『ためらいの倫理学-戦争・性・物語』 | [N] on the web

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『ためらいの倫理学-戦争・性・物語』by内田樹

<目次>(大きなもののみ)

-なぜ私は戦争について語らないか

-なぜ私は性について語らないか

-なぜ私は審問の語法で語らないか

-それではいかに物語るのか


よく知られている評論家や学者の言って

いることは、果たして彼らが言うほど知的

なことなのだろうか。

目次であがっているようなメジャーな論点

について様々な学術文献、投稿、発言を

引き合いに出し、専門家の理屈というのは、

結局のところ論じられているテーマそのもの

よりも「私は正しいこと」を証明し、反対派

を論破することを目的としていると指摘。

果たしてそれは求められている知性なのか、

と問い、いや、むしろ「わからない」「私は間違

っているのではないか」と考えることのできる

知性こそが、社会的不合理を解決すると説く。


戦争やフェミニズムを巡る議論はその筋の

専門家とは「喧嘩になるだけだから決してし

ない」という態度で書かれたこの本が、(著者

自身も書いているように)一体どれほどの批

評性を持つのか、という疑問が頭をかすめるが、

そのこと自体はさほど問題ではない。

なぜならこの本は、「知的な専門家」達の言論

の前に論破され、恫喝され、萎縮してしまいが

ちな「生活者」のために書かれているからだ。


著者の知識人批判には、鋭さはないが竹のよ

うな柔軟性がある。それがこの本の特徴で、

著者が逡巡しながら、決して結論を急がず、

思考を詰めていくやり方は最高に知的な作業

だと思う。


例えば戦争はいやだなというような「生活者

の実感」と、「武力行使は国際紛争解決のた

めの合理的手段である」という「専門家の理屈」

がぶつかっているだけではいつまでも話がかみ

合わない。

そこでナカをとったらどうなるか。同じ土俵で話

し合うためにはどのような言説が有効かについて、

著者は考えている。(結論は一読しただけでは

頭に入らなかったけど)。


ただしこの本を楽しく読むにあたってテーマや

議論つまり戦争や性、審問云々への関心は必要

ない。

著者は、普通の生活者の感覚を保ちながら

「世の中を少しでも住みよくしていくことのできる

知性」を養うとはどういうことか、一緒にかんがえ

よう(著者の弁舌がさわやか過ぎて置いていかれ

るけど)と言っているのであって、批判は結局その

のトレーニングに過ぎないからだ。


・・・批判された方々が怒るのも分かる。



ためらいの倫理学―戦争・性・物語 (角川文庫)/内田 樹
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