『歌われなかった海賊へ』
逢坂冬馬
2023年10月刊




(ストーリーにはなるべく触れずに書きます。)


ヒトラー政権に反抗した
若者たちの実在のグループ、
エーデルヴァイス海賊団をモデルにした
歴史青春小説です。


ユダヤ人だけでなく、ロマの人々、障害者、同性愛者を絶滅させようとした恐怖政治を思い起こすと、アウトサイダーには容赦ない取締りがあったろうに反抗する若者の集団が実在したことにまず驚きました。


友情の物語でもあるせいか
ケストナー
『飛ぶ教室』
スティーブン・キング
『スタンド・バイ・ミー』を連想しました。





実在のエーデルヴァイス海賊団は
主に14歳から18歳くらい。
登場人物達と同世代なら
どんなふうに読むのでしょう。
本好きなら小学生から読めるのでは。

当時の世情が
歴史考証も確かめつつ書かれているので
世界史を学ぶ意味でも
有用なエンタメ作品となっています。



自分が生きている
現実で起こっている戦争を頭において、
  過去の戦争の話を読まざるをえない。       『文学キョーダイ!』


逢坂さんの前作『同志少女よ敵を撃て』は発表後三ヶ月でロシアのウクライナ侵攻があり、本作も発売の同時期にイスラエルとハマスの軍事衝突が起こってしまいました。
戦争で民間人の命を全く顧みず、むしろ持論を通すために、あるいは世論を操作するためにその犠牲を濫用する状況、パワーゲームに時間を浪費し無益な犠牲者が増大している状況に絶望しそうになります。

『歌われなかった海賊へ』はエンタメ作品ですが今の自分が見聞きしている戦争と重ねながら読んでしまう仕掛けが随所にあり、無力感のその先へ誘おうとしてくれます。

逢坂さんの文体は全く難解でなくて
アニメ化してもティーンズの棚にあっても不自然じゃない。
そんな軽やかさがありながら、
今ある争いを引き合いに出しても
白々しい嘘っぽさ、絵空事だと感じさせない
強度がある、そのバランス感が凄いです。

私も逢坂さんも戦争を体験していないので
そもそもの前提が弱いと言われれば
ある意味ではそうなのかもしれないけれど。

フィクションを通じて
より現実を深く受けとめられる一冊になっています。おすすめです。




『文学キョーダイ!!』
奈倉有里 逢坂冬馬
2023年9月刊




弟の逢坂さん、姉の奈倉さんの著作を知って以来、幾度となくお二人の発言や文章に勇気づけられ励まされてきました。

姉弟各々の洞察力の鋭さも気骨のある生き方も、どんなふうに培われたのかと疑問でしたが、この本ではお二人から家族皆が好きを追究し、ジェンダーギャップを感じない家族関係であったこと。文化的にケアされていた子ども時代の話など語られ、ある種の英才教育はとても羨ましくなりました。

姉弟にとって、トルストイが好きで、農業をしたという祖父の影響も大きく、例えば今回の『歌われなかった海賊へ』でも影響を感じた場面があります。



『イワンのばか』
トルストイ民話集
中村百葉 訳



『文学キョーダイ!!』で語られた『イワンのばかとその二人の兄弟』。
19世紀に20世紀のエスカレーションを予見したと、お二人は語っています。

子どもの頃、何度読み返してもつまらないと思っていた話が、今になって惹きつけられるとは思いませんでした。
兄弟の様子は現代に重なり、対比してイワンが黙々と農作業に勤しむ姿の記述が読んでいて実に心地良いのです。農業の地道な動きを読んでいると心もふかふかに耕されているような清々しさがありました。


青空文庫にありました↓



表題作と並んで今回心に残ったのは『洗礼の子』です。自分のルーツを探すなかでおかした罪を贖う、聖書のような、仏教説話のような試練の話。










『文学キョーダイ!!』にはご家族の蔵書やお二人が影響を受けた本の紹介もあり、新しい出会いに期待大きく、少しずつ読んでいきたいです。

勇気をくれるだけでなく
自分が自分のままでいていいと素朴な確信をもたせてくれる、
何度も読み返す大切な一冊になりそうです。





おまけ

小川哲さんと逢坂冬馬さんのお話、前半です。
『歌われなかった海賊へ』のストーリーには触れないように話されているとは思いますが・・・。小川さんも同日に『地図と拳』と並行して書かれた短編集を発売されているのですよね。こちらも楽しみです。