上中里~熊野前散歩 9月8日(土) | 東京散歩道

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「東京お散歩教室」主宰、小島信康が綴る身近な街の素敵発見探訪記。

お散歩ナビゲーター 小島信康です。

 

今回は9月8日(土)から始まりました

東京お散歩教室「第122回 上中里~熊野前散歩」の

初日の様子を簡単にご紹介します。

 

出発は、上中里駅から。

 

まずは、上中里さわやか橋へ。

 

 

上中里さわやか橋は、北区上中里2丁目にある跨線人道橋。

東北本線の梶原踏切は、列車通過や尾久駅の操車により踏切閉鎖時間が長いため

地元の強い要望を受けた区が、踏切横にエレベーター付きの跨線人道橋を

平成10年(1998)10月に整備。

橋に設けられたエレベーターは、北区内の道路施設の中で最初に採用された

バリアフリー化のためのエレベーターで、運転時間は6時から22時までとなっています。

また、橋上からは尾久車両センターが一望できるため、鉄道ウォッチングの名所にもなっています。

 

上中里さわやか橋の次は、「都電もなか本舗 菓匠 明美」へ。

 

 

「都電もなか本舗 菓匠 明美」は、北区堀船3丁目の商店街

ショッピングロードかじわら内にある和菓子店。

こちらで製造・販売されている、都電荒川線の形をした「都電もなか」は

第20回全国菓子博覧会で厚生大臣賞を受賞したほか、「北区の逸品」にも選ばれています。

 

「都電もなか本舗 菓匠 明美」の次は、都電おもいで広場へ。

 

 

都電おもいで広場は、荒川区西尾久8丁目にある都電旧型車両展示施設。

平成19年(2007)5月に東京都交通局荒川電車営業所内に開設された広場で

懐かしい停留所をイメージしたスペースに、貴重な都電旧型車両2両を展示。

開場は、年末年始を除く土曜・日曜・祝日の10時から16時で、入場は無料です。

 

都電おもいで広場の次は、船方神社へ。

 

 

船方神社は、北区堀船4丁目に鎮座する、日本武尊を主祭神とし

相殿に少彦名命と猿田彦命を祀る神社。

旧船方村の鎮守で、江戸時代は十二天の森・十二天社と呼ばれ

明治になって船方神社に改称。

境内には、御嶽神社が境内社としてあるほか、本殿右脇の柵内には

十二天に関する地域伝承に基づいて建てられた石碑があります。

 

船方神社の次は、あらかわ遊園へ。

 

 

あらかわ遊園は、荒川区西尾久6丁目にある、東京23区内唯一の公営遊園地。

大正11年(1922)に民営の「あらかわ遊園」として開園し、戦時中は高射砲陣地となり

一時閉園状態となった後、昭和25年(1950)に区立遊園地となって再スタート。

そして、平成3年(1991)に大改装して、現行の姿になりました。

園内には、日本一遅いとされるジェットコースターがある「のりもの広場」をはじめ

「どうぶつ広場」「子どもプール」「ふれあいハウス」「魚つり広場」など、様々な施設が整っています。

 

 

あらかわ遊園では、まず「ふれあい広場」に行って

人懐っこいヤギや羊を撮ったり、触れ合いをしたり…

 

 

続いて、「どうぶつ広場」で、ハナジカ、ニホンザル、ミーアキャットなど

可愛らしい動物たちを観察しました。

 

「ふれあい広場」「どうぶつ広場」の次は、下町都電ミニ資料館へ。

 

 

下町都電ミニ資料館は、あらかわ遊園ふれあいハウス内にある鉄道資料館。

館内は、鉄道模型趣味団体「のぞみ会」の会長・伊藤信男氏が製作した都電模型や

東京都交通局から提供された都電関連品、その他、様々な鉄道資料が展示されています。

 

 

下町都電ミニ資料館見学後、「いこいの広場」に展示されている
都電6000形車両「一球さん号」と一緒に記念写真。

皆さん、撮影ご協力有難うございました。

 

あらかわ遊園の次は、あらかわ遊園煉瓦塀へ。

 

 

あらかわ遊園煉瓦塀は、荒川区西尾久6丁目に残る煉瓦塀。

明治時代初期、この地域は煉瓦に適した土がとれ、交通の便が良かったこともあり

4つの煉瓦工場が建ち並びました。

なかでも古いのが、石神仲衛門によって明治5年(1872)に設立された煉瓦工場で

工場は広岡勘兵衛に経営が譲渡されて、広岡煉瓦工場となり

大正11年(1922)、この煉瓦工場跡地に民営の「あらかわ遊園」が開園。

現存する煉瓦塀は、当時のあらかわ遊園を囲っていたもので

昔あった煉瓦工場の煉瓦でつくられたといいます。

 

あらかわ遊園煉瓦塀の次は、尾久八幡神社へ。

 

 

尾久八幡神社は、荒川区西尾久3丁目に鎮座する、応神天皇を御祭神として祀る神社。

創建は、正和元年(1312)に尾久の地が鎌倉の鶴岡八幡宮に寄進された頃に遡ると考えられており

以来、旧上尾久村、旧下尾久村、旧船方村の鎮守として、地域の人々の信仰対象に。

境内には、立派な木造社殿が建ち、境内社として厳島神社も祀られています。

 

尾久八幡神社の次は、隅田川旧防潮堤へ。

 

 

隅田川旧防潮堤は、荒川区東尾久7丁目にあるモニュメント。

東京都は隅田川の高潮や洪水対策として、昭和32年(1957)からコンクリート防潮堤建設に着手し

昭和50年(1975)に概成。

その結果、高潮や洪水に対する危険性は大幅に減少しましたが

川と街が分断され、都民は隅田川から遠ざけられてしまいました。

そこで、東京都は、より安全で都民が河川と親しめる、水辺環境に配慮したスーパー堤防を整備。

隅田川旧防潮堤は、スーパー堤防の整備にあたり、これまで台風や洪水から地域を守ってきた

直立の防潮堤を後世に伝えるため、一部を保存し、モニュメント化したものです。

 

隅田川旧防潮堤の次は、上尾久村の馬捨場跡へ。

 

 

上尾久村の馬捨場跡は、荒川区東尾久7丁目にある史跡・信仰スポット。

かつて、この辺りは秣場と呼ばれ、秣場の中に馬捨場があり

馬捨場には、死んだ馬が持ち込まれて、解体され

武具・太鼓などの皮革製品や肥料・薬品などになりました。

しかし、明治になると、馬捨場は使命を終え、戦争で徴用された馬を供養する場へと変化。

さらに、スーパー堤防の建設に伴い、小祠や石造物が移設された現在の当地は

馬頭観音や竹駒稲荷などを祀る、信仰の場になっています。

 

上尾久村の馬捨場跡の次は、尾久の原公園へ。

 

 

尾久の原公園は、荒川区東尾久7丁目と町屋5丁目にまたがる

広大な原っぱと湿地が広がる、面積約61,841 ㎡の都立公園。

ここは、かつて旭電化工業(現ADEKA)の尾久工場があったところで

工場移転後、東京都が跡地を買収。

跡地東半分を公園として整備し、平成5年(1993)に開園しましたが

その後も整備は継続しており、拡張が予定されています。

 

こんなふうにあちこち見どころを紹介し、熊野前駅でお散歩は終了。

 

 

その後、ご希望されたメンバーさんたちと

日暮里・舎人ライナーで西日暮里駅まで移動して

「ミライザカ 西日暮里駅前店」で打ち上げをして、解散となりました。

 

ご参加くださいました皆様、長時間お付き合いいただき、誠に有難うございました。

 

それでは、次回もどうぞよろしくお願い致します。

 

東京お散歩教室

http://tokyo-osampo.com