あれよあれよという間に神無月






 
実は初夏にはじめた
針仕事がありまして

季節はめぐり

秋めいて、

ようやく
仕上がりました。





不器用な私にとっての
針仕事は
余裕があるときの
お楽しみ。


その延長で気軽に
お針子の本を手にしたら


あまりの別世界に

楽しい気持ちで針を持てなくなったのでした。





『アウシュヴィッツのお針子』
ルーシー・アドリントン 著
宇丹貴代実 訳
2022年5月刊



アウシュヴィッツの中で

ナチス上層部と家族のために
高級ファッションサロンが
経営されていたという

驚くような史実を

ホロコーストで生き残った方々への
丹念な聞き取りと資料をもとに

服飾の専門家が
ノンフィクションとして
当時をリアルに再現しています。



服飾業界での成功を夢見る少女達が
業界もろともナチスに根こそぎ奪われ
逃げる財力も手立ても全て絶たれ
強制収容の列車に乗るしかなく

女性ゆえの身体的精神的な屈辱で
あらゆる尊厳を踏みにじられる

絶望し死を選んだほうが
楽とすら思える
強制収容所での生活は

読むだけでも
終わりなく苦しい




あるとき

親衛隊やナチス上層部とその家族のために
オーダーメイドのドレスを
仕立てることと引き換えに

女性達はその技術で
その日一日生き延びるチャンスを得る

飢えを耐え、
衛生状態劣悪な収容所にいながら。

縫製の失敗が
死につながる恐怖と緊張に耐えながら。

お針子達が集められた
サロンで

ユダヤ人達から盗まれた生地貴石で
きらびやかなドレスを仕立てながら

彼女らは飢えや病いや絶望の危機を
友情と互いへの思いやり、真心で抵抗する。

少しずつ助ける仲間を増やし

この非人間的な事実を世界に告発しようと
情報を集め
レジスタンス活動をし


逃亡計画を
運にゆだねて実行にうつす。






過酷な状況において
いかに生きる喜びをもちうるか

死を賭しても抵抗することが
他の者への希望にもなるとき

自分は飢えや病に耐えられるのか
どう生ききることができるのか。



本は
落ち着いた筆致で書かれ

流通する(略奪された)品々をみて
持ち主はどうなったのだろうと
疑問に思う人々の話や

近所にある強制収容所の存在を知りながら
平穏に暮らしていた親衛隊の妻達は
収容所で何があったのか
夫が何をしていたのか
本当に知らなかったのかと
疑問も投げかけられています。



作者や
様々な立場の人々に自分を重ねながら
歴史を追体験できる
おすすめしたい一冊です。
ご紹介ありがとうございました!






いくつもの問いかけを胸にため
答えを探すようにして
続けて手にした



『夜と霧』新版
ヴィクトール・E・フランクル
池田香代子 訳



学生の頃に旧版を読んだものの
文章よりも写真があらわにする
非人間的な振る舞いの跡に
深い衝撃を受けました。

新版には写真がなく、
言葉もやわらかです。

収容所での心身の変化を
好奇心もって観察し
その語り口に
どこかユーモアさえ感じる

あのおぞましい現実をくぐっても
人間性を失わずに
こんな澄んだ文章を書き得るのかと


『アウシュヴィッツのお針子』で抱いた
恐怖、動揺、不安を
慰められるような心持ちで
読みました。




フランクル『夜と霧』への旅
河内理子


『夜と霧』にまつわるエピソードから成る一冊。フランクル本人や『夜と霧』を心の拠り所にし、読み継いできた人々に光を当てたノンフィクションです。

その一つ、訳者霜山徳爾のエピソードが心に残っています。


『夜と霧』は口述筆記され、1946年ドイツで『一心理学者の強制収容所体験』というタイトルで3000部出版されます。
しかし期待ほど売れずに絶版となります。

1953年、留学中の心理学者の霜山徳爾は書店で偶然『一心理学者の強制収容所体験』を見つけます。


「ボン大学に留学していたときに出合った『夜と霧』の原書は、戦場を見た私の「大いなる慰めでした」


感銘を受けた霜山はフランクルに会いに行き、

「謙虚で飾らない話の中で私を感動させたのはアウシュヴィッツの事実の話ではなくて・・彼がこの地上の地獄ですら失わなかった良心であった」

その後も親交を重ね、翻訳、出版されます。
『夜と霧』は今では
世界で一千万部以上読まれているそうです。

この本には霜山の他のエピソードもあり、非常に魅力的な人物だったことがうかがえます。




フランクルが語る良心の「声」は
読んだ者の心に湧き続ける
泉のような希望となったから
今も大切に読みつがれているのでしょう。





石原吉郎セレクション
石原吉郎 著
柴崎聰 編


シベリヤに抑留された詩人石原吉郎も帰国後出合った『夜と霧』を灯台の光のようにして生きた人です。
『フランクル「夜と霧」への旅』にも登場します。
抑留のあとの混乱と苦痛の話は、石原吉郎固有の経験であり、かつ、私がこれまで出会った従軍したことを語らなかった年上の方々の心にもあったことなのかもしれない、と思い返しました。





同じ時期に観た映画をいくつか。



映画『顔のないヒトラーたち』
2014年制作




ドイツ人がドイツ人を裁く。

その流れをつくるきっかけの一つとなった、1963年のフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判までの道のりをドイツ人検察官の視点から描いています。

ドイツでも戦後しばらくはナチスの罪を語らず忘れようとする世間の空気があったことがこの映画でも他の作品でも度々語られます。

今や常識となったナチス・ドイツによるホロコーストの事実も、ナチス・ドイツに対する裁判の厳しさも、罪と向き合う先人達の闘いがあったこその未来であることを教えられます。




こちらは現在上映中です。


『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』
2021年制作


16歳のときにアウシュヴィッツに収容され、生き延び、3人の子を育て復学し政治家となったシモーヌ・ヴェイユの半生。

強制収容所のトラウマとフラッシュバックに苦しみながらも、

ホロコーストと同じような人権侵害を繰り返しかねない手法に嗅覚鋭く頑として闘い続け、


刑務所の囚人や移民、 エイズ患者の待遇改善、圧倒的な反対のなかで人工妊娠中絶法(ヴェイユ法)を国会で可決させ、女性で初めて欧州議会議長になりました。

はじめは働くことに反対し、自分を支えてほしいと言っていた政治家の夫は、次第にシモーヌの理解者、支援者となります。

家庭に入ることが女性の生き方とされた時代に自分の望む道を生きた一人の女性の力強い生き様としても、シモーヌ・ヴェイユが闘い実現させた人権意識の高さも勇気づけられます。
おすすめしたい作品です。







『否定と肯定』
2016年制作
 




1996年イギリスでの裁判を描いた作品です。

疑問の余地のない虐殺の事実も、ホロコースト否定派による堂々とした嘘の前には事情にうとい世論を左右しうる危うさを描いています。

嘘を嘘と証明する難しさ、
法廷での論戦には共感できない他者の理屈を理解する冷静さと敗訴に追い込む効果的な論点、論法を見つけ出す情報分析の精確さ、戦略が必要であることがよくわかる作品でした。




事実を嘘で塗り替えられる危うさは
ここ日本にもあって、
事情を垣間見ると『否定と肯定』は
対岸の火事ではないと背筋が寒くなります。



『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』
小野寺拓也
田野大輔



日本でも自分の価値観に都合良く歴史を解釈する流れがあり、その主張への支持の大きさに危機感をおぼえた研究者がそれらの言説を一つずつ史実と照らして検証しています。
手元に置いて似た論調に疑問を持った際に検証の手法や史実を参照できる一冊となっています。




史実を題材に小説を書かれている直木賞作家の小川哲さんが作者の田野大輔さんと『ナチスは「良いこと」もしたのか?』について対談されています。
研究者と作家の立ち位置の違いが、非常に興味深かったです。






おまけ

気になる逢坂冬馬さんの近刊『歌われなかった海賊へ』はナチスドイツに反抗した少年少女達の物語だそうです(10月18日発売)
田野大輔さんが監修されているそうです。











言葉足らずな長文記事にお付き合いくださりありがとうございました。
















皆さまが健やかにお過ごしでありますように。