夏至がすぎたばかりなのに
ひと足早く
暑中お見舞いをおくりたくなる
暑さでした。
いやいや、暑すぎますね。

くれぐれもご用心ください。
皆さまが健やかにお過ごしでありますように。





半世紀前の作品が
今を映し出しているようで、

作家人生も覗き見たくなった
野次馬の読書録です。



『ジャングルの国のアリス』
メアリー・H・ブラッドリー
宮坂宏美 訳


ちょうど100年前、

5歳の少女アリスが

探検家で弁護士の父と
作家の母と旅した

実話ベースの
アフリカ探検記。

アリスの目線を借りて
母メアリーの体験が語られます。





100年前のアフリカ旅行。


何十人もの黒人ポーターを従えての
キャンプ生活は


博物館に展示するための
ゴリラ狩り
ゾウ狩り
その剥製づくり。


楽しそうに綴られる
狩りや剥製づくりの様子は

現代の動物愛護の考えからでは
受け入れがたく

白人中心主義的な語りに
違和感をもつけれど


生態や文化を
ありのままに鋭く観察しているはずの
知的なメアリーが

無自覚に
常識に囚われる姿が
浮き彫りにされたとみれば


歴史の俎上にのせると
自分たちの常識が
今後どう評されるのかと
数々の問題が頭をよぎります。





アリスからみた
メアリーは豪胆で

人喰いに出会い
クレーターでキャンプし
活火山の噴火口を覗きこみ

狩ったライオンに襲われるや、
間一髪、
ライフルで撃ち殺す。





物語の先では

少女アリスはその後も
世界中を巡り

その早熟な感受性で
様々な異文化、宗教、タブーとであい

同年代の普通の子との生活に
疎外感を覚え、

文化の相対性に悩むようになります。

強大な両親の影響から自立しようともがき

12歳で自殺を試み

親が仕組んだ
社交界デビューと
世界一周旅行をぶち壊そうと

知り合ったばかりの若者と結婚、離婚。


陸軍に入隊、
ペンタゴンの中枢で働き

再婚相手とともに
CIAの組織づくりに関わり

女性にも惹かれ愛し

50歳を過ぎて
男性のペンネーム
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの名で

子どもの頃から好きだった
SFを書くようになります。

(参考 『愛はさだめ、さだめは死』解説等)








『たった一つのの冴えたやりかた』
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
浅倉久志 訳


表題作(1985年初出・ローカス賞、星雲賞)は

リッチな両親から
16歳の誕生日プレゼントにもらった
小型宇宙船で
(親が想像もしない)
辺境の宇宙へ
冒険に旅立つ少女の友情の物語。


恵まれた出自ゆえに苦闘したアリスの半生を知ると、主人公のように未踏の辺境へ飛び出したい衝動は彼女の終生逃れられない願望だったのかもしれません。そう考えると、主人公の活躍が一層儚く健気に映ります。




『老いたる霊長類の星への賛歌』
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
伊藤典夫・友枝康子訳


皮肉なタイトルの短編集。
まだ一篇読んだだけですが
作風が異なり、結構ドギツイです。


「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」(1976年初出・ヒューゴー賞、ネビュラ賞)


ロリマー、デイブ、バドが乗る
宇宙船は
ヒューストンとの通信が途絶え

かわりに、
300年先の宇宙船、
ジュディ達にアクセスする。


どうやら未来では

感染症のため
男性はとうに死に絶えていて

クローン技術によって
1万余の型から200万人に
複製された姉妹達が
集団で合意形成をし
争いのない文明社会を築いている。

エンジニア、保育士、医師、芸術家・・・
一つの遺伝子型に何ができるのか
あらゆる可能性を試せる社会、
男性がいなくても愛がある社会。


救出され
本音を口にする薬剤を飲んだ

マッチョなバドは
地球に待つ200万の女性に
子種を植えると
力づくで船員をレイプし


デイブは
女は運営する力がないと
銃で威嚇し
救世主として
未来の地球に住む女性達を導こうとする


マッチョさに劣等感をもつロリマーは
弱さと強さのはざまで葛藤しつつも
内面化したマチズモで
自分を守ろうとする


初めて男性に遭遇し
三者三様のデータを集めた船員達が
選ぶ道はSF的でもあり
現代のアメリカ政治も予見させます。


女性だけの社会に
戦争がないとは美化しませんが

歯に衣着せぬ大胆で辛辣なストーリーは、
当時のウーマンリブの勢いがありました。







ちなみに
同じく感染症で
男性が激減し
男女の役割が入れ替わることで
社会構造の悲劇をあらわにした
江戸時代を舞台にしたSF
『大奥』(よしながふみ作)は
ジェンダーに対する理解を深めたことを賛して
ジェイムズ・ティプトリー・Jr賞を受賞しています。







『愛はさだめ、さだめは死』
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
伊藤典夫・浅倉久志訳


12篇の短編集です。

「男たちの知らない女」(初出1973年)


ユカタン半島ちかくで飛行機事故にあい、


マングローブ林で遭難した男女数人


水を探すうちに

UFOと遭遇し、
優しそうなエイリアンと理解すると


「連れて行ってください。そちらの星がどんなところだろうとかまいません。勉強します、何でもやります!面倒は起こしません。おねがいします。おねがいですから」


女達はためらいなく

男を残し地球を捨て
未知の宇宙へ去っていきます。





世界各地を旅し、
政府機関に勤め苦労した作者の
リアルな状況描写が

唐突にも思える女たちの
重く、
軽やかな決断に
説得力をもたせています。



馴染んだ地球よりも
エイリアンと旅立つ選択に

近年、日本から海外へ移住する女性が増加しているというデータを連想しました。





「日本から海外に移住する人が増えている背景は、未婚化や少子化と、まったく同じだ、と私は考えています。


人口の半数以上を占める女性が生き辛さを感じる社会では、男性も間違いなく生きづらさを感じているはずです。」



ティプトリー作品を読んだあとだと、
ジェンダーギャップ指数の低さを思い起こし、
日本から女性がいなくなりでもしないかぎり、
政治も経済も失策を認めることができないのでは?もしくはタイトルのままに女性が日本を去る意図を理解できないのかもしれない、と物語に現代日本の姿を重ね見たくなりました。



世代を超えた友情『メタモルフォーゼの縁側』



映画脚本を手掛けた岡田惠和によるオリジナルドラマ『日曜の夜くらいは』では
ご紹介ありがとうございます!



主人公達はそれぞれの事情から
異性との恋愛も結婚も(育児も)求めず
疑似家族のような友愛の関係性で
自分たちらしく生きられる居場所をつくろうと挑戦します。



半世紀以上前に描かれたSFの世界観と
今期のドラマ設定が
どこかしら重なるのは

時代の先読みというより
半世紀を経た今も
変わらぬ社会情勢があるゆえの
必然的な流れといえるでしょう。



「女はただ生き残ろうとしているだけ。
男の作った世界というマシンの隙間で、
一人二人とばらばらに生きているの」
『男たちの知らない女』より



SNSなど小さな声を発しやすい今の方が
一人二人とばらばらに生きていた当時よりも行動のハードルがさがり、連帯への意識が高まっていることを信じたいです。
楽観的かもしれませんが。














強引な連想に長々とお付き合いくださり
ありがとうございました。