映画館でもらうフライヤー
わくわくします。
しばらく前にいただいたこちら。
『飛ぶ教室』のケストナー
唯一の大人向け長編を映画化!
観てから読むか
読んでから観るか。
迷って、読むほうに。
そしてまだ未鑑賞。
子ども達が知恵と行動力で
ずるい大人をやっつける
勇気と希望とたくましさと
ユーモアのある
彼の児童文学を
イメージして読んだら
『ファビアン あるモラリストの物語』は
光と影
陽と陰
まるで逆でした。
32歳の聡明な主人公ファビアンが
ドイツ帝国末期の
秩序の膿のような退廃と堕落から
距離をとろうとしつつも
時代の波に翻弄されていきます。
出版当時は
退廃したベルリンの夜の描写と
登場人物の生き様に重ねた
ドイツ社会への鋭い風刺に
人気が集まったそうです。
『ファビアン』が
ケストナーの最高傑作との謳い文句に
こんな暗い物語が最高傑作?
この作品を書かずにいられなかったのはなぜ?
読後しばらく
割り切れない思いをもちました。
印象的だったのは
母への思いは
別格として扱われ
(他の作品でも)
時代の流れに乗ろうと
あざとく生きる女性達への
辛辣なまなざしです。
ケストナーの分身といわれる主人公が
恋に落ちる女性もいるのですが
そこに愛があったのか
今の私には読み取れませんでした。
ケストナーが描く友情は
生き生きとして
互いの絆がむすばれるさまが
眩しく思えるのに、
女性への愛は友情とは別個なの?と
揶揄したくなるような
疑問が湧きました。
ドイツの児童文学作家コルドンによる
ケストナーの伝記を手にとりました。
作者コルドンは
ドイツ転換期三部作など
約190年のドイツの歴史を
貧しい家庭の子どもを主人公にして
描いています。
『ベルリン1919』
『ベルリン1933』
『ベルリン1945』
クラウス・コルドン
酒寄進一 訳
文庫版が入手しやすいです。
よみはじめたところです。
ケストナーの伝記も
彼の作品や書簡などを引用しつつ
激動と混乱の時代のなかで
彼がした選択を
公平な目で読み解こうとしています。
ケストナーの作品は
ナチス政権下で焚書され
執筆禁止されたことは
児童書の解説にも載っています。
『点子ちゃんとアントン』で
富裕層の点子ちゃんと貧しくも聡明なアントンの冒険を描いた同時期に、
ケストナーが私財を食べるものに事欠く
貧しい人々への支援にあてようとしたこと。
何度でもいおう
たとえどんなに深くココアの中に沈んでも、
それは飲んではならぬ
詩集『椅子の間の歌』「何度でもいおう」
ココアはナチスの茶褐色の制服を意味し
甘い誘惑にのって心は売らないという
ケストナーの思いだといいます。
反ナチスとして
ゲシュタポに連行されたり
ユダヤ人の係累があることを追及される
危険がありながらも
ナチスからの
広告塔としての誘いを巧妙にかわす。
かろうじて書いたものは
国外からは
物足りないと批判され
ナチス側についたのではと疑われ、
亡命の機会や誘いが何度もありながらも
時代の目撃者として
ドイツに留まり続けたこと。
ココアを飲んだ(ナチス側につき)
友人知人は
ケストナーから離れ
社会的に成功し
心と裏腹にココアを飲んだ者は
隙を突かれて粛清される。
作家としてアブラののった
12年間を
黙して
書きたいものを書けず、書かずに
生き抜いた。
戦後は
過ちから目を背けたい社会に対して
反戦のために
言論活動を続けたけれど
伝わらない敗北感で
晩年を過ごします。
戦地でも
言論弾圧もされていない
今の私には
幸か不幸か
記録された言葉から
ケストナーの心中を
推し量ることはできませんでした。
新訳が最近出版されました。
上述の『ケストナー ナチスに抵抗した作家』は物語として読みやすく、共感しやすく編集し直され、翻訳されています。
新訳は、原題を忠実に訳し(『壊れた時代』)前訳で割愛されていた歴史的な描写や、ケストナーの女性や母への考えについての著述があり、歴史的な背景を理解しやすい註釈が増えていました。
私の謎への答えも多少あり。男らしくいるには、恋人の女性が常にいること。母への、母からの愛情が他の女性関係を阻害した可能性など。
友や理解者が多く
窮地を何度も救われます。
『ファビアン』で居るだけでよかった親友との、やりきれない友情の結末が生々しく描かれますが、実話に基づくそうです。
晩年の息子への接し方は、
作品の理解ある登場人物のようにはいかなかったようです。
一人の人の複雑なままを
偏りなく描かれている意味でも
読み応えがありました。
完訳なのかは不明ですが、
資料的な責任も感じて編まれたのか
ややかためな翻訳で大人向けに思います。
同時期にケストナーの新訳がもう一冊
『終戦日記一九四五』
エーリヒ・ケストナー
酒寄進一 訳
ケストナーは戦中の体験を
望まれていながらも
作品にしませんでした。
12年間でふくれあがった数百万人に及ぶ犠牲者と死刑執行人の名簿を建築物なように組み立てるのは土台無理な相談だ。
できあがるのは芸術的見地で整理された、つまり血塗られた住所のデフォルメにしかならないだろう。
『終戦日記一九四五』まえがきより
そのかわり
メモをもとにできるだけ
事実に即した記録として終戦日記をまとめます。
1945年はじめ
ケストナーは
ゲシュタポの死のリストに名前が
載ったことがわかりますが
許可証がなく
ベルリンから出ることができません。
幸い友人の機転で
映画撮影の
地方ロケに偽名で参加することができ、
難を逃れ、敗戦を迎えます。
日記には
身を寄せた村の人々の
息子を亡くした怒りと悲しみ
他国の兵士との親交
敗残兵の末路
食べ物に事欠く日常などが
冷静かつ簡潔な筆致で
憤りと
皮肉と
ときにユーモアも交えて
綴られます。
たまたま聴くことができた
訳者、酒寄進一さんと高橋源一郎さんの対談。
酒寄さんは
コルドンの著作も翻訳されています。
仕事熱心で翻訳多数、
そして話上手。
ユーモアにあふれた余談も面白く
講演会があったら
是非聴きに行きたいと思うほどでした。
酒寄さんによると、新訳は
戦時中でも
なにげない日常が大切だということを
丁寧に訳したかったそうですが、
ウクライナ侵攻のさなかの翻訳は
ケストナーが置かれた境遇と重なり
戦争の現実にひっぱられた訳になってしまったと語られていました。
興味を惹かれ入手しました。
新訳は曖昧な文章がなく
一文一文わかりやすく
あたかも
今年書かれた日記のように読めました。
最新のケストナー研究や
一次資料を参考にした註釈が
ふんだんに掲載されています。
実はこの新訳を読む前に
図書館で借りて読了していたのは
高橋健二訳のものでした。
岩波文庫新訳の酒寄進一による解説では
高橋健二は戦時中、
大政翼賛会の宣伝部長を務め、
ナチスを礼賛しナチス文学を紹介しています。
戦後ケストナーの友人として全集を訳した高橋は、晩年に論文で暴かれるまで、戦中の言動についての本人の言はなかったようです。
酒寄は、高橋にケストナーのような内的亡命の必然性がなかったと批判しています。
良心はまわれ右が可能だ。
進んで悪人になりたい者などいるだろうか。
支配される側は支配する側のモラルと魂の平和条約を結ぶ。たとえそのモラルがどんなに不道徳なものであっても。
敬虔な人食い人種を敬虔なキリスト教徒にすることができるように、敬虔なキリスト教徒を敬虔な人食い人種にすることも可能だ。
どちらがよりむずかしいというわけでもない、
だがどちらも一夜にしてなるものではない。
きょう崇めているものを焼き払うのに、
良心は一週間くらいの時間を要するだろう。
1933年のユダヤ商店ボイコットは空振りに終わった。都会の住民はボイコットをボイコットした。
良心はあらゆる方向に回転しうるといっても、回転速度を上げすぎてはだめだということだ。
5年後の1938年になってようやく速度が合った。
ポグロム(官製主導の疑いがあるドイツ各地で起きたユダヤ人に対する暴動)が起き、親衛隊や警察がやったことを民衆のせいにすることができた。
・・・マイヤーホーフェン村 1945年6月15日
『終戦日記一九四五』より
地震や疫病のような天災ですら
その最中に、
何を信じ、行動するか
動揺し判断に迷うのに
戦争の災禍のなかで
恐怖と不安に襲われながら
何に基づいて判断していけるのか。
その難しさをひしひしと感じます。
私達は過去と向き合う必要がある。だがその過去はメドゥーサの顔だ。そしてわたしたちは忘れやすい。芸術?メドゥーサの顔に化粧してどうするのだ。
『終戦日記一九四五』まえがきより
『ファビアン』のフライヤーを手にしたときは
ここまでケストナー三昧になるとは思いませんでした。
最近、歴史的な作品を読むと
なにか答えを探すように読んでいる自分に気づかされます。
おまけで。
『エーミールと探偵たち』池田香代子訳
戦時中、
ナチスに利用される一方で
国外で出版され
ケストナーの生計を支えた一冊。
来週のNHK『グレーテルのかまど』で
ケストナー『エミールと探偵たち』に登場したお菓子が紹介されます。
サンドイッチや大きなソーセージ、
外側がかりかりしたバタパンや
アップルケーキと
美味しそうな食べ物がいくつも登場するなかで、今回は
エーミールと探偵たちが大団円でわいわいと食べる、ホイップたっぷりのさくらんぼケーキがとりあげられるそうです。
『エーミールと探偵たち』
初版当時のドイツでの選挙権は
25歳以上の男子。
たしか当時の日本もですね。
まずは日曜日に選挙に行こうと思います。
自分のために
そして
学びたいことが学べ
話したいことが話せる
今と未来の
エーミールと探偵たちのために。
今回も長々とありがとうございました。















