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心境
なんだか目が覚めちゃった。
なに気なくツイッターみてると友達の彼氏できました報告見つけた。
おめでとうとは思ったけど、なんでこの子にはできて自分にはできないんだろうとか考えてる。
そんな自分が大嫌い。
iPhoneからの投稿
2013/10/14
実家で一緒に住んでいたおばあちゃんが亡くなりました。
84歳でした。
胃癌の全摘手術を受けた時の輸血でC型肝炎にかかり、肝臓ガンの治療を長い間続けていました。
しかし今年の夏頃からラジオ波の治療の効果が期待できなくなり、化学療法に切り替えたのですが、内服してすぐに貧血が悪化し中止。
貧血は鉄剤で改善してきていましたが、歩行がおぼつかないことが続いていました。
そのため両親が杖を用意し夜間使っていましたが、転倒してしまい腰を打ち、歩くことも難しくなってきたようでした。
9月末、私が帰省した時にはそれでも元気な笑顔を見せてくれており、ご飯も少ないながらしっかりと食べていました。
そのため、そのときは「次来た時はもっと元気になってるはずだからね」と声をかけ、おばあちゃんからも「がんばってね。またね。」と声をかけてもらって帰りました。
これがおばあちゃんと会話した最期の言葉でした。
その後腰痛が酷く、下肢の浮腫、便秘の訴えがあり、かかりつけ病院の勧めで整形を受診。
腰へブロック注射をしましたが、意識が朦朧としてしまい、翌日かかりつけ病院を受診。
医師の診断では排尿障害で尿が出ず、注射や薬が代謝されないために起きた症状だと。
即日入院となり、絶食、点滴治療で改善見られており、食事開始していました。
しかし、10日肺炎になってしまったことがわかり、絶食へ。
酸素カヌラで送気していたみたいでした。
しかし12日夜電話した時にはおばあちゃんの兄妹が見舞いに来て大層元気に話していた、来週くらいから食事とリハビリできるかもと母さんも嬉しそうに話していました。
13日朝、母から電話で、酸素が取り込めなくなってきたと伝えられました。
その日は朝一で札幌へ行く予定でいたため、札幌へは行きましたが、途中で連絡が入り旭川へ。
私が行った時にはもう意識もなく、ただ息をしているだけの、そんな状態でした。
それでも血圧、脈拍ともに落ち着いており、少し安心しました。
親戚もだいたい揃い、私も一度実家へ帰りましたが、連絡を受け再度病院へ。
30分後徐々にHR低下していき、14日午前2:50、祖父の元へと旅立って行きました。
生前は「なんでこんなに生きているのか。はやく逝きたいのに迎えがこない。」と冗談交じりによく言っていました。
孫が大好きで、孫にパワーをもらってるよと笑顔で話していたこともありました。
きっとおばあちゃんに心配かけたこと、イライラさせたことたくさんあっただろうと思います。
悲しい思いもさせたと思います。
それでも帰ってくる度笑顔で迎えてくれた、明るい、 優しいおばあちゃん。
体調が優れなくて、何処かに出かけた思い出も少ないけれど、一緒に住むようになってたくさんの思い出をくれました。
かあさんと言い合ってることがよくあったね。
とうさんはよく働くねってよく褒めてたね。
あかねは心配かけて、いっぱい気にしてくれてたね。
しおりも一人暮らし始めてから心配いっぱいかけたかな。
こんなにはやく行かなくてもよかったんだよ、おばあちゃん。
もっとかあさんに迷惑かけてもよかったんだよ?
しおりも朝から帰ればよかったね。
怒っていますか?
遠軽の家を見ても、実家を見ても、涙が止まりません。
まだ生きていて、ひょっこり部屋から出てきそうな感じがします。
遺体も本当に綺麗でした。
目を覚ましそうな、ただ寝ているだけのような。
おじいちゃんには会えたかな?
15年前に亡くなったおじいちゃんに孫が成長した話をしてくれてるかな。
まだしばらくは悲しくて泣くと思うけど、許してください。
そしてこれからもあったかい笑顔で、子供たち、孫たちを見守ってください。
大好きなおばあちゃんへ
お疲れ様でした。
ありがとう。
大好きだよ。
どうかゆっくり身体を休めて、おじいちゃんと思い出話をしてね。
しおり
19期生卒業
卒業にいたるまでの出来事をつらつら書いてたんだけど、消えてしまった・・・。
まぁ、いいか。
割愛!!笑
なんか卒業するっていう実感がない。
謝恩会の時も、先生にあいさつ回りしながらその先生と行った実習を思い出してたけど、どれをとってもそんなに自分が成長したって思いもないし。
むしろ、どんどん退化していってる気さえする。
こんなんで働けんのかなって思う。いまさら。
卒業研修でその辺の話し合いしたのにね。
成長しないわね。
なんかいろんな先生に
自信持ちなさい!
って言われた。
自信が持てないのは勉強不足だから。
でもわかっててしないで自信がないんだから笑えるよね。
研修とかでみんなが泣いてるのを見ながら、あんなに辛かったのになんでうちは泣けないんだろうって考えてた。
頑張りが足りなかったのかなって思ったけどあの時はあれで精一杯だったし。
それを思うともっと働いていいのか疑問なんだよね。
謝恩会終わってみんなで騒いで、昨日駅のロッカーに放置して来た荷物を取りにいった時にもうみんなに会えないんだ、学校無いんだって思うとすごい寂しくなった。
ひとりになるとダメだね。
それでいつもは思い出さないいきものがかりの曲なんて思い出して余計に泣きそうになった。
帰りの汽車は涙こらえるのに大変だった。
その後、家族で最後の外食しに行って、親に頑張れ的なこと言われた時も涙でそうになって思わず俯いた。
しかも帰りの車でばあちゃんが
今日は星が綺麗だね。いい思い出になるね。
っていうから家につくまで窓の外ずっと眺めてた。
感傷的だから涙腺ゆるくてダメだね。
あと2週間で旅立ち。
もう誰も守ってくれないと思うとすごく不安。
寮の人たちは3年前にこれを味わってるんだね。
すごいや。
多分あっちいったらしばらく夜泣くんだろうな。
たかこさん、慰めてね。笑
引っ越しの準備しなきゃだけど、親に急かされるたびに面倒くさいって答えてる。
でも本当は面倒なんじゃなくて、出て行きたくないから。
ずっとここに居たい。
父さんと母さんとばあちゃんと茜と、言い合ったり、怒られたり、嘘ついて遊びに行ったり、笑いあったり、励まされたり、八つ当たりしたり、一緒に買い物行ったり。
何気ないことだけど、幸せなこと。
前は早く出て行きたくて仕方なかったけど、いざ出てくとなると行きたくないや。
大人になんてなりたくない。
でも、生きてるだけで勝手に人間は世間的な大人になってく。
中身は中学生からちっとも成長してないけど。
ここまで大きくなったのも、少なからず知識が増えたのも、いろんな人に会えたのも両親、親戚、友達、先生、いろんな人のお陰なんだもんね。
感謝しなきゃね。
なんか思考がまとまらないな。
とりあえず何もしたくないです。
配属病棟も決まらないし。
これでオペじゃなくても、オペであっても、きっと不安は増すんだろうな。
いやだいやだ。
みんな、頑張ろうね。
孤独な夢へと歩いて行こう(^-^)
とりあえずひとりでいたくないから早くラウワンの話きまんないかな。

