新潮文庫                                                        中村文則

豊田市ブックマーケット2025

恋人の美紀の事故死を周囲に隠しながら、彼女は今でも生きていると、その幸福を語り続ける男。彼の手元には、黒いビニールに包まれた謎の瓶があった──。それは純愛か、狂気か。喪失感と行き場のない怒りに覆われた青春を、悲しみに抵抗する「虚言癖」の青年のうちに描き、圧倒的な衝撃と賞賛を集めた野間文芸新人賞受賞作。若き芥川賞・大江健三郎賞受賞作家の初期決定的代表作。(Amazon 内容紹介)

なんと言えばいいのだろうか。ちょっと偉そうに言わせてもらえれば、こういうの悪くない。どころか、好きだ。

 

短い物語だった。

 

読後感は「正直な男」の話。男は息を吐くように嘘をつく。

しかしその心の中は実に正直だ。正直すぎて怖くなるほどだった。

 

誰でも経験があるのではないだろうか。

何かを演じている自分にふと気づいてしまうことが。

 

そんな気づきはたいてい後から起こるものだが、男は演じている最中に演じていることに気づいてしまう。

 

それと気づいていながら演じることを止めない。

 

それは滑稽で、哀しくて、少し怖い。

 

そんな男の話。

 

創元推理文庫                                                 シャーリイ・ジャクスン

令和7年11月30日名古屋古書会館 名鯱会即売会

幽霊屋敷と噂される〈丘の屋敷〉。心霊学者モンタギュー博士は三人の協力者を呼び集め、調査を開始した。迷宮のように入り組み、彼らの眼前に怪異を繰り広げる〈屋敷〉。そして、一冊の手稿がその秘められた過去を語りはじめるとき、何が起きるのか? スティーヴン・キング『シャイニング』に影響を与えた古典的名作、待望の新訳決定版。(Amazon作品紹介)

「たたり」じゃないよね。何も起きてないじゃん。

 

本作には絶大な期待を持って読み始めた。巨匠キングの絶賛、Netflix版ドラマの原作。この俺をどんな風に震え上がらせてくれるのかと思っていたのだが。これって・・・ 冒頭に戻るわけである。

 

構成としては『シャイニング』によく似ている。と言うよりも、本作の18年後に『シャイニング』が上梓されていることを考えると、『シャイニング』が似せたと言うべきだろう。

 

しかしキングはこの古典をさらに恐ろしく仕上げてくれた。

 

そもそも作者は恐怖を描きたかったのではないのかもしれない。それは何もかも失った一人の女性が〈丘の屋敷〉に巣食う何かに取り込まれていく「寂しさ」だったのかもしれない。

 

手控えによると、俺は今年の11月30日にこの本を買っている。同じ日に同じ場所で同じ作者の別の作品を買っている。タイトルは『山荘綺談』・・・

 

同じじゃん。

今気づいたのだが、今日はクリスマス・イブである。そんな聖なる日に、朝から不愉快な目に遭った。

 

今朝はあいにくの雨であった。ただでさえ寒い12月に雨にうたれ、駅のホームにたどり着いた時には、すでに疲労困憊していた。

幸い電車に空席があり、俺はほっとしながら腰を下ろした。思えば、この時この空席に座らなければよかったのかもしれない。

 

俺の左隣には妙齢のご婦人が腰かけていた。婦人は、席と席の間にあるこんもりにケツの半分ほどを乗せるように座っていた。つまり、二人分の席の真ん中に腰かけるような格好である。

俺が空席の前に立つと、いかにも大儀そうに、婦人はそのこんもりからケツを外した。そうして空いた一人分の席に、俺は腰を下ろした。

 

すると婦人は居心地悪そうに身をくねらせ、自身の右肩をぱんぱんと叩いた。それはまるで、肩についた埃か何かを払い落とすようなしぐさであった。

その時はそれほど気にも留めなかったが、俺が鞄から本を取り出そうと身動きをした瞬間、婦人は再び同じように肩を叩いた。

 

そのときになって初めて、俺は婦人から嫌がられているのだと気づいた。

 

もしかすると雨でコートの肩がびしゃびしゃになっているのかとも思った。もちろん、まったく湿り気がないとは言わないが、せいぜいごく常識的な範囲の「お湿り感」だったはずである。

 

それから、何がどう気になるのかわからないが、俺が身動きをするたびに婦人はてきめんに反応する。次第に、これは湿り気云々の問題ではなく、俺そのものを汚いと感じているのではないかと思えてきた。

 

俺は毎朝風呂に入ってから会社へ行く。少なくとも、その電車に乗り合わせた多くの人よりは清潔であると自負している。そこまで汚がることはないじゃないか、と、思わず舌打ちが出た。

舌打ちは案外大きく響き、それ以降婦人の肩払いは止まったが、今度は自分の右肩が俺に触れないよう、左手で強く肩を押さえる仕草を見せた。その態度は、かえって俺の心を傷つけた。

 

その時俺は、この婦人と遭遇するのが初めてではないことに気づいた。

 

それは、今年の7月のことである。

 

今から5か月前のあの日、朝から電車が遅れていた。最近は比較的早い時間に出勤しているため、少々の遅れで遅刻することはないのだが、その日は少々ではきかなかった。実に40分以上も電車が遅れ、いつもならとっくに会社に着いている時間になっても、まだ自宅最寄り駅のホームに立っている始末であった。

 

先行車両に異常があり、その影響で到着するホームが変更になるとのアナウンスがあった。それにいち早く反応し、他者に先んじてホームを移動した俺は、やがて入線してきた電車で座席に座ることができた。ある意味ではラッキーだったと言える。

 

だが、隣に座っていたご婦人の態度は最悪だった。

 

時々こういう人がいる。公共交通機関の車内で、少し手や足が触れただけで、さも汚いものに触れられたかのように、大げさに体を払う仕草をする輩だ。ごく身近にもいるが、その婦人もまた、そういう類の人間であった。

 

このように、殊更に潔癖症をアピールする人が時々いる。電車で隣り合わせに座る以上、多少肩や肘や足が触れてしまうことは避けられない。こちらとて、わざとやっているわけではない。それなのに、そのような態度を取られると、非常に傷つく。

 

もし心の病か何かで、他者との接触を病的に畏れているのだとしたら、そもそも公共の電車には乗らないはずだ。乗っている以上は我慢ならんというほどではなく、単なる潔癖アピールである。そんなアピールで、周囲に埃だけでなく不快感まで撒き散らすな、と言いたくなる。

 

そもそも、俺の肩や肘や足が婦人に触れているということは、婦人の肩や肘や足もまた俺に触れているということに他ならない。それを、なぜお前だけが嫌がるのか。

 

次に婦人の肩や肘や足が触れたら、俺も盛大にアピールしてやろうと内心で身構えていたが、それ以降、お互いの肩や肘や足が触れることはなく、婦人がそのような素振りを見せることもなかった。

 

やがて電車はようやく動き出した。ダイヤの乱れの影響で、駅に停まるたびに乗客は増えていく。

しばらくして、その婦人の前に若い女性が立った。女性はつり革につかまりながら鞄から何かを取り出そうとしたが、手元が狂ったのか、それを落としてしまった。

 

落ちたものは、座っていた婦人の足の上に一度落ち、そのまま床に転がった。何であるかは分からなかったが、ごく小さなものだった。婦人は嫌がりこそしなかったものの、落下に対して大げさに反応し、若い女性はひたすら恐縮していた。

列車の遅れもあり、車内は普段以上に混み合っていて身動きが取れず、女性は結局、その場で拾うのを断念したようだった。

 

その後、電車が大きな駅に到着し、多くの乗客が降りて若干スペースが空いた。そこで若い女性は、先ほど落としたものを拾い上げた。

それは、女性が妊婦であることを示すキーホルダーだった。どうやらキーチェーンが切れてしまっていたらしい。

 

それが目に入った瞬間、婦人は弾かれたように顔を上げ、慌てて席を譲ろうとした。その変わり身の早さは、ある意味であっぱれだった。しかし女性は「次の駅で降りるから」と、それを固辞した。

いくぶん空いてきたとはいえ、ダイヤの乱れの影響で車内外には人が溢れており、停車時間も普段より長くなっていた。

 

面前で立ち続ける妊婦を前にして、婦人もさぞ居たたまれない思いをしたことだろう。些細なことで大げさに反応し、妊婦を恐縮させ、さらに混雑した車内で立たせ続けていたのだから。

同じ女性同士で、相手が妊婦だと分かった途端に席を譲ろうとするあたり、それなりのモラルは持ち合わせているのだろう。

それだけに、余計に思う。

 

罪悪感に押し潰されればいいのに。

 

――「あの」婦人なら、仕方ない。

もともと、そういう人なのだから。

ハヤカワ・ミステリ文庫                                ステファニー・ピントフ

令和7年8月8日古書会館夏の古本市

20世紀初頭のニューヨーク。心に傷を負った刑事と犯罪学者の二人が猟奇殺人事件に挑む(BOOKSデータベース 内容紹介)

 

アメリカの、ニューヨークと聞くと最初から大都会だったと錯覚してしまうが、ニューヨークとて最初から大都会ではなかったのだということを強く感じた。正直言ってニューヨークの地理に詳しくないので、位置関係や距離関係は全くわかっていないのだが、これから街が大きくなっていく時に、一緒に大きくなっていく「良からぬもの」の話。

20世紀初頭に、今では当たり前となった科学捜査的な志向を持つ刑事と、犯罪を学問としてとらえようとする研究者。原始時代にいきなり「火」を持ち出すようなこの設定は悪くないのだが、いろいろと設定した内容がいま一つ生きていないような気がする。例えば「内容紹介」にある通り、主人公の刑事サイモン・ジールは心に傷を負っている。

 

その「心の傷」と物語にあまり、というか、ほとんど繋がりがない。それなのになぜこのキャラクタ性を左右するような大きな特徴をつけたのか。別にそれ自体は全然悪くはないのだが、もう少しトラウマと事件が深く絡み合ったら、もっと共感が深まったかもしれない。

 

そしてもう一人の主人公たる犯罪学者。この人物がどうも「弱い」。このような実験に社会的意義があるかないかは置いておいて、強い信念をもってこの研究を押し進めていくという思いはわかる。しかしあまりに金持ちの道楽感が強く、この学者先生にもやっぱり共感することはできなかった。

 

でも雰囲気はすごくいい作品だと思った。今回はそのイメージで画像を生成してもらった。

4台のトレッドミルの中に故障しているものがある。

どれでしょうか。

 

chocoZAPに通い始めてから2年が経過している。ダイエット目的で通っているのだが結果は芳しくない。一番の原因は消費カロリー以上にカロリーを摂取しているためだろう。現状維持ならまだしも、微増を続けている。

 

何やってるの?と人に聞かれる。意味ないじゃん、とも言われるが、意味がないことはないと思っている。もしジムに通っていなかったら、と考えると「微増で済んでるだけマシ」と思うのだが、この卓越した言い訳能力も、成果が出ない大きな原因であろう。

 

会社に保健師がやってきた。

 

事情を話すと保健師はそれを否定することなく、小さな目標をいくつか立てて、それを一つ一つクリアしていきましょう、と言った。きっと俺のような口先ばっかりの人と話す機会が多いのだろう。上手に丸め込んでくれた。

 

よし、明日から頑張るぞ、と言った舌の根も乾かぬうちに、俺はその誓いを破ってしまった。

 

その翌朝のことである。

 

前日、つまり保健師との面談の朝、俺はたまたまいつも乗る電車よりも一本遅い電車に乗ることとなった。一本遅いだけでいつもよりも乗り場に人が溢れていた。いつもであれば半々ぐらいの確率で座って通勤できるのだが、今日は無理だろうと諦めていた。

 

ところが電車がホームに入ってくると、いくつか空席が確認できた。俺は自分の前に並ぶ人と空席の数を考えて、もしかしたら座れるかもしれない、と考えた。前に並んでいる人は多かったが、若い人は案外座席に座らない人が多い。

 

案の定、俺の前に並ぶ多くの人は空いた席には見向きもせず、俺は自分が座れるであろうことを確信した。その時である。俺が並んでいたのとは別の列から一人の老婆が人波を押しのけて乗車してきた。

 

人波を泳ぐようにかき分けてきた老婆は俺が目をつけていた空席を目ざとく見つけて隣の列に乱入し、あっ!という間もなく席に座ってしまった。「うそ・・」、思わず口に出してしまった俺の呟きを耳ざとく聞きつけた老婆は一瞬俺の顔を見、なんとなくバツが悪そうに眼をそらした。

 

明らかに俺よりも歳上である。普段であれば席を譲るのにやぶさかではないが、そのように割り込まれると反発したくなる。少なくとも人並みを押しのける体力と、俺の呟きを拾う聴力の持ち主である。老婆老婆と言ってもかなりの体力自慢のようであった。

 

なんとなく悔しい、なんとなく損をしたような、そんな気がした。

 

前置きが長くなってしまったがその翌朝のこと、俺は昨日のことがあったから、というわけではないが、いつもより一本早い電車を待っていた。そして俺の目の前に昨日の老婆がいた。前日一本遅い電車で出会ったら老婆と、翌日一本早い電車で出会う。因縁の再会であった。

 

老婆の前には若い学生が一人いるだけであった。俺は席が空いていないことを祈った。ところが電車が入線した時に、昨日と同じ場所で席が一つ空いていた。顔ぶれを見る限り老婆が座れるのはほぼ確実と思われた。それなのに老婆は電車の扉が開くや否や、目の前の学生を押しのけるように乗車し席に座った。

 

今日は誰にも文句は言わせないぜ、と思ったのかどうか。老婆の顔はなんとなく自慢げであった。多少苦々しく思ったが俺がとやかく言える立場ではない。俺はおとなしく老婆の斜め前方に立った。

 

やがて電車はある駅に到着し、老婆は電車を降りていった。老婆が座っていた席だけがぽっかりと空いたが、あの憎たらしい老婆のお下がりなんかいらねぇよ、と俺は思った。思ったのだが電車から降りる人並み、新たに乗り込む人並みに押され気が付けば目の前に老婆が残した空席があった。無意識に。そう、無意識のうちに俺はその空いた席に腰かけてしまっていた。

 

前日の保健師との間で交わした誓い。それは「電車の中で座らない」というもの。

 

その誓いを破っただけではなく、老婆の施しを受けるとは。老婆に屈し、また自分で立てた「電車で座らない」という誓いも破ってしまい、自分自身にも屈することになってしまった。

 

特にオチはない。オチはないのだが朝座ってしまった分のカロリーを消費するために、俺はchocoZAPに行く。そして冒頭に戻る。

 

4台のトレッドミルのうちで故障しているのは、どーれだ!?

 

答えは向かって左側から2台目以外の3台。

 

4台のうち3台が故障って、すごくない?しかも残った1台からも異音がしており、早晩故障してしまうだろう。最初の1台が故障してからもう半年が経過している。さすがに4台とも故障したら直しに来てくれると思っているのだが。

 

照明のLEDライトも切れかけていて、変なフラッシュを見せている。あるいはそういう仕様なのかもしれないが。