本当に気まぐれ更新のB4です。

あ、そうそうホントはね、なっちゃんっていうんだよ(*ノω・*)テヘ(黙れ)


紙の日記書いてたら、その行為に対する意味について考えてました。


わたしはおバカさんなので記憶なんて一週間の献立思い出せるかどうか怪しいです。
怒ったり喧嘩したりしても翌日には忘れてるってぐらい忘れっぽいです(笑)


で、まあそんな感じでも20年以上生きているので、生きていく上で必須の情報ってたぶんそんなにないのかなって思いました。


でもだからといってわたしが毎日感じている喜怒哀楽は覚えておく価値がないのかって言うとそうではないと思う。

忘れてもたぶん支障はない。
でもできることなら自分が感じていた事の片鱗を、思い出すキッカケを、どこかに留めておきたい。

そう思って日記を残してきたんだろうなー。


昔の日記を読み返すと、恋愛に一喜一憂していたり、怒っていたり、悔しがっていたり・・・。
どっちかって言うと「喜」や「楽」は少なめで「怒」や「哀」が多め。
当時のわたしには消化しきれなかったこと、誰に打ち明けられることでもないような憤り、自分の情けなさ、弱さが書いてあった。


「そんな事で悩んでたのかー」(*_*;ってなったり、「あー、これは今でもムカつくわー!」ってなったりして自分の成長を感じたり、逆に自分が変わっていない所、変われていない所を見つけたりしてる。


こういうことって毎日する必要はないことだし、もしかしたら「必要」かどうかっていう観点から考えると一生「必要」ではない行為なのかもしれない。


でも自分が考えてきたこと、自分が怒ってきたこと、自分が乗り越えてきたこと、自分が貫いてきたことを振り返った時、なんとなく「まだ前に進める」って思うんです。


自分が経験してきたこと、その時感じたこと、それらの情報が今のわたしを作っていて、一つ一つを毎日思い出すことはないけれど、でもきっと全ての行動と思考に影響している。


だから時々、自分の喜怒哀楽やどの感情とも着かないモヤモヤしたものを書き留めて残しておくんです。
いつかきっとその意味がわかるように。


そんなことをばぼんやり考えておりましたとさ。


xoxo