急に寒くなったかと思えば
日中は暖かな陽気。
もう晩秋のはずなのに
近場の紅葉はいまひとつ。
最近読んだ二冊は
戦時下の話。
どちらも
時代も場所も異なるけれど
否応なしに
今目にしている
戦争犠牲者の様子と重なります。
読んでいて
余計に辛くなるけれど
戦時下の人が
戦争小説を読むわけじゃない。
平時にあるから
語り部達が精魂込めて
語り伝えたいことを
読んでおきたい。
『赤い十字』
サーシャ・フィリペンコ 著
奈倉有里 訳
2021年11月刊
(2020年初版)
事情ありげに
幼ない娘と暮らすために
越してきたという
青年が
隣の部屋に住む
91歳認知症の老女の話を聞かされる。
この老女、
ふてぶてしい魅力があって
一言一言が謎めいている。
その言葉が気にかかり
ミステリーのような過去に
迷い込むように
青年は老女の語りに
のめり込んでいく。
青年の事情も次第に明かされ
青年と老女の間に
友情のようなものが芽生えてくる。
第二次世界大戦下のソ連を舞台にした
粛清も描いた
重い話なのに
ぐいぐい読ませてしまうのは
ノーベル文学賞作家の
スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチが
称賛している作家による
翻訳者、奈倉有里さんも
一番翻訳したかったという
名作だからでしょうか。
奈倉さんの翻訳は
会話が生き生きとして
にじみでる滑稽さがあって
地の文は
朗読したくなるようなリズム感があります。
しかも作者は若い歴史家と共に
隠された史実を掘り起こして描いた
名もなき人の生き様を
読み切ってもらうために
削って削って
絞り込んで
作品をまとめ上げられた。
その意図どおりに
本を開いて、読み始めたら
止められません。
驚くような内容に
まるで『侍女の物語』、
SFディストピア小説を
読んでいる
錯覚をおぼえましたが
史実に基づいているんです。
実際の史料も載っています。
謎を知りたくてページを繰り、
映画を観ているような
スピード感で
一気に
ラストまで読んでしまいました。
短時間で読めながら
大長編のような読後感の作品です。
本好きの方
歴史小説
翻訳作品が好きな方
最後の一文に出会ってほしい。
怒涛のように
万感の思いが去来します。
この作品を読むと
太文字の歴史やニュースの
行間に埋もれた
名もなき人々の懸命な生き様が
目の前に思い浮かぶようになります。
奈倉さんによる訳者あとがきも
ずしりと読み応えがあります。
『終わりのない日々』
セバスチャン・バリー 著
木原善彦 訳
2023年6月刊
(2016年初版)
アメリカ西部開拓時代を舞台にした
純愛小説。
ご紹介ありがとうございました!
ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロをして
「真に思いがけない場所から現れた
奇跡の作品。
『終わりのない日々』は
暴力的でありながら
どこまでも詩的な西部小説・・
一言一句にいたるまで
これほど魅力的な一人称の語りは
数年来出会ったことがない」
と絶賛させた作品です。
アイルランドの大飢饉で
命からがらアメリカ大陸に渡った
少年が無二の友と
大虐殺の史実が残る
インディアン戦争や
南北戦争に従軍する。
インディアンの歴史として読むと
これほど凄惨なことはなく
非常に暴力的で
読むのを止めたくなる場面もあるのだけど
人間観察が繊細で優しく
二人が互いを思う気持ちも
同行する
インディアンの少女との絆も
みずみずしい。
西部劇のようなのに
恋愛小説でもないのに
とてつもなく純愛で
二転三転する運命に
ハラハラさせられ
最後の
最後まで息をつかせてくれませんでした。
セバスチャン・バリーは
アイルランドの作家。
これだけの筆力の方が
初邦訳とは驚きです。
ちなみに
もの静かながら
聡明で度胸がある
インディアンの少女ウィノナが
主役の続編
『千の月(A Thousand Moon)』が
2020年に刊行されたそうで
是非とも読みたい。
邦訳を期待したいです。
どちらの作品も
男性、女性どちらが書いた
作品かわからない。
登場人物も
いわゆる男らしい、女らしい
語り方をしていなくて
原著も
翻訳も
ジェンダーレスな感覚を尊重して
綴られているのでしょう。
副産物として
読者である自分の文脈が逆照射されるのが
海外文学
翻訳作品を読む面白さでもありますね。
こういう著述に慣れると
後戻りできなくなりますが、
なかなか悪くないです。
長々とありがとうございました。
皆さまが健やかにお過ごしでありますように。