「ただいまを持ちまして、ルーサナーの祭典を終了いたします。 なお、おしゃべりモカシンのダンジョンの特典であるアイスゴーレムは、集計結果を一部の妖精が焼却したため集計不可能なため、特典自体がなくなるとの事です」
大会委員会のアナウンスに、会場から怒涛のようなブーイングが湧き上がる。
結局……というか、当然ながらアベロットたちの作ったダンジョンをクリアした挑戦者は今年も0。
涙を呑んだ挑戦者たちは、来年こそは彼らを完膚なきまでに叩き潰し、その報酬として、ダンジョンの露と消えた我が理想のアイスゴーレムを復活させるのだと、拳を硬く握り合う。
もはや目的が完全にすり替わっている事に彼らはまったく気付いていなかった。
「えー、ただいまより、達成者を一人も出さなかった"おしゃべりモカシン"と、"荒くれピンヒール"による記念花火の打ち上げを始めます」
続いて流れたアナウンスに、イベント会場の観客達、そしてダンジョンに挑んだ勇士たちがゾロゾロと見晴らしの良い場所へと歩いてゆく。
クリア者を出さなかったギルドは、勝利の証として祭りの最終日に花火を打ち上げる事が許されており、この三日にわたる祭りの最後を飾る風物詩となっていた。
そんな人波が流れる中、アベロットは社用の飛行船に乗り込もうとしたモルガンを探し出し、声をかけた。
「モルガンの姐さん。 ちょっといいか?」
「どうしたの? エイブ君。 もしかして、私のハーレム入る気になった?」
にこやかな微笑むモルガンに、社交辞令として愛想笑いを浮かべると、なぜか一緒についてきたアルルナがアベロットのわき腹をつねった。
ついでにその視線がちょっと冷たい。
「いや、そんなんじゃなくて。 ちょっと案内したいところがあるんですよ」
全く乗り気ではないが、まぁ、これも仕方あるまい。
アレに頭を下げて頼まれたのでは……
心の中でそんなことを呟きながら、アベロットはモルガンを夜の散歩に誘い出した。
ドンッ! ドドドンッ!
パラパラパラ……
モルガンを連れて歩く中、まず"おしゃべりモカシン"側の花火が次々と打ちあがる。
まるで夜空よ花園に変われとばかりに大量に打ち出される五号玉、大輪の花を競い合う二尺玉。
色とりどりの花火が上がるたびに、夜道を歩くモルガンの白い横顔が鮮やかに色彩を帯びた。
「ねぇ、モルガン様」
「なに? アルルナちゃん」
沈黙に耐えかねたのか、好奇心の虫がまたぞろ疼いたのか、アルルナがモルガンに声をかける。
「あのナックラヴィーだけど……あんなに思いを寄せられたら、振るときに気まずくない?」
どこか不安にも似た陰りを帯びたアルルナの声に、モルガンはどこか寂しげな笑みを浮かべた。
「いいのよ。 結局、彼は私が好きなんじゃなくて自分が好きなんだから」
「どういうこと?」
「彼は、自分を満たすために私が欲しいだけって事。 一途なのとはまた違うのよ。 人を好きになるって難しいわね。
結局、彼が私を幸せにしたいんじゃ無くて、彼が私で幸せになりたかっただけなのよ。
そんな愛、受け入れられるはずも無いの。
そもそもそれが愛と呼んでよい物かどうかすら、私にはわからない。 うん。 たぶん、それは愛とは呼んではいけないものなのよ」
そう語る声は、深い自嘲の響きを帯びて、彼女の司る霧のように儚く花火の音の中に消えていった。
再び会話が途切れ、ただ花火の音だけが夜道に響く。
やがて、スターマインが長くキラキラとした光を地上に投げる頃になって、アベロットはようやく足を止めた。
それは、山の中にある休憩所。
見晴らしが良く、花火を見るならおそらく最高の場所だろう。
「ねぇ、そろそろこんな所まで歩かせた理由を聞かせてくれない?」
まるで何かを待っているようなアベロットの様子に、モルガンは疑うような視線と共にそんな疑問を口にする。
だが、アベロットはやや困った顔をした後に、ふと何かに気付いたような顔となり、肩をすくめてこう応えた。
「残念ですが、それは俺の口からじゃなくて、ここに貴女を連れてこさせた当人から聞いてください」
その瞬間、誰かがモルガンを後ろから抱きしめた。
逞しい腕、うなじに感じる厚い胸板、かすかな香る汗と男の匂い。
私はこの腕を知っている。
「……ガーフィー?」
その問いに答えるかのように、背後の気配が僅かに揺らぐ。
「ゴメン。 言葉じゃ伝え切れる自身が無くて。 これが俺からの気持ちなんだ。 たとえ、君が俺のことを本当はどんなふうに思っていても、君が恋の出来ない女だったとしても、俺の気持ちは変わらない」
その瞬間、花火が上がった。
自分を抱きかかえる太い腕とはまるでイメージがあわない、鮮やかなピンクの、しかもハート型の花火。
まるで夜空を埋め尽くすように、消えても消えても、次々と打ち上がる。
横になってハート型に見えなくなっても、さかさまに打ち上がってスペード型になってしまっても、気にせず次の花火が打ち上がる。
……なんて強かで、なんて無邪気な。
「馬鹿ね。 ほんと、男って無駄にロマンチックなんだから」
「……えっ?」
呟いた言葉に、抱きしめた腕がビクっと震える。
「やりすぎよ。 ドン引きだわ。 なに、その自己満足」
確かに想いを形にするのは大切かもしれないけど、想いが先走ればそれは相手にとって苦痛になってしまう事がある。
かつて私は、師とも父とも慕った人を、愛するあまり永遠の塔の中に閉じ込めてしまった。
たぶん、それは間違い。
その事実に気付いたとき、私は恋する事に臆病になった。
彼の苦しみに気付いたから。
私の愛は、独占する愛。
愛する人を閉じ込めて、苦しめて、それで自分が満足するだけ。
なら、最初から憎まれてもいい相手を愛そう。
そう思った。
けど、それもまた間違い。
だったら、どんな愛の形がお互いにとって最適だというの?
そんなの、恋の女神でもきっとわからない。
「でも、花火の前の台詞は中々だったわよ」
だから、まずは伝える事が大事。
そして、相手の言葉を聞く事はもっと大事。
そうすれば、いつか二人にとって一番いい愛の形が見つかるかもしれない。
ねぇ、愛の形がハート型だって、いつ誰が決めたの?
歪んでしまった私の愛は、きっとそんなありきたりな形ではありえない。
私は私と彼との愛の形を探してみせる。
今、ここから。
だから、一方的に押し付けるだけの愛の形はここでお終い。
「ねぇ、エイブちゃん。 さっきの、ハーレムの話……無かった事にしてちょうだい」
モルガンがそんな台詞を口にすると、闇の中に押し殺し損ねたような男の笑い声が洩れた。
「最初からこっちも了承してませんよ」
花火の逆光になって表情がよく見えないが、きっとアベロットは苦笑いをしていることだろう。
「それとね」
「それと?」
「私、お兄さんを、閉じ込めちゃうかも」
そんな台詞を口にしながら笑う彼女は、アベロットが見てきたどの彼女よりも愛らしく、そして一番幸せそうだった。
「どうぞ、どうぞ。 どうせ、厄介な仕事しか押し付けてこない不出来な兄なので、永遠に出さなくて結構です」
「お、お前な!」
ガナルハナルの悲鳴を無視して、アベロットは無言でアルルナに手を取ると、行き先も告げずに歩き出した。
アルルナもまた、無言でその手を受け入れ、その手を引かれるままに歩き出す。
「それでは、末永くお幸せに」
花火のフィナーレを飾る光の乱舞に、世界が全てピンク色に染まる。
果たして、ガナルハナルの恋が実ったのか?
モルガンが自分の愛の形を見つける事が出来たのか?
そんなこと、きっと無粋すぎて神も知らないと応えるだろう。
願わくば、幸せな結末がありますように。