ほんっとに、
駄ネタです
GW中、
子と行動を共にできた
唯一の日に
夕方、駆け足ででかけた
ラ・フォル・ジュルネのコンサート
場所は国際フォーラム
Aホール
世界有数の席数を誇る
その数5000席余。
ラ・フォル・ジュルネの様子
1階席に入ったら
既視感。
まるで
ノーラン監督の映画
テネットだったのですよ
冒頭のオペラハウスのシーン
トラヴィス・スコットの音楽が格好いい。
↑冒頭数秒にオペラハウスシーンがあります。
私と息子は
ベートーヴェンの演奏を待つ
観客達のなかで
テネットのモブになりきり
催涙ガスで眠らされました
(駄!)
ベートーヴェンは
もちろん素晴らしかったですよ!
さて、
子とはその後さらに駆け足で
夜間開館の美術館へ
美術の授業で見たことがある
絵画、工芸品を多数展示した
今回の展覧会、
お目当ては
横山大観の『生々流転』
40Mの巻物絵
↑スクロールして『生々流転』の全体を眺められます。
水音が聞こえるような
筆づかいに魅了されました。
日中は人の流れに添って
立ち止まることも
戻ることもできず。
そんな行列必至の展覧会も
夜間開館は人もまばら。
水の表現が多様かつ繊細で
目に焼きつけたいと
子は生々流転を
三往復したようです。
全て並べると絵の全景が楽しめる
生々流転トランプも使って楽しめそうで買ってしまった。
今回は
「問題作」が「傑作」になるまで、
というテーマの作品展示で
重要文化財の数々を鑑賞したのですが
後世に過去作品を選ぶ重要文化財の
選考基準は
その時々によって
変わってきたようです。
なぜその作品が後世のその時期に
他より優れていたとする理由は
世界における
日本の美術の位置づけも関係あるようで、
わかるような、わからないような。
私達が気に入った
生々流転も発表当時は
ぼやけた表現だと批判されたそうです。
常識の枠ってこわいですね。
今後作品を鑑賞するときの
宿題をもらったような気もします。
14日の閉幕まで日が少ないものの
毎日夜間開館です。
音楽祭に話をもどすと
にわかファンには
四年ぶり
例年より小規模の開催といわれても
音楽祭の雰囲気はやはり心浮きたつものでした。
それはもしかしたら
奏者にとってもだったのかも。
『蜜蜂と遠雷』で
高島明石のピアノ演奏を担当した
福間洸太朗さんは繰り返される拍手に
アンコール余興で
目隠し左手右手を逆で演奏されたり
神童として
題名のない音楽会にも出演された
大久保瑠奈さんの
強風に吹かれながらの
堂々とした演奏と話術
悲愴を弾くと悲しい気持ちになると話された
高橋雛音さん従姉妹のデュオなどなど
間近でみられる
楽器の丁寧な扱い
曲への思い
演奏後の
全身に達成感があふれる奏者の姿
拍手にはにかむ表情
そして
会場の一体感が心地よくて
おおげさだけど
人間世界の素敵なところ
再発見でした。
そんなコンサートの隙間時間に
読んでいたのがこちら。
『新しい時代への歌』
サラ・ピンスカー
村山美雪 訳
2021年9月刊
無差別テロと
感染症拡大から
安全を最優先に
見知らぬ人との接触を避け
集会が禁じられた世界での
ライブ演奏に
自由を託した人々の物語です。
本国アメリカでは
コロナを予言したと話題になり
作者も、
新型コロナの感染拡大に際して
“これから先に
何が起こるかわかる"
と発言していたそうです。
その言葉のとおり
2023年の今
読むと、
人との密接な距離に不安をおぼえる心理や
感染やテロに便乗した隔離政策
エンタメ業界の苦境
利益を囲い込む大企業など
SFとは思えないほど
現実世界と重なります。
そこに盾突くのは
伝説のミュージシャン、ルースと
未熟だけれど才ある若者ローズマリー
A SONG FOR A NEW DAY
新しい時代への歌。
挫折にめげずアイデアで
逆境に挑むところは
アメリカの
青春映画のような爽やかさでした。
読みきれるか自信がなかった
500ページ超。
ぐいぐい読ませる筆力は
さすがネビュラ賞受賞(2019年)ですね。
音楽を聞くこと、
演奏することが
力をくれるように
『新しい時代への歌』は
登場人物たちの
自由を希求する姿
熱い思いが
コロナ禍で
知らず知らず萎縮した心に
新風を送りこんでくれた気がします。
なにより
今この時期に読めたことで
響き合うものがあったのかもしれません。











