恵みの雨ですね。
晴れたら草花がぐんと育ちそう。

雨のなかで何を話しているのか
鳥たちのさえずりも聞こえます。

子は雨天を気にせず
いそいそと学校へ行きましたが

ものぐさな私は
こんな日は
予定を先延ばしにして
家でのんびり過ごしたいな。





この春に読んで
心に残った本、三冊。





『花びらとその他の不穏な物語』
グアダルーペ・ネッテル
宇野和美 訳
2022年12月刊



メキシコの作家
グアダルーペ・ネッテルさんの
最新刊です。
といっても、
『赤い魚の夫婦』の前に書かれた短編集。

前作の

人間と菌や昆虫が共鳴し共生する
独特な肌感覚や不穏さが
私のなかに今も残っています。



「怪物の美しさはどこにあるんだ?」
「本人が気づかないところさ」
マリオ・ベヤティン


冒頭は、『眼瞼下垂』なる短編。
誰がこのタイトルで書きますか。
ネッテルワールドだ、と期待感。

まぶたに偏愛するカメラマンの話です。

暗闇から向かいの部屋の男を
覗き見る女。
『ブラインド越しに』
この短編も、読後、自分が覗き見たような強烈な印象が残っています。



どの短編も
フェティシズムや
特殊な癖や習慣をもつものを
愛おしむ目線で語られます。


その奇妙で胸騒ぎする行動を
ふだんの私なら生理的に
避けてしまいそうですが

読んでいるうちに
次第にその偏愛の世界が
自分の中に取り込まれていくのです。

まるで私にもその性癖が
隠されていたかのように。


タイトルにもなっている『花びら』は
排泄にまつわる欲望で

この行為に『花びら』と名づける感性を
誰からもとがめられることなく
語れるのは
文学をおいて他にないのかもしれません。




ネッテルは、特別なもの、特殊なものを排除しない。むしろ賛美し、日常と地続きで描く。ネッテルの物語世界は、分断しがちな現代社会と対極にあるのかもしれない。
        宇野和美 訳者あとがきより




好きな方にとっては
凄く好きな物語世界だと思います。

私も次回作が楽しみです。


『赤い魚の夫婦』の読書記録です





『怪談 KWAIDAN』
ラフカディオ・ハーン 著
円城塔 翻訳
2022年9月刊




耳なし芳一や雪女など
小泉八雲『怪談』は有名ですね。

でも円城塔翻訳の『怪談』では

ミミ・ナシ・ホーイチの物語
ユキ・オンナ
オ・テイの物語
ジキニンキ


など字面だけでは
一読して何の話かわからない。

現代の読者と
100年前に未知の文化に触れた
英語圏の人々が

同じような距離感で
『怪談』に出会えるように
仕掛けられています。


お酒はワイン
着物はローブ
刀はロングソード

いくつかの言葉が異なる表記に変わるだけで
こんなにも違う物語に見えてくるのかと、目から鱗が落ちるようです。
中世の騎士物語のようでもあり
どこの国の物語かわからなくなります。

 



ギリシャに生まれた
ラフカディオ・ハーンは

ジャーナリストとして
アイルランド、アメリカニューオリンズ
西インド諸島、
そして40歳で日本に訪れます。

母語のギリシャ語、フランス語、英語
スペイン語、クレオール語、
そして日本語

妻、節子が日本語で語る怪談を
ハーンがどれだけ理解できていたかは
わからないという
円城塔さんの指摘は、
言われてみれば成る程と納得します。

様々な言語と文化のはざまにあった
ハーンの独特な言語感覚と
文化経験をくぐってのちに
編まれた『怪談』を
円城さんによる直訳と
解題とともに読み直すと

歴史で学ぶ日本の風土感性と
地続きに生きているつもりでいながら
実はそれは勝手な思い込みで
既知の人の全く知らない一面をみたような

しかもその先には
深い淵を覗き込むと
理解しえない闇があるような

新鮮で寂しい驚きがありました。

怪談をよくご存知の方こそおすすめしたいです。






『絶縁』
2022年12月刊



「絶縁」をテーマにした
9人のアジア作家のアンソロジーです。

大好きな
SF作家チョン・セランさんが
日本の出版社から
同時代の日本人作家との企画として
提案されたものを

韓国と日本だけでなく
アジアの様々な地域の作家との本づくりにしたいと逆提案、実現した一冊です。





旅先や
ニュース報道で見聞きする
国々に住む人々の
心のうちを、

今の「絶縁」を鍵に語られる
稀有な企画に興奮しました。


チョン・セランさんは〈絶縁〉は

「私たちを取り囲むこの時代を圧縮して表現できる言葉だと思った」

と語ります。


激変する世界で常に価値判断を強いられる個人は、常に別れを繰り返しています。どこまでが健全な葛藤で、どこからが取り返しのつかない亀裂の始まりであるのか、人によって基準が違うからでしょう。

(中略)

絶縁に関するストーリーが、腐食したものを切り捨て、より強力な連結点を探すための刺激になることを願っています。

断絶され連結されるものたちに寄せて
チョン・セラン より



参加された作家は、

村田沙耶香(日本)
アルフィアン・サアット(シンガポール)
郝景芳(中国)
ウィワット・ルートウィワットウォンサー(タイ)
韓麗珠(香港)
ラシャムジャ(チベット)
グエン・ゴック・トゥ(ベトナム)
連明偉(台湾)
チョン・セラン(韓国)



そして訳者は、

藤井光
大久保洋子
福富渉
及川茜
星泉
野平宗弘
吉川凪



訳者の方々が各作品のあとがきで
その国と時代と作者の立ち位置を
親身になって案内してくれています。




どの作家の作品も
密度が濃くて、
続けて一気読みというより

その国の日常に思いをはせながら
一つひとつを
じっくり読みたくなります。




異なる言語が並ぶ
作家からのメッセージが
(わからないなりに)胸熱です。












画像はお借りしました


村田さんの『無』では
主人公の一人は、母であり妻でもある自分を家畜で性欲処理できる肉製機械道具と称し語ります。日本を舞台にした『無』を求める社会そのものは未来にありえなくもなく、預言のように思え怖くなりました。




チベットのラシャムジャさんの作品『穴の中には雪蓮華が咲いている』は、やるせない現実にもあわい光を感じさせる繊細な描写がまるで映画を観ているようでした。


画像はお借りしました

ラシャムジャさんは宗教研究の傍らで小説を書かれているそうです。多忙で最近は書かれていないとか。惜しいです。他の作品も読んでみたいです。





郝景芳さんは『ポジティブ・レンガ』で参加されています。
チョン・セランさんと並んで
お目当ての作家さんです。
ヒューゴー賞受賞のSF短編『折り畳み北京』の奇想天外な発想が面白くて。

清華大学で物理学の修士、
経済学で博士号をとった経済学者なのですね。
現在は貧困地域の教育改善にも取り組まれているそうです。

小川哲さん『地図と拳』を読んだ際に
ご紹介いただいた
自伝体小説『1984年に生まれて』も
忘れられない一冊です。
ご紹介ありがとうございました!
1984年を起点にした
父と娘それぞれに時代に翻弄される
歴史小説でもあり、
なおかつSFでもあるのですが
すべての出来事を
一つの行為に収斂させる作家の力量も
誠実さも、深く胸に響きました。


『1984年に生まれて』
郝景芳 著
櫻庭ゆみ子 訳
2020年11月刊


三冊と書きながら四冊にキメてる



長々とした記事に
最後までお付き合いくださり
ありがとうございます。










追記


仕事のあれこれに先が見えてきて


やっと
文字が滑らず読めるようになってきました。



ただそれだけで幸せニコニコ飛び出すハート











皆さまもよい時間を過ごされていますように。