しばらく前の

平日のモーニング上映で、

スクリーンを独り占めするようにして

観られました。



『ノマドランド』



観賞後、

アメリカ西部の砂漠と朝焼けの残像が

現実の風景に重なって、

思わず広い空を見上げていました。







登場するのは、

働きながら車上生活をする高齢者たち。


ノマド(遊牧民)と呼ばれる生き方を

選択した/せざるをえなかった人々の生き様をアメリカの壮大な自然とともに描いた作品です。


原作は『ノマド 漂流する高齢労働者たち』

ジャーナリストのジェシカ・ブルーダーさんの3年以上に及ぶ取材をまとめたものです。




監督のクロエ・ジャオさんは3作目にして

アカデミー賞作品賞をはじめ

数々の有名な賞を受賞。


そもそもは主演の

フランシス・マクドーマンドさん

(以下フランさん)が

原作に書かれた

語られてこなかった

アメリカの現在に衝撃を受け、

映画化権を買い取り、


同時期に

ジャオさんの作品に感銘を受けて

今回の監督に起用したそうです。




5年髪を伸ばしっぱなしというジャオさんと

フランさん。二人とも自分が目指すものにひたむきで、率直で、戦略的で。それていて自然体なのがなにしろ格好いい。







自然の光を効果的に撮影するための緻密な計画と、当事者の方達が撮影陣を信頼して打ち明ける一回性を撮りこぼさない当意即妙さ、なおかつプロ達は新鮮な演技も追求したといいます。





少数精鋭のチームが

一つの生命体のようなはたらきで

制作した作品だそうです。




デジタル配信も始まりました。






出演者のほとんどが実際の車上生活者でありながら


誰もが自然すぎて

フランさんが演じる/生きるファーンが、架空の人物であることを

忘れてしまいそうでした。



一企業で成り立っていた街が

その企業の倒産とともに、

仕事どころか

街も、郵便番号すら消滅する。

(空恐ろしく容赦のない実話)





資格はないものの代用教員をしていた

主人公のファーンは夫と死別しており

砂漠のなかの街の消滅とともに


その地にねざした思い出も、地縁も、家族も

記憶の他には

なかったかのように奪われてしまう。



手元の蓄えと労働の対価で暮らしていく為に

61歳のファーンは改造したRV車での

移動生活を選びます。


車内にもちこめる荷物は大体30個くらい。

もしも自分なら、利便性と長い人生の思い出のなかから何を選ぶのでしょう?







この壮絶な架空の設定に身を置くと


肩書もなくなり、

誰かにとっての何かでもなく、

ほんとの一人になったときに


何をもって、これが自分、だといえるのだろう?


何かの役割に依って立ちたくなる、でもできない心細さと

一人ですべてを引き受ける孤独とともに


何を選んでいくのだろう・・・



何度もその問いが浮かんできました。







裕福な者の余暇というより

薄い保障で定住がままならない

やむを得ない事情のなかで


若くはない体で
けして楽ではない労働を続ける
スタミナと
忍耐と粘り強さ

終わらない不便さを
自分らしさに転じさせる
創意工夫とユーモアと

同じ生き方を選んだ仲間とのつながり

壮大な自然に慰められ触発されながら
実感する自由と誇り



映画の中でファーンは

様々な選択を迫られ、


そのたびに

選ぶことで、



もう一方を選ばない自分を

発見していくようでした。


まるで原石を磨いていくかのように。










アメリカ西部の広大な景色が美しく

臨場感のある自然の音、

車中の閉ざされた空間の生活音が

身近に聞こえ


開拓精神を体現しているともいわれる

ノマド達の世界に登場人物の一人になって

知らず知らず没入します。






音楽も、

映像を引き立てる効果音というより、

音だけでも世界を表現している

存在感でした。



ジャオ監督が惹かれたエイナゥディさんの氷山のもとで奏でる動画。
 



アルプスの自然の息づかいを描いた楽曲。このアルバムがきっかけで映画に起用されたそうです。


はじめは情感が豊かで音楽の存在が目立つと感じたけれど、鑑賞後にサントラを聴くと、その雄弁なメロディに胸がしめつけられるようでした。



映像や音楽はアート作品のようでいて

時事的な、社会問題としての側面と、
アメリカの開拓精神を示唆する現代の生き方をあるがままに描いていて、


ドキュメンタリーよりも

その時間を生きるさまを
そのままにうつしとった

地に足のついた稀有な作品でした。



機会がゆるせば、
大きなスクリーンでもう一度作品世界を体験したいです。


















アメリカの自然の雄大さと
そこに生きる人が抱える孤独

思い出したのは、
『ザリガニの鳴くところ』

今年、本屋大賞翻訳小説部門で一位を受賞した作品です。





昨年の今頃にオーディオブックで聴きましたが、その前からも、その後も、ずっとベストセラーでした。納得の受賞です。


紙の本も読みましたが、
文字からイメージする刺激よりも
音から湧く自然豊かな情景と
孤独な心象風景のほうが、
私にはしっくりする作品でした。

ストーリーは柴崎さんの記事が詳しく、主人公の孤独に迫っています。





私の感想は、少しストーリーと離れます。





秋の葉は落ちるのではない。飛び立つのだ。飛翔できる一度きりのそのチャンスに、彼らは与えられた時間を精いっぱい使って空をさまよう。





オオアオサギは、青い水面に映る灰色の靄のような色をしている。だから、靄のように景色に溶け込み、射的の的のような目だけを残して姿を消すことができる。






あまりに自然とそこに生きる生物の描写が豊かで愛に満ちているので、

まるで、主人公の幼いカイアをあえて孤独な設定にした作者の意図が、



人として文化的に発達できる
最低限の教育と文化背景をもった者が

人間社会から隔絶された
生態系が豊かな自然環境で

自然の摂理から
倫理観と美意識を学んだら

人はどれほど美しく
自然との調和が得られるのかを

実験的に描こうとしているのではないか、


そんな思いを持ちました。











ミステリー仕立てのストーリーとしても

孤独な少女の成長譚としても

家族再生の物語としても

環境問題を啓発する内容としても

読み応えのある作品でしたが、



私には先の思い込みから、
むしろ作品にこめた作者の思いのほうに
興味が湧きました。



表面的な社会的地位や

立ち居振る舞いで人を選別し、
評価し、

その人物の本質を見ようとしない

独善的な人間社会に対する厭世観、

そして


野生が生き延びるための正義は、

人間の道徳観念で裁くことができるのか否か。




ストーリーがまるで傷つけられた野生動物の心情を代弁しているかのように思え、作者の実験的な仮説をもとに書かれた、自伝的な色合いをもった作品のように読めました。




調べてみると、
作者のディーリア・オーエンズは動物学者で、共同研究者のマークと全財産をはたいて、アフリカのカラハリ砂漠に行き、そこに生きる野生動物の生態について長くフィールドワークを行なっていたそうです。

実際、作中の生き物たちの描写はずば抜けて生き生きと描写されていて、観察と研究の成果が血肉となっていたのだと思わされました。


二人の研究成果はネイチャー誌に何本も論文が掲載され、関連著作もあるようです。






『カラハリ アフリカ最後の野生に暮らす』


二人の冒険譚は、『ザリガニの鳴くところ』よりは写実的な文章だけれど、物語のような躍動感と生物への愛情に満ちていて、こちらも読み応えがあります。


鳥たちと慣れ親しむ様子をはじめ、『ザリガニが鳴くところ』の描写を彷彿とする場面がいくつもありました。

夫マークとのフィールドワークの時間は、同作品でのテイトとの時間とも重なります。
手つかずの自然のなかで野生動物と生きた時間は、再び取り戻したい幸せな時だったのだろうと想像しました。


『カラハリ』も発売当時世界的なベストセラーだったそうです。
長らく絶版なうえに古本が出回らず、常に高額で取引されている残念な状況でしたが、嬉しいことに、8月に文庫本で発売されそうです。

絶対買います。早川書房さん、電子でなく文庫再販の英断、ありがとうございます。




追記

8月4日発売です。
表紙の絵が素敵。




原書なら他の著作も入手できるかもしれません。
日本語訳の二冊を合わせて読むと、野生生物のしたたかな生き様と、主人公カイアの生涯が一層趣きぶかく味わえるように思います。


映画化が予定されているようです。
設定もストーリーも劇的なので・・・心配




ジャオ監督のチームの映像作品として、湿地の自然の奥深さ、そうとしか生きられないカイアの孤独と覚悟を観てみたかったな・・。




画像はお借りしました。ありがとうございます。



追記

『カラハリが呼んでいる』について少し書きました。