すこし前、東京荻窪の書店、Titleに行ってきました。
おめあては荒井良二さんの原画展。
これがね、予想以上にすんごく良かったです。
本屋Titleは
古い居住兼商店の建物(たぶん)を
改築した味のある佇まい。
2階ギャラリーへ昇る
木の階段は飴色に光っています。
階段は狭くてやや急。
どきどきしながらのぼると、
いきなり作品展。
けっして広くはないのですが
落ち着いた丁寧な空間に
ひと呼吸。
こころが整います。
実は、荒井良二さんの絵は
よく見かけていて(持ってもいる)でも
好き、というほどではなくて。
この原画展も、
たまたま近くまで来る用があった
おまけのような気持ちでした。
ところが、原画をみて、
射抜かれました。
どれも緻密で、エネルギッシュで、自由で、挑戦的で、奥行きがあって、
かわいらしい絵だけれど
たしかにその世界が存在している絵なんです。
そして観ているうちに、
ふつふつと力が湧いてくる。
何かを表現したくなる。
そんな感染力のある絵でした。
原画展は
各地で催されているようなので
もしも機会があったら、
ぜひ原画をご覧になってみてください。
もちろん、
絵本も素敵です。
『はっぴーなっつ』は
春夏秋冬のおとずれを喜ぶ、
季節を旅する絵本です。
スヌーピーのような
キュートなコマ割りのイラストと
絵とことばのメッセージが素直に沁みて
新しい季節がやってくる小さな兆し、
ワクワク感を思い出します。
『ぼくの絵本じゃあにい』荒井良二
絵を仕事にした経緯
働きすぎて自律神経失調症になったこと
創作の秘訣、
ものづくり大切にしている姿勢
子どもや大人に対して思うこと
ことばはやわらかいですが、
人生論、教育論、仕事論でもある
どれも鋭い洞察の含蓄あるお話ばかりでした。
ものをつくる人には、
人が気づかないようなところを
掘り下げる役割がある
荒井さんは絵の下地に、
印刷では出ない金銀を塗ったり、
印刷に適さない素材を画材に使うそう。
それは、
落書きのような気持ちでとりかかれるため、
そして
常識から自由になるため。
絵を、誰かのために、ではなく
自分を喜ばせるために描いている
「今までにない本」も本だという発想を
みんなに植え付けたい。
「あ、なるほど、これでいいのか」と
発見していく喜びをぜひ感じてほしい。
(・・だから、原画を見て、ビビビと感じたのか。)
同時多発テロやイラク戦争、難民の人々の日常、被災地にずっと胸をいため心を寄せていて、ある作品では
どういうところに住んでいたとしても
希望をもつことはできる
希望をもって生きているはずだということを
描きたかったのです
震災以降考えつづけた
自然や日常への思いを込め
『はっぴーなっつ』という絵本を描かれたそうです。
絵本には直接的なメッセージはありません。
でも、ことばを読み、絵をみると
心の中に響いてくる。
『あいうえおさん』森絵都・荒井良二
ギャラリーにあった一冊。
森絵都さんの
今を切り取った言葉の面白さ。
間の抜けた荒井良二さんのイラスト。
ことば遊びを楽しめる子と
一緒に読んだら
楽しいだろうな。
読んでニヤニヤ。
くたくたの日も
肩の力がぬけて
ふふふと笑っちゃう。
展示してある選書、心憎かったです。
全部買い揃えたいきもちを
ぐっと堪えました。
新年度でパタパタして
記事にするのが
どんどん遅れてしまって。
開催は木曜日までです。
生命のメッセージは死と表裏一体。
2月にNHKのETV特集で
「ぼくはしんだ じぶんでしんだ 谷川俊太郎と死の絵本」が放映されました。
(オンデマンドで閲覧可能。有料です)
闇は光の母(死をめぐる絵本シリーズ)
『ぼく』谷川俊太郎・合田里美
御年90歳になる谷川俊太郎さんが
こどもの自死の詩をかき
合田里美さんが詩の世界を絵にしています。
番組はその2年に及ぶ制作過程を追ったもの。
不老不死のような揺るがぬ存在に思えていた
谷川俊太郎さんが
いつの間にかご高齢になられていて
そんな仙人のような谷川さんに
未来を託す子どもの将来を
祝福する詩ではなく
こどもの自死の詩を求めるとは
なんて時代だろうと
しばし言葉を失いました。
こどもの
死亡理由がわからない
自死が多い現実を
改めて突き付けられると
思わず
隣で視聴していた子の手を
強く握ってしまいました。
手を握っていても、心の内は、ガラスのようには透けて見えない。
こわかったです。
番組のなかでは、
絵本を読んだ小学生も、
自分の身に起きないとも限らない
得体のしれない死をこわがっていました。
もっと絵本にまつわる考えを知りたくなり
後日、谷川さん、
イラストレーターの合田さん、
編集の筒井大介さんの対談をオンラインで観覧しました。
番組と対談から。
谷川さんは
いつもはさし絵はおまかせ
なのだけど
今回は自死、しかも子どもの。
そのテーマに対する責任の重さから
絵に何度もリクエストをだします
事細かなところまで
完成に近づいても
モチーフのイメージが直接的
あるいは絵のメッセージが強すぎると
振り出しに戻す。
制作が苦しかったと思いきや
合田さんは好きなように描けて
楽しかったそうです。
そうしてできた絵本は
こどもの自死に
大人の勝手な意味づけを排する
こう、という理由を決めつけられないものに仕上がっています。
筒井大介さんは谷川さんの死生観に
詩「ニ十億光年の孤独」と繋がるものを感じられたそうです。
谷川さんは
「ぼくはしんだ」の書き出しではじまる
死んだぼくの一人称の詩なのに
生きているつもりで書いていた
生と死が正反対だと思わない
生と死は一緒くたになっている
この絵本が
自死を肯定して書いていると、
怒りをかって
炎上するんじゃないかと
気になった。
絵本の最後には
編集部からの言葉がのっています。
この絵本は
「ぼく」が周囲に語らなかった声、気持ちを、わからないながらも、
聞こうとし、知ろうとする、
「ぼく」のことを考ええる本です。
「ぼく」は自分かもしれない。
どうしたら全ての「ぼく」が
この世界で生きていくことができるか。
この文章を書かれた方の一人、
筒井大介さんは
オンライン対談にも出演されていましたが、
穏やかで控えめな語り方で
いつも肯定的な受け答えをされていました。
筒井大介さんと愛猫。いい写真ですね。
対談中に筒井さんが
合田さんに今更、
画歴を質問する場面もあって、
あぁ、絵本は経歴ではなく
実力の世界なんだと思ったり。
その静かな語り口とは対象的に、
絵本の企画は
『ぼく』にとどまらず
果敢に攻めておられるギャップが
とても印象に残りました。
筒井さんによると
震災以降、出る絵本の傾向が変わったそうです。
生命力にあふれたもの、
逆に死をテーマにしたものも増え
以前なら「怖い」と言って避けられたような
インパクトのある絵や物語を描く作家も多くなった。
『あの日からの或る日の絵とことば』
筒井大介 編
本屋Titleの絵本コーナーで手に取りました。
荒井良二さんの扉文字と表紙絵が気になって。
東日本大震災の8年後に出された32人の絵本作家の絵と手記です。
あえて人には語らないけれど、今も心に刺さっている震災のこと。
はじめのうちは内容が重く感じられて
読むのをしばらくは止めてしまおうかと思ったけれど
個々の絵本作家の語りを読むうちに
だれかが
そっと寄り添ってくれているような気持ちになれました。
荒井良二さんは絵と散文を載せています。
いつも旅をしているようで
でもそこはいつもの街で
ぼくも、新しい旅にでる。
いつもの街で。
長谷川義史さんは
石巻でであった野球少年から教わったことを書かれています。
プロ野球の佐々木朗希選手のように
報道されていなくても
諦めないで誠実に歩むと未来は変わるんや
地道に生きてきた人達の姿を思いました。
他の誰かが抱えているものを、気持ちを、
共有する事はきっとできない。
それでも、みんなあの日から同じ地続きの日を生きている。
何かを乗り越えたりせず、
ただただ抱えて生きていく。
(筒井大介 あの日からの或る日の絵とことば より)
昨今の世界情勢をみて
怒り、憂い、悲しみ、傷つき、怖れ・・
そんな今の心持ちにも響く一冊でした。
おまけの備忘録
図書館で借りた本。
国内外でのインタビュー
国内の対談
全書籍のレビューで構成されています。
以前『ことり』を読まれた雨読友さんが
“登場人物の顔が想像できなかった”と仰っていて、なるほど、と思いました。
私も『ことり』の小父さんを鳥の頭をもつ人とイメージして読んでいたからです。
小川洋子さんは『博士の愛した数式』の質疑応答のなかで、登場人物の喋り方は再現できるけれど、その人がいつの生まれか、「どんな顔をしているかという印象はぼやけていて、顔は見えていないことは多い」と語られていました(第5章)。
心に残った文章を載せておきます。
私たちは、もしかしたら言葉で書かれた文章を読むことによって、言葉の届かない場所に行っているのかもしれませんね。言葉が必要ない場所。
そういう言葉が必要とされない場所に自分の居場所を見つけるために、小説を読んでいる。
・・・いい小説を読むと・・・言葉を持っていなかった自分に戻れる。それを人は「感動」と呼ぶんじゃないかと。
小説を読んでいる間は
「考える」ことから
自由になるべきと思います。
自分の価値観と全然違うタイプの登場人物が出てきたときに、自分とは違うという理由だけで切り捨てたら、それはなんとつまらない読書体験でしょう。むしろ小説を読むことによって、自分の価値観、人生観、もっといえば、自分自身を解体できるということですね。
言葉を持っている限り、私たちは孤独な時でも決して世界から孤立することはなく、豊かな内面の世界を旅できるんじゃないかと思います。
















