北行急行... -17ページ目

北行急行...

素敵な唄、想いとともに時間(とき)を越えて旅する、北行急行(North Express)の旅日記...。

11/15(日)はねぇさん(劇団宇宙の森)の定期公演へ行ってきました。
第20回公演「おっとと村の神様」


◆会場の府中の森芸術劇場




「劇団宇宙の森」は、府中市を中心に活動する劇団。今年5/14(たしかそうだと思った)に創立20周年を迎えられたそうです。
「ねぇさん」とは、あるシンガーソングライターの方を通じ(と、いってもいいかな)知り合うことができました。
音楽ライブだけだった自分に、観劇という新たなジャンルを教えてくれた人でもあります。


どんなストーリーだったかというと...。
長くなるのでここでは割愛。いずれYou Tube(等々)にupされると思うので、そちらをご覧いただくことにして。


入場時にいただいたパンフレットに「渾身の喜劇」と書いてありました。
たしかにコメディタッチで笑いありのステージだったと思います。
でもね、見ていてうるっときてしまう、涙してしまう場面がいくつかあって...。
これが演じている皆さんはじめ、作ってくれた皆さん、関わってくれたの伝えたいことなのかなと、そんな気がしました。
それが漠然としている自分は、まだまだ「坊や」ですかね(笑。


ねぇさんはじめ津田氏も相変わらず、その他の皆さんいい演技をしてくださいましたが、今回気になった役が、「天井ミツ」でした。※たぶん「あまいみつ」って読むんだろうねぇ...。
このストーリーの中で「カギ」だったように感じています。まぁ、個人的にかも知れませんが...。


来年の公演は(2016/)11/20の予定だそうです。
20年の節目を迎えて、また新たに時を刻んでゆく「劇団宇宙の森」にますますの期待ですね。
(...と、ハードルをあげてみようww)


◆おっととの神様


そうそう、ロビーで「唯一の全公演出演者 ねぇさん20年の歩み展」が開催されていました。
うん、たしかに20年って感じがしましたよ(*´Д`*)


11/3(火/祝)は奥華子さんのライブへ行ってきました。
『8th アルバム「プリズム」発売記念イベント』
※相変わらずの時差日記で申し訳ありません。


久しぶりに関東近郊の発売記念ライブ、フリーライブへの参加でした。

奥華子さんはアルバムやシングルをリリースするたびに、この場所(サンストリート亀戸)でライブをしてきました。
私もむかしは(!?)亀戸でのライブはちょくちょく参加していたものの(新潟の発売記念ライブはマメに参加していたけど)、ここのところはご無沙汰気味で、2012年2月以来かと思います。
会場でお目にかかった華ともさんにも「いるはずないと思ってた」と言われる始末でした(笑。


◇セットリスト
1.楔-くさび-
2.好きだったんだ
3.大切なもの
4.友達のままで
5.東京暮らし


比較的ゆっくりと現地へ、10:00過ぎに到着(昔に比べるとゆっくりです)。
TSUTAYAさんで買った小説を読みながら連れ(当社の新入社員)を待ちます。


11:30頃、連れの新人さんとともにに列の後ろに並びます。もう130~150人くらいいたかな?
ここでサイン会整理券、優先観覧エリア入場整理券を引き替えるのですが...。
うちの連れが10番台を入手!! Σ(゜д゜ ちなみに私は170番台でした。
引きの弱い私(笑)は優先観覧エリアには敢えて入らず、後ろの方でのんびりと聴いて(見て)いました。


今回のツアーは新潟公演、埼玉公演と参加しましたが、時間は短いもののそれに引けをとらないライブだったようにも思います。
アルバムタイトル「プリズム」の由来(!?)を語ってくれたことや、アルバムに込めた気持ちなんかもライブに変化を与えた理由かもしれません。
華さんにとってもこの場所ならではってものもあるでしょうし、ホールライブでは込められない何かがあるのかも知れません。


CDはまだちゃんと聴いていませんでしたが、ライブで聴いていた「東京暮らし」がお気に入り。
どこかへ出かけたいと云う旅欲(!?)や、撮りたいと云う写欲が湧いてきます。
こういう歌(音楽)も自分にとって必要なものでしょうね。


自分がはじめてこの場所(サンストリート亀戸)で、華さんのライブを見たのは2008年の7月、「明日咲く花」の発売記念ライブでした。
久しぶりに来たこともありますが、なんだか懐かしいような感じもする時間を過ごすことができました。


初めてその駅を訪れたのは、もう20年以上前になろうかと思います。
その駅(鉄道会社)には、その後十数年の間、通うことになりました。
鉄道が廃止されてからも、OBの方々と呑み会をしてみたり、ここで過ごす時間は多かったように思います。



その鉄道会社の皆さんにはいろいろとお世話になりました。
中でも一番お世話になったのは、その駅で(当時)助役をされていた方ではないかと思っています。
本日夕刻、友人よりその方が亡くなったとmailが届きました。
「KM氏(本名は伏せます)が亡くなりました」と、それだけでした。


すぐに駆けつけたいところなのですが...
明日は会社の写真部(!?)の人を連れて、某鉄道沿線へ撮影に行く予定なのです。

撮影云々もそうなのですが...
そんなことより、こんな場所で人の暮らしを守るためにこころ砕いている鉄道員がいるって、そんなことを感じ取ってくれたらいいなって、そう思っています。

義理ですよ、義理...。


これは最近気になっている唄