こんばんは。
工藤倫子です。
昨日は台風で
予定していたクラブのランチ会を
泣く泣く中止にしました。
あの雨では仕方ないですね。
午前、午後、夜、オンラインカウンセリングの予約が入っていたので
そこは通常通り、仕事をしたのですが
キャンセルになったランチ会の時間
何をしていたのか記憶がなく・・・笑
時間というのは、あっという間に過ぎますね。
連休中にやろうと思っていた仕事はいまだ手付かずのまま・・・。
さて、そんな中
今日は毎年恒例の
娘の誕生日ケーキをつくりました✨
毎年、ほぼ
シャインマスカットかメロンなのですが
今年はシャインマスカットケーキ!
ただ、シャインマスカットを
もりもり乗せただけですが💦
スポンジは、米粉とココナツシュガーで作ったので
罪悪感ゼロ!で食べました♪
めちゃくちゃおいしかったです!!
娘は世界一おいしいケーキと言ってくれるので
今年で27歳になるのに
いまだに作っています。
今年はいつもと違う角度で撮ってみた。
(あの右奥の丸いところにいつも寅次郎が寝ています)
子ども達の誕生日に作る
手作りケーキ。
作り続けて、20年以上が経ちました。
23年くらいかな?
子ども達の誕生日とクリスマスにしか
つくりませんが、それでも20年以上も続けていると
パパっと作れてしまいます。
何でもやってみることが大事ですね。
「大変そう」と思っていることでも
実はそうでもなかったりすることって多いですね。
やる前から「大変そう・・・」と思って
手をつけないから、どんどん「大変」さが増してくる・・・
ということは、ありそうです。
やらない言い訳をしたいから
「大変だから、できなくても仕方ない」
とますます「大変そう」アピールをする
そして、苦手意識が増していく・・・というような。
やってみて、嫌ならやめる
違うやり方を探せばいいだけのことですからね。
さて、そこにも通じるお話かもしれません。
1つ前の記事に
「悲しみを味わい尽くす」ということを書きました。
最後に
「涙と汗の量は同じ」
と、小林正観さんが書いていました。
今日は腕が疲れたので、そのお話はまた明日書きます!笑!
と書いていたので、その続きを書きますね。
・
「涙を流すか」「汗を流すか」
大変さはどちらも一緒らしい
ある男性から、次のような質問をいただきました。
「私の友人が、ある日、突然母親を交通事故でなくて、嘆き悲しんでいます。
この友人を助けてあげたいのですが、どうすればいいのでしょうか?」
実は、小林生観は、母親を心臓麻痺で、突然亡くしています。
その後、父親がくも膜下出血で倒れ、1年半の闘病の末に亡くなりました。
母親が、突然、死んだときには、ショックがおおきくて、たくさんの
涙を流しました。
「どうして、もう少し長生きしてくれなかったのか・・・」と
悲しみました。
ところが、父親のときは、心の準備ができていたので、あまり涙は
でませんでした。
ただ、寝たきりの父親を看病するのは肉体的に大変でしたから、
涙のかわりに「汗」をたくさんかきました。
母親と父親の死を経験して、わかったことがあります。
それは「流す涙の量と汗の量は同じみたいだ」
ということです。
流す「水の量」は一緒で、両方を同時に味わうことはできない
みたいです。
突然死のときは看病がないので、肉体的には看病をして
汗をかくことはありません。
けれど、精神的につらくて、たくさんの涙を流します。
一方で、闘病生活が長いと、肉体的にあれこれ動いて、たくさんの
汗をかきます。
けれど、心の準備ができます。
では、どちらがつらく大変なのかというと、どちらも同じ。
「精神的な大変さ」と、「肉体的な大変さ」を秤にかけると、
どちらも大変さは同じみたいなのです。
体内から出てくる「水」を、「涙」と呼ぶか「汗」と呼ぶか、
呼び方が違うだけで、本質的には何の違いもないのかもしれません。
出典:ありがとうの奇跡 ダイヤモンド社 著:小林正観
・
というお話です。
私は20年近く前に、小林正観さんの講演会に行ったことがあるのですが、
当時、正観さんの本をかなり読んでいました。
小林正観さんは、とにかく変わった人なので
小林正観さんの本は、好みが分かれるかもしれませんが
私は大好きです。
以前は、とにかく辛いことがあると、よく読んでいました。
この「涙と汗の量」のお話も知っていたので
父の介護では沢山「汗」をかきました。
母の時は、直接的な介護はできなくて
とても辛かったので。
介護は、とても大変です。
ですが、色々調べて、聞いて、行動してみると
「無理だ」と思っていたことでも
出来ることもあります。
私の父も、最後の10か月ほどは
「一人暮らしで寝たきり」
でしたので、在宅介護は無理・・・と思いがち。
でも、できました。
最後まで父は、1人暮らしの自宅で
ワールドカップを見て、ヘルパーさんと笑い
好きなものを食べて
娘や孫に足をマッサージしてもらい
悩み事は看護師さんに聞いてもらい
ベッドの隣には母の遺影があり
ベランダにはバラが咲いていて、それを娘が切ってくれる。
本当に幸せな最期だったと思います。
さて、今日もまた
とりとめのない
まとまりのない文章になりましたが
今日も私は
娘とケーキを食べて幸せです。
そして、娘の友達に
私のケーキの写真を見るのが楽しみだ
と言ってくれている子が数人いるらしく
そんな話を聞いて
また幸せな気持ちです。
ブログを見て下さっている方も
私の友人も
楽しみにしてくれています。
今年もつくれて良かった!!
今日もあなたの幸せを願っています。