首を長くして待っていた
図書館の予約本が一気に届きました
嬉しいけれど、読みきれるかな?
『緑の天幕』
リュドミラ・ウリツカヤ
前田和泉 訳
2010年(邦訳2021年)
1951年から1996年までの
ソ連、ロシアを
時代に翻弄されつつも
誠実に生きようとした
人々の物語。
時代の誤りに甘んじてはいけません
時代が道徳的に誤っていても
だからといって
私たちが正しいことにはならないし
時代が非人間的であるからといって
それに賛同しないだけで
人間的になれるわけではありません
(エピグラフ パステルナークの書簡より)
陽気なイリヤ
繊細で詩的なミーハ
ピアニストを目指すサーニャ
三人の少年と
文学の奥深さを教える
シェンゲリ先生の交流は
国は違えど
児童文学『飛ぶ教室』の
少年達のようにみずみずしい。
シェンゲリ先生は三人の成長を眩しくながめ
少年達が人として成熟する者、
成長せず蛹のまま死ぬ者の違い、
謎の変換係数は何か?と考えます。
『緑の天幕』は
『飛ぶ教室』その後を描いていて、
若者達は「勇気」だけでは生き延びられません。
当時のような社会での「成熟」とは、いかに成しうるのか。
登場人物の一人が
言論が弾圧されていくなかで
『1984』は天才的に恐ろしい本だが
「よそ」のことで、
ロシアを舞台にした禁書を読み
そこに描かれる
市民を自由に殺していい許可を
国家が有するという
現実に重なるディストピア世界を
昔、プーシキンもまた
詩にあらわしていたことに戦慄します。
あの頃もこういうことは
全てあったのではないか
読みながら、
今、
ロシアの市井の人々が
抵抗する姿に重なりました。
ウリツカヤは
文学、芸術、宗教、哲学を
ひっくるめた「文化」が
人間を人間でなくさせる
大きなシステムから抜け出すための
拠り所になるのではと考えます。
『緑の天幕』から遡ること
10年以上前に著された小編。
神の恩寵に包まれた女性の静謐な一生の物語
と、裏表紙にはあります。
本の世界が現実世界と不可分なほど
本好きであった少女ソーネチカが
結婚し、子をなし
衝撃的な出来事に遭遇します。
人からみると
悲劇続きであっても
ソーネチカはそこに
しみじみと幸せを見出します。
その姿は尊くもありましたが
内面に豊かな世界を持つものは
外界に翻弄されずに済むのか?
ソーネチカのように赦し生きることが
「成熟」なのか?
都合よく利用されるばかりでは?
割り切れなさも残りました。
ただ『緑の天幕』での
ソ連時代の人々の
さまざまな生き方を思うと
不自由な国に生まれ
不遇に生きざるをえない
その中でいかに幸せを見出しうるか
ウリツカヤが想像した
一つの答えなのかもしれないとも思いました。
音楽や文学に魅了され
生きる道を定める人々の
心情を描いたウリツカヤの筆致は
人間の複雑さを
詩的な表現で巧みにあらわす
萩尾望都の絵柄が合うように思え
脳内変換しながら読みました。
ブリヌイやピロシキをほおばり
さまざまな作曲家、演奏家、詩人、作家、
芸術作品が
人々の心に光を灯します。
彼の地の文化を愛しむ人々が
近しく思える作品でした。



