、

大好きな街になった。

大切なモノや出会いが凝縮されていた。

もう二度と行く事は無いと思うけれど、

ありがとうハリウッド。

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2年ほど前、

恥ずかしながら、初めて渋谷に行った。

テレビで見る渋谷は、キラキラと華やかで、

私ごときが足を踏み入れてよいものか、と思っていたが、

何事も社会勉強だ、と、開き直って行ってみた。



渋谷は、テレビで見るより小さくて意外だった。

おめまけに、色々な気が乱反射していて、

頭はガンガンするわ、目はチカチカするわで、

気が滅入ってしまうので、

30分が限度かな、と感じ足早に散策する事にした。

折角なので、109も入ろうと思ったら、

入口前のエントランスで、何やら人だかりが出来ていた。

『 名古屋から来ました~。 』

と、見た事も無い男性達がキャンペーンをしていた。



渋谷まで来て、何で名古屋なのか。

渋谷感、台無しだよ。

と、そのグループを苦々しく思ったので、

名前もハッキリ覚えてしまった。



そんな2年前の、

何の関係も、何の意味も無いと思われた出来事が、

実は、驚く繋がり方をした。



ロス行きが縁で羽田空港で出会った 名古屋のみーちゃんが、


『 私が好きなグループなんだ~ 』 と、

デジカメの写真を見せてくれたのだが、それが、

あの渋谷で見た名古屋の苦々しいグループだった。




『 げっ。 私、この人達知ってる。

  2年くらい前に、なぜか渋谷で見たよ。

  名古屋感を前面に押し出して、物凄く一生懸命にアピールしてた。

  見てるこっちが恥ずかしいくらいに。』



『 そう、そう。 その一生懸命がイイの~。』



と、2泊4日間そのグループの話を延々聞かされた。



嬉しそうに話す みーちゃんを見ながら、

名古屋の地下鉄のホームで見た真央ちゃんのポスターや、

渋谷で見た苦々しい名古屋のグループも、

ちゃんと意味を持っていたんだ、

これからは、あれは関係の無い事、これは意味など無い事、と

決め付けるのはいけないなぁ、と改めて思った。



それにしても、縁って本当に緻密だなぁ。




実は私、

ロスで偶然にも、もう一つ念願を果たしてきた。


それは、

高級ベッドの寝心地を確かめたい、

というものだった。


話は遡る事、今年の6月。

ピアニスト・ゲキチの名古屋公演に行った時、

地下鉄のホーム内のあちこちの柱に、

まおちゃんのポスターが貼られていたのを見掛けた。

見た事のないポスターだったので、

珍しくて眺めたが何の商品の広告か判らず。

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気にはなったが、調べようもないので放置していたら、

その数週間後、バラエティー番組で、

今、話題だという高反発マットレスの紹介をしていた。

偶然にも、あのポスターの商品だった。



高反発が話題との事で、

マットが固く、体がふんわり宙に浮く感じで、

熟睡出来る、疲れが取れる、腰痛も激減した、と評判らしく、

予約は2か月待ち、との事。

おぉ~。



私は、子供の頃から寝つきが異常に悪く、

布団に入ってから3時間は寝つけない。

どんなに疲れていても、それは変わらず、

加えて大人になったら、首やら腰やらを痛め、

ついぞ、敷布団に25万、枕は2万と奮発するも、

平均睡眠時間は4時間程度で、毎日ボケボケである。



なので、多少お高くても、熟睡出来る物なら、

無理をしてでも欲しい、と切実に思っている。

期待して、このマットのサイトを調べたら、

私が欲しいと思った物は8万円だった。

ネット販売もしているが、やはり実物を見て確かめたい。

だが県内では取扱いがなく、

最寄りの販売店は名古屋のデパート内。



ライブで時々名古屋に行くから、その時まで待てばいいか、

と、思っていたら、

偶然、地元のデパートで寝具イベントが行われ、

このマットもやってくるというので、

やる気満々で出掛け、マットにコソッと寝転がってみた。

体は沈まず固い感じだけど、一晩眠ってみないとなぁ、と、

買わずに帰った。



それから3ヶ月後の9月末、

ロスの旅行日程案内が届き、

宿泊先のホテルをネットで調べていた時、

素晴らしい高級ベッドがある事を知った。

このホテルとベッドメーカーが共同で開発したそうで、

ベッドを目当てに来るリピーターもいるという。



寝心地がまるで雲の上のようだからと、

ヘブンリーという名前らしいが、

全ての部屋には設置していない、というので

あまり期待せずにいた。



だがラッキーにも、部屋にはヘブンリー様が鎮座していた。

高級感に溢れ、とても美しかった。

同室者のみーちゃんに、

『 このベッド、マットだけでも30万円超えだよ。

  ツアー参加者は、5つのホテルに振り分けられたけど、

  このホテルでラッキーだったね。』

と、興奮して話し掛けたが、

『 私はどこでもすぐに眠れるから、ベッド関係ないなぁ。 』

と、まるで相手にされず残念だった。



私は一人、シーツをめくって分厚いマットを眺めたり、

あちこち撫で回したり、

5つもある枕の品定めをしたり、と、

暫くベッドの周りをウロウロしていた。
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寝転んでみると、肌触りも素晴らしく、

お尻が程よく沈んで、ふんわりとまとわり付く感じだったが、

私は旅行先となると、1時間程度しか眠れないので、

さすがのヘブンリー様でも、

1泊目も2泊目も、1時間しか眠れなかった。



それでも、腰の痛みが増すことは無く、

ライブで飛び跳ねたり、元気に歩き回れたのは、

やはりヘブンリー様だ。

もう1泊したら、きっと良眠出来ただろうに、

と、未練タラタラで帰国の途についた。


そして、帰国後の東京で、

ヘブンリー様の実力を思い知る事になる。


羽田着が深夜だったので、東京のホテルに宿泊したが、

ここのマットが、すこぶる悪かった。


バランスを取らないとベッドから落ちそうで体がこわばった。

というか、これが普通のレベルだろうけど、

ヘブンリー体験をした後では相当苦痛だった。



それでも、無事に帰国した安堵感と疲れから、

さすがに4時間ほど眠れたが、

朝、起き上がろうとしたら腰に激痛が走り驚いた。

寝返りも打てず、ベッドからアメーバのように

ズルズル滑り落ちるしかなく、一苦労した。


痛む腰をかばいながら、やっとの思いで家に着き、

自分の布団に寝転んだら、

ヘブンリー様には敵わないけど、

結構いい感じなんだとハッキリわかった。



こうして、

高級マットの寝心地を確かめたい、という私の願いは叶えられ、

そればかりか、今の敷布団でも充分だという事も判った。

灯台下 暗し、だったな。


ちなみにヘブンリー様は日本の系列ホテルにもあったが、

一泊 4万~5万だった。

全く手が届かないじゃないか。




本来は、ヘブンリー様も雲の上の存在だったんだな。

つくづくありがとう、ダーリン。
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無事にロスから帰国した。


9月30日に床下に落ちた時の打撲の痛みは薄らいでいたが、

キャンセル待ち当選時に感じた嫌な予感は拭い切れず、

10月6日、不安なまま新幹線に乗り込んだ。



あっという間に品川に到着し、

席を立とうと前かがみになった時、

腰に激痛が走り、中腰のままフリーズ。



スーパースローで立ち上がり、

恐る恐る歩いてみると、何とか歩けてホッとしたが、

腰をかばってスーツケースを引いて歩いているうち、

左膝にも激痛が走って、再びのフリーズ。

根性で薬局を探し、湿布購入。



ここまで来てキャンセルなんて有りえない。

根性で羽田空港に到着した。

ぞくぞくと集まって来るファン達を眺めながら、

一人で参加する私は心細くなった。

波長の合いそうな人を、慎重に目で追って探し、

3人組に声を掛けてみた。

3人とも1人参加との事で、私も快く仲間に入れてもらえた


埼玉のまーちゃん、30代。

東京のよーちゃん、40代。

名古屋のみーちゃん、20代。


すぐに打ち解けて、

記念すべき25周年ライブに参加出来る事を喜び合った。

そして、15周年ライブの時はどうしてた、という話に。


私と、よーちゃんは参加したが、まーちゃんは妊娠中で不参加。

予定日が12月9日だったのに2週間も早く産まれた、と話してくれた。

私     『12月9日といえば、私の誕生日だわ。』

よーちゃん『12月9日といえば、娘の誕生日だよ。』

変な偶然~、と、のけぞって笑い合った。



みーちゃんも不参加だったが、

『5年前のツアーで楽屋招待に当選して、二人と握手したもん。』

と、胸を張った。

私 『そのツアーで、私の息子も楽屋招待に当選したよ。』

と、またまた変な偶然。



この人達で正解だったな。

最終日まで一緒に行動しようね、と約束し、

安心して飛行機に乗り込んだ。


が、その安心も束の間、

私は離陸直後から激しく乗り物酔いをし、

早々にエチケット袋を使ってしまった。

ゾンビのような顔でエチケット袋を、

『5~6枚、ぷりーず。』と、CAにねだって呆れられた。



ひたすら耐えて、やっとの思いでホテルに到着すると、

映画の撮影に何回も使われた素敵なホテルに

テンションが上がった。
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早く部屋で休みたいところだが、

ツアー申し込み時に、相部屋を希望したので、

同室者がまだ分らず、楽しみだが不安もあった。

いい人だとイイな。



鍵を渡され同室者を確認すると、

まさかの、 みーちゃん だった。

ホント、良かったわ。



翌日は、ユニバーサルスタジオで4人で遊んで

大はしゃぎした後、いよいよ夕方からライブへ。

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驚く事に、ライブでも隣の席が みーちゃん だった。

みーちゃんと並んで座って開演前の客席を眺める。

こんなに大勢の中で、空港で声を掛けた人と、

同じ部屋、隣同士でライブを見るだなんて、

途方もない確率だな、と感慨深かった。
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腰と膝の痛みは少しずつ和らいでいたので、

ライブでは、痛みも忘れて思い切り飛び跳ねた。

このライブ、世界にネット配信されているから、

頑張って盛り上げなきゃ。

ダーリンの姿は小さくしか見えなかったけど、

満足だった。



ライブの翌日の夕方には、もう帰国だったが、

午前中は、ロス半日観光を楽しんだ。

何気なく申し込んだオプションツアーだったが、

のちにチャイニーズシアターに寄る事を知って驚いた。

中学の時から大好きだった初代ダーリンの

ポール・ニューマン氏の手形が拝める。

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逝去した時は、本当に辛かったな。

現ダーリンを追って渡米して、

初代ダーリンの手形も拝めるとは感激よ。
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サインの筆跡を見て、
穏やかで優しくて律儀で可愛い人だな、と感じた。

手形に自分の手を当てると、じんわりと涙が溢れた。



涙を拭ったその後には、

もちろん現ダーリンの手形も拝みに行った。

1時間待ちで疲れたわ。
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こうして全日程を終え、

満足して飛行機に乗り込むと、

日本での追加公演が決定したらしい、

と隣の席の人から知らされた。

しかも、来週。



えーー?。

ネット配信もする、国内ツアーもする、とわかっていれば、

わざわざロスまで行く事もなかったのに。

なんか、私達って一体。

 

が、一瞬で立ち直り国内公演に向けてテンションを上げる。

お陰で、エチケット袋のお世話になる事も無く、

無事に日本に帰国。



家に着いてゆっくり寝よう、と思ったが、

腰の痛みが増して一晩中眠れなかった。

さすがに病院に行くと、

腰椎横突骨にヒビ、全治1ヶ月、安静に、と言われた。

先月、床下に落ちた時に、もうヒビが入っていたんだな。




8月末にキャンセル待ち当選のメールが届いた時に感じた

嫌な予感が当たったな。

まさか、こんな事が待ち受けていたとは思いもしなかったけど、

初代ダーリンに引き合わせてくれたダーリン、ありがとう。

2泊3日半のロスでの日々、ヒビと過ごした日々、忘れません。
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ダーリンのファンクラブに入っている私だが、

会報誌は3ヶ月に一回の発行なので、

かなり毎回待ち遠しい。

開封して表紙を見る瞬間が、たまらなく嬉しい。


 

7月に届いた会報誌も、いつもと同じように開封したが、

表紙を見た瞬間、妙な胸騒ぎを覚えた。

何度眺めても、ダーリンだけ時空が違うような妙な感覚。


 

ダーリンと私の間に、どんでもない事が起こる、

と確信出来るほどに強い感覚だったが、

とんでもない事が何かは、全く見当がつかなかった。

でも、きっと、

嬉しさより不安が上回る事だろうな、と漠然と感じた。


 

息子に、

『 近いうちに、とんでもない事が起こるっぽいよ。』 と話したら、


 

『 はぁ?

 今年は国内ツアーもないし、

 全米ツアーも申し込んでないし、

 何も起こるわけ無い。 』 と、呆れられた。



 

そうなのだ。

今年は日本国内ではツアーが行われず、

秋に行われる全米7都市7公演のみ。


 

このうち、

ファンクラブ会員を対象にツアーが組まれたのは

ロス公演のみで、定員はわずか400人。

募集締切りは5月だったが、仕事も休めないので、

申し込みさえしなかった。


 

だがその後私は体調を崩し、8月で退職する事になった。

退職後は家で静養し、体調が落ち着いたら

スペインに行きたいと思っていたが、

ピンと来るツアーが無くて諦めていたところに、

ファンクラブから全米ツアーのキャンセル待ち募集のメールが届いたので、

0月なら体調も落ち着いているだろうし、

ま、どうせ当選するはずもないので、

4コースのうち、敢えて一番人気のコースに申し込んだ。


 

ただでさえ、各コース定員100人なので、

一番人気のこのコースにキャンセルが出たとしても、

きっと1桁台だろう。

当選するのは、夢の また夢の、そのまた夢だな~。


 

そして、申し込んだ事すら忘れていた頃に
当選メールが届いた。

嬉しさよりも、なんで当選?と不思議だったし、

どうしよう、という不安の方が大きかった。

 

ファンクラブ会報7月号の表紙を見た時に感じた妙な感覚は、

これだったのかな。


 

ダーリン達は最近テレビには出ていないが、

実は精力的に活動はしていて、

今年の5月、カプコム社のゲーム

ドラゴンズドグマの主題歌のオファーを受け、

さまよえる蒼い弾丸 の英詩バージョンをリリースし、

7月には、

ネット配信アルバムを世界リリースした。

そのアルバムを引っさげての全米ツアーだ。

ツアーロゴがこちら。

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珍しくシンプルだが、2匹の龍が印象的だ。

今年は龍年で、ダーリンは年男。

思えば、

シングル、アルバム、ツアーに龍のロゴが使われたのは初めてだ。

松本さんのソロアルバムに1枚だけ龍が使われた事はあったけど。


 

そんな龍まみれの年に

運の悪い私が当選出来たのは有り難い事だ。

龍神様にお礼をしてこなきゃ、と、

早速、神社に行ったら、

近々行われる祭典の案内が目に留まった。

奇祭として有名なので、毎年混雑を極める。

駐車場も少ないので毎年諦めていた。

今年も見れないだろう、と、ダメ元で神主さんに聞いてみたら、

駐車場からは離れているがシャトルバスが出る、と

わざわざ地図をコピーして渡して下さった。

おぉ、有り難や。

ライブ前なのに、全然気乗りがしないので、

祭典を見てパワーを頂いてこようっと。

 

 

なぜそれほどにアメリカが嫌なのか、

自分でもわからないけど、

夢の また夢の そのまた夢の中に何が待っているのか、

ちゃんと見てこなきゃ。

 

今年もすっかり明けてしまったな。

相変わらずバタバタな毎日の中、

うちの娘、今年成人式を迎えた。

と、いっても

『振袖も着たくないし、成人式にも出席しない。』

と、本人が中学生の頃から決めていたので

結局、成人式には出ないで仕事に出かけてしまった。


娘は、幼い頃から我が道を行くタイプだった。


のんびり屋なのに頑固で、

お金はあるだけ遣っちゃうし、

片づけや掃除も苦手だから、未だに手が掛かる。




こんな感じだから、娘の結婚相手はしっかりした人を、と、

●年はかなり上で~

●近くに住んでいて~

●顔はあまり贅沢は言わないが~

●とにかくお金の管理がしっかり出来る人で~

●娘がボーッとしていても生活が成り立つように、

   出来るなら社長くらいな勢いで~

  …と、勝手に妄想していた。

    ま、そもそもこんな人が娘を好きにる事はないだろうが、

    妄想するだけならイイよね。




そんな娘が、去年の年末に

『私、人生初の彼氏が出来ました。
 18歳年上で、会社のお得意様なんだけど、

 隣の市で小さい会社の社長やってる人。

 猛アタックされて断り切れずに渋々ご飯を食べに行ったら、

 いい人だったから付き合う事にした。

と、嬉しそうに報告してきた。



ん?。

私は今まで人生に必要な事は、妄想通りに、

しかも、棚からぼた餅形式で叶ってきたが、

まさか、娘の彼氏も棚から落ちてくるとは、

さすがに驚いてしまった。




しかも、妄想した通り 顔はあまり贅沢じゃなかった。

折角だからイケメンって言っておけばよかったと激しく後悔。




でも、38歳なら既婚者の可能性大きいよね?と、娘に聞けば、

知らない。聞いてない。と言う。

のんびり屋にもほどがある。

そこ一番大事

後日、確認したら、

バツイチだけど子供はいない、そうだ。




げっ。

妄想が現実になろうとは思っていなかったから、

初婚って言い忘れてた。

年の差が18歳じゃ離れすぎてるから、

上限10歳まで、って言っておけば良かったし、

妄想の内容自体が大雑把すぎた。

細かすぎるほど細かく正確に妄想しないと、

キチンと伝わらないんだなぁ。




それにしても、神様の考える【かなり年上】って18歳なんだね。

ちょっと勉強になった。




あぅっ。

息子の結婚相手もかなり大雑把にしか妄想してないや。

『何でもイイけど、性格のイイ人。』

逆に危険だあーーっ。

ただちに、息子の結婚相手も細かく妄想し直さないと。


昨日、友達に会いに東京に行って来た。



筋金入りの方向音痴の私は、

何回行っても東京駅構内で毎回迷ってしまう。




今回も、改札口を出ると、あれ?見慣れない風景。

げ、東京駅構内工事中だ。

メトロに乗り換えたいが、どっちへ行けばいいのやら。

フラフラと構内を彷徨っていたら、

人だかりに遭遇。




望遠カメラを首からさげたオバちゃん軍団が並んでいる。

オバちゃん達はどう見てもアラ還世代。

一体誰の追っかけだろう。

SPとおぼしき スーツの男性がたくさんいたので聞いてみた。



『どなたが お越しになるんですか?。』

『…… うっ。 え、偉い人です。』




『どなたですか?。』

『………』




『 じゃ、どのくらい偉い人ですか?。』

『 うっ、……………   天皇様です。

  あと20分ほどで御到着なさいますから、下がってお待ち下さい。』





そんなわけでオバちゃん達に加わって最前列で携帯構えてスタンバイ。

しかし、隣にいたオバちゃんの情報では、

どうやら天皇陛下ではなく、雅子様がお越しになるとの事。

そのオバちゃんも偶然通りかがった大阪の方だったので、

まさか駅で雅子様に会えるとは、とウキウキしていた。




偶然だが私、大阪の四天王寺に行きたくて色々調べていた最中だったので、

そのオバちゃんに大阪の見所やグルメ情報を色々教えてもらい、

お喋りを楽んでいたが、

SPが大声で、

『お着きになりました。下がって下さい。』 と叫び、一気に緊張感が高まった。





あ、

皇太子様のお姿が見えた。



うわぁ、

凄く優しいオーラが全開MAXだ。

しばし茫然。



う、写メ撮らなきゃ。

シャッターに気を取られているうちに、

皇太子様の後ろにいらした雅子様を、

見事に見逃した。





3メートル程の至近距離で見れるチャンスだったのに。

一瞬にして通り過ぎてしまった。




が、撮った写メを見たら、お二人がブレブレだが写っていた。

チャゲリーヌのブログ



まるで幻みたいだな。




後で、家で調べてみたら、

福島県郡山市の避難所に行かれたとの事だった。

チャゲリーヌのブログ



友達に、皇太子御夫妻に遭遇した事を話したら、

『東京にいても、私は会った事無いよー。』

と、羨ましがられた




しかも私、

雅子様とお誕生日が同じなので、

ご縁を勝手に感じてしまう。



皇太子御夫妻に偶然出会えるなんて

一生に一度の事だろう。

あぁ、有り難い。





あ、数年前に偶然に、

地元で、天皇陛下の乗ったお車をお見かけした事があったな。



そういえば、

旦那が秋篠宮様と同じ誕生日なので、

もしかしたら次は、秋篠宮様にも偶然出会えるかもなぁ。 





今朝の新聞に、昨日の、

はやぶさ展来場1万人目の記事が掲載されていた。



そして あのご家族の写真とコメントも掲載されていた。

お父さんのコメントは、

『世界に誇れる日本のテクノロジーは凄いと感じた。』



11歳のご長男は科学少年団で活動していて、

『イオンエンジンに興味があったから

 実物を見られて嬉しかった。』

との事。



っていうか イオンエンジンって何だ?。

まさに、1万人目にふさわしい

物見遊山でフラッっと見に行った私とは大きな違いだ。




私が1万人目じゃなくてホント良かった。

はやぶさのプラモデルやガラスケース入りの模型を贈呈されても

物置き行きだったし。




もしかしたら、

ラッキーは適当に舞い降りるわけではなくて、

そのラッキーにふさわしい人の元にキチンと舞い降りるのかなぁ。





そういえば、昨日のブログに載せ忘れたが、

会場内に松本零士先生のサインがあった。

アニメ銀河鉄道999世代の私達にとったら

こっちも相当ロマンを感じるわ。

メーテルぅ~。




人工衛星打ち上げ用ロケット HⅡ-A の模型にサインがあった。

チャゲリーヌのブログ





はやぶさが展も今日が最終日。

3日間しか開催されないので勿体ないなと思う。

私は、昨日ちょうど仕事が休みで本当にラッキーだった。


私もラッキーにふさわしい人間だったのかな。

嬉しいっす。