『ザリガニの鳴くところ』の著者ディーリア・オーエンズ、マーク・オーエンズ共著『カラハリが呼んでいる』が8月はじめに復刊されました。



700ページ超、380g超の重みある文庫。


『ザリガニの鳴くところ』と

ほぼ同じ厚さです。





楽しみにしていたので


うれしさのあまり、

両手でもって、その重みに

にんまりしてしまいました。











原題がCry of the Kalahari なので、原題に寄せた邦訳なんですね。時間の経過も含んだタイトルなのでしょうか。




以前のタイトルが『カラハリ』と土地の名を全面に押し出していたので



改題は、ディーリア・オーエンズの感性への自信と、語りへの期待がうかがえました。













同じ字の大きさ、フォントで改めて読むと








ディーリアの語りは確立されていますね。




失われつつある手つかずの自然を


必死に見守り、調査し

願いをもって

記録し日誌をとりつづけた

長い年月がつちかった

文体なのだと改めて思いました。



くせになる語り口です。








『カラハリが呼んでいる』






1970年代はじめ、ディーリアとマークは、大学の野生動物学の授業で知り合い、意気投合します。


失われつつあるアフリカの原野、生態系に強い危機感を覚えた二人は、


博士課程修了を待てずに、臨時の仕事を掛け持ちしてお金を貯め、


家財道具を売り払い、


1974年、結婚一年後に


わずかな所持金と着替えをバックパックにつめて、カラハリの地へ飛び込みます。


ディーリア25歳、マーク30歳。


広い原始のままの荒野に生息する

食肉動物を調査し、

アフリカの生態系保護計画に役立てられる

研究をしよう、


というのが二人の目的でした。





おんぼろのランドローバーと焚き火をたよりに、フィールドを定めるところから始め、





ウィキペディアとGoogleMAPより



その後7年にわたり、

自然保護団体からの援助を受けながら、

フィールドワークを行ないます。


日誌をもとに編まれた

カラハリでの動物との出会いや

日々の出来事の記録は


謎解きはないかわりに、


二人の無謀に思える計画や

資金の少なさ

資材の少なさゆえの不便さ


アクシデントの連続に


ヒヤヒヤさせられます。






一歩間違えたら、


動物だけでなく、人にも

襲われてたよね


大事故の犠牲になってたよね。


という出来事が、


けっこう頻繁に起こります。



そのたびに、乗り越えてきて、


胆がすわってます。






キャンプでの二人のスナップ写真
(著作権に関わる場合削除します)




今は映像で

野生動物の驚くような生態を

数多く観ることができ


わざわざ

文章で読まなくても、とも思いましたが



マークとディーリアの文章は、

生き生きとしていていて


読んでいる私が、

土埃や泥にまみれて

カラハリでのキャンプ生活をしている

気がしてきます。


生のオートミールに

油っぽい缶詰のウインナーを

食べ続けたり


木炭を燃やしたオーブンで

風まかせの焼き時間でパンを焼いたり


焚き火の傍らで寝そべって

満天の星を眺めたり




チーターやジャッカル、

ライオンにハイエナなど

食肉動物が間近にいる生活です。








夜、寝床のテントの布のむこうに

ライオンの息遣いがきこえ

布が揺れます。



一人きりで

シチューを作っている夜に


ライオンが7頭もの群れで来て

キャンプを探り

鍋を漁る気配に


襲われる危険を感じ


スーツケースの中身を

慌ててひっくりかえし

その中に

隠れようとすることもあります。








本当に、命がけ。







互いのことを書いている視点の違いも

面白いんですよね。




二人の無謀さに

半ばあきれつつも


信念の強さとタフさは

便利な日本の都市生活になれた

私の想像をはるかに超えていました。






数年をかけた

観察をとおして発見される

野生動物の生態は

二人の考察とともに


ときには悲しみを


そして感動をおぼえました。





『チーターがいる砂漠』 佐野高太郎

今回、こちらの写真集を開きながら再読しました。

撮影時期は、ディーリア達の20年後。




砂嵐や湿地の中で生きる

ヌーやスプリングボック

ライオンやチーターの

躍動感あふれる写真の数々は



マークとディーリアが見た景色は


あるいは

こんな様子だったのかと


想像を助けてくれました。


美しい写真集です。












『カラハリが呼んでいる』には

今回新たに、

北上次郎さんと

高田明さんによる解説があります。









高田明さんは京大准教授で

人類学者として

カラハリの地に関わっていて

若いときに原著を

その地で愛読されていたそうです。





『相互行為の人類学』

表紙絵が高田明さんによる学術書。


高田さんはフィールドワーク中に、たくさんの絵をスケッチされているそうです。



細かいデータ分析のところなど

飛ばし読みしてしまって

きちんと理解できていないのに

ここに書くのは躊躇われますが・・・


相互行為の人類学とは、「言語学と心理学を架橋する試み」、かかわり合う互いの心と文化を理解するための手立てのようです。


印象に残ったのは

フィールドワークについての部分です。



アフリカの毒が一度体の中に入ったら、もうけっしてアフリカを忘れることはできないんだ


日本のアフリカ研究のパイオニアという伊谷純一郎さんのことば



フィールドワークは、自らの身体を触媒にして私の、そしてあなたの認識を変える営みである。


高田明さん



かれらの「あたりまえな世界」に生きようとすることをとおして、私の「あたりまえな世界」が揺すぶられる。あるいは他者への先入観が覆される。こうした経験は、自転車でわずか五分のフィールドでも可能である。


京都の振売り(野菜の行商)をフィールドにした田村うららさんのことば


いずれも『相互行為の人類学』より



この、フィールドワークについての記述は、二人の姿に重なる部分もあるのではないでしょうか。


高田さんは、カラハリの地を知り、そこに生きる人たちを知る視点で『カラハリが呼んでいる』の解説を書かれています。



解説に書かれた問いかけは

ディーリアさんのアプローチについてにとどまらず


今の社会現象に通じることでもあって

思いがけず、考えさせられました。



その問いかけを胸に


『カラハリが呼んでいる』や

『ザリガニの鳴くところ』を読み直すと、


描かれた世界のその向こうが見えるヒントに通じるような


そんな気がします。



書店で手に取られたら、

一読をおすすめしたいです。






 




おまけ


『ザリガニの鳴くところ』と『カラハリ』について以前書いた記事です