こちら、桜が満開です。








春休み中に

敬愛する方のお子さんが
素晴らしい快挙を成し遂げられて

凄く嬉しいラブ
おめでとうございます!


(息子は合宿で目下音信不通グラサン





アカデミー賞では『CODAあいのうた』が作品賞、脚色賞

トロイ・コッツァーさんが助演男優賞を受賞されて、それも嬉しい照れ








ユン・ヨジョンさんによる紹介は、
喜びを分かち合う優しさがみえて、
観ていて心があたたまりました。





コッツァーさんは受賞を
ろう者、CODA、障がい者のコミュニティに
捧げると話されています。


CODAコーダ、とは聴こえない親のもとで育った子どものこと。



快挙、偉業は
ご本人のものでありながら


その努力する後ろ姿を見て
誇りに思い、憧れる
後続の人たちへのエールでもありますね。




アカデミー賞も、

年若い先輩達のがんばりも

そこは同じだと思いました。




本当に、おめでとうございます。
これからも陰ながら応援しています。


追記 ①


コッツァーさんがゴッドファーザーやスター・ウォーズのシーンを手話のセリフで演じています。











『CODA』を観て、
昔、感銘を受けた本を思い出しました。





『手話の世界へ』オリバー・サックス

1989年出版、1996年日本語版
古い本です。






映画『レナードの朝』の原作者でもある
脳神経外科医のオリバー・サックスが

専門家ではないとしながらも

ろう文化について
歴史、言語学、社会学的見地から

魅力たっぷりに
素人にもわかりやすくまとめた
ノンフィクションです。



当初は

ろう者を

聴覚障害者、と、
医学、病理学の側面からみていたけれど


実は

手話をはじめとした
独自の文化をもつ人々だと


当事者達への取材を通して気づき
その奥深い世界に

心がひらかれていきます。



この本によると

手話と口話は全く別の言語であって

同時に扱うことは

例えば英語を話しながら中国語で書くような
難しさをはらんでいるといいます。





復刊希望です!


『みんなが手話で話した島』
ノーラ・エレン・グロースの本に魅了されたサックスが、実際に島へ取材に訪れたくだりが印象的でした。


島民は聴者、ろう者の区別なく第一言語が手話であったそうです。



島の人々が
音声と手話をおりまぜ
和気あいあいと語り合う姿や、

手話で考え事をする老女を目の当たりにし、

寝ているときすら
手話で夢をみる話を聞きます。


愛媛にも似たような島があるそうですね。
(『デフ・ヴォイス』シリーズで教えてもらいました)




公民権運動が盛んだった60年代に
ウィリアム・ストーキーが
手話の構造について科学的な論文を著し

ろう者を民族としてとらえる
アメリカ手話辞典を出版すると



ろう者の意識が変わり 

社会運動や教育運動よりも先に


芸術運動が起こります。


手話の詩、歌、ダンス、弁士、講談師・・






ろう者の置かれた社会的、
教育的状況の厳しさが
演劇や文学を通じて一般に知られるようになるのも同じ60~70年代のことで


演劇『小さき神の、つくりし子ら』を
原作とした映画『愛は静けさの中に』が

80年代にアカデミー賞にノミネートされ
『CODA』で母親役を演じたマーリー・マトリンが主演女優賞を受賞したのは

時代を象徴するできごとでもあったのかもしれません。





本の後半は、1988年に起こった
ギャローデット大学での
当事者運動についてのレポートです。



ギャローデット大学は、
当時も今も世界唯一のろう者の大学です。


この運動、ストライキをサックスは

ろう者自身が

お世話される対象として扱われることを拒み

公民権を手に入れた「革命」だと

熱く著しています。






その30余年後の作品で
ろう者の家族、CODAが描かれるのは、

遅いともいえるけれど、

少しずつ認知され関心が深まってきているしるしのように思えます。







『CODA』を観たあとに気になっていた本を手に取りました。



『きらめく拍手の音』イギル・ボラ



CODAでもある映像作家イギル・ボラさんと、ろう者のご両親のライフヒストリーです。


イギル・ボラさんは同じタイトルのドキュメンタリー作品を制作されています。



バイタリティと愛情いっぱいのご家族の姿が映し出されています。


作品は観ていないのですが、本では

ろう者の子を思う
祖父母の代の愛情まで細やかに語られていて、その思いの深さに
読んでいて胸がつまりました。





私は、手で話し、愛し、悲しむ人たちの
世界が特別なんだと思ってきた。

正確に言うと、
自分の父や母が誰より美しいと思ってきた。

口の言葉の代わりに
手の言葉を使うことが、

唇の代わりに
顔の表情を動かして
手語を使うことが
美しいと。

しかし、誰もそれを
「美しい」とは言わなかった。

世間の人たちはむしろそれを
「障害」あるいは「欠陥」と呼んだ。


(裏表紙および一章より)




イギル・ボラさんと父は
隔年に催されるろう者の世界大会に参加した際にギャローデット大学を訪れます。

手先が器用な父は会場で
花文字を描き旅費を稼ぎます。
すごくエネルギッシュ。



手話で哲学や数学を学べる場。

ろう者に配慮した建築のガラス張りの吹き抜けで内と外、上層階と下層階の学生同士が手話で語り合う姿を見て、


大学HPよりお借りしました


耳が聞こえないために入学を拒まれ
ミシン工場で働くしかなかった
イギル・ボラさんの母も

ここでなら
将来の夢であった教員の道を
学び歩めたかもしれないと想像します。



映像文化の盛んなアメリカでは
ろう者の映画コンテンツも充実していて、
専門の映画制作会社もあり、
映画やテレビ番組、
ろうの子ども向けの教育番組も制作されているそうです。


ろう者が聴者の脇役としてでなく、
ろう者の主役を演じられ
望めば監督にもなれる。



『CODA』でDASL(アメリカ式手話監督)が起用され、地域性や職業や役柄を考慮した手話がアレンジされ得たのは、大学を起点にしたろう文化の集積があった成果でもあったのですね。



今回、ヘダー監督とマーリー・マトリンは
ろう者役を聴者の有名な俳優を起用するよう要求されたことに抗います。

「耳の聞こえない人の役があるのに、耳の聞こえない優秀な役者を起用しないのはおかしい」

そしてトロイ・コッツァーと兄役のダニエル・デュラントが起用されます。







元になった映画『エール』では

やんちゃな失敗をする、ませた弟の配役が

『CODA』では自己犠牲する妹に反発する兄に
改変されています。
チャーミングな弟だったので
改変が不思議だったけれど、




劇中で兄は

コーダである妹の仲介にたより
漁の売買を行ない続けることを
良しとせず


兄は耳が聞こえないから馬鹿にされ
体よく魚を安く買われても
自分でやると妹をつっぱねます

買い叩かれるならと
漁師仲間にかけあい組合をつくります。


まるで

お世話される対象とされたろう者が
自分のもつ力を信じて
自分の道を歩むと決めた
ろう文化の歴史に重なるように思えてきました。







多くの人たちが、
ろう者に会った時どうすべきかときく。

ろう者はひとつの言語を使用する少数民族だ。 

ろう者もまた(外国人のように)
使用する言語が違うだけのことだ。

明るい表情で相手に接すること、
彼らの言語と文化を尊重することが、
基本的に持つべき心構えだ。

相手を見て、
顔の表情を生き生きと使って会話しよう。

(ろう者に会うときの心構えより)











『コーダの世界』澁谷智子



澁谷智子さんはヤングケアラーの研究もされていて、そちらにもコーダの語りがありました。



CODAコーダとは

Children of Deaf Adtltsの頭文字であるとともに

音楽用語の「コーダ」にも掛けていて、

曲の主題部とは異なる終結部を指すように

コーダが聞こえない親をもつ聞こえる子たちに似ていると考えてこの用語を使うことにしたそうです(『Mother Father Deaf』より)


ろう文化の研究の歴史が浅いように
コーダの研究もまだ途上で、
当事者の聞き取り調査を中心とした
日本のコーダをとりまく現状がある程度わかる一冊です。


一語ではくくりきれない多様な家族の姿を垣間見ると
自分とは異なる文化と家族として接する
バイリンガル・バイカルチュアルな存在の
コーダ達もまた
独自の文化を育む人々といえるのではないかと思わされます。



ただあまりにそれぞれが点在する民族のために、個々が仲間に出会うまでに立ち向かうことの大きさ、固有の困難さを抱えるゆえのこどくさは想像を絶していることも確かです。知ることの大切さを感じます。





今回の『CODAあいのうた』アカデミー賞受賞の第一印象は、正直なところ肩透かしでもあったのですが、こうして考えてみると、多方向から当事者達に敬意をもって、啓蒙的な視点にとどまらず、よくまとめたものだと感嘆します。







『エール』や『CODAあいのうた』の次の世界を描く作品が、こんどはどこから生まれてくるのでしょうか。


すごく楽しみです。



映画画像は全てお借りしました。





追記 ②


日本語字幕の問題、作中での音の有無が生み出した力関係、デフボイスについて論じています。漠然とひっかかりがあったものの改めて考察せずにいた点、認識が甘かった点の指摘があり、とても考えさせられる論考なので添付します。
ありがとうございます。

こちらです↓










おまけ

図書館返却前に。


『おいしくて泣くとき』森沢明夫



子ども食堂をめぐる物語です。


今年度、中学受験で取り上げられたとのこと。
ご紹介ありがとうございます!




プロローグ、

余命いくばくもない母が
病床から幼い息子を切なく見守るエピソードからはじまります。


母の思いを想像すると
いたたまれなくなって

数日、本を閉じてしまいました。



幼い息子が主人公になるのだけど

否応なく
亡き母目線で
息子の言動に心添わせて読んでしまう。


構成がうまいですね。




こんな本文を出題されたら
心が動かされどうしで
問題を解く心の余裕がうまれないよ。



とボヤキながら
涙をぬぐいながら
一気に読みました。


さわやかな読後感のあと


受験問題として伝えたい主題はここかな?
とお勉強気分で読み返したり。
受験生凄いな。

 

ただ、思ってしまいました。



子ども食堂って、
本来は一般市民が身を切りながらするものでなくて、
それが話題になり、
ムーブメントになるくらいなら


行政が動いて
子ども達が飢えを我慢したり
惨めな思い、卑屈な思いをせずに生きていけるような制度設計をしてよ、と。



主人公達のような中学生なら
自分で手助けを求められるような手立てを
授業で学べるようにしてよ、
サポート体制を配慮してよ、と。


ろう文化やコーダの本を並行して読んでいたせいかもしれません。

本来、能力のある者を無力にしているのは
本人ではなく、環境なのではないの、と。



以前観た『逆転人生』で
反貧困学習をしている西成高校の校長は

貧困は経済的なものだけでなく
人間関係も貧しくなると語られていました。

貧困の連鎖を断ち切るために

学校で生徒が相談しやすい環境を整えたり

ケーススタディで
今後必要となりそうな制度について学んでいました。

そして実際に高い就職率をあげていました。




この物語でも子ども食堂に来る子ども達は様々な関係から拒まれたり距離をとっていて、切なくなりました。


感動のその先を描いてもらいたいな、
主人公達を守り消えたある人が連鎖を断ち切るその後を知りたいと思いました。






『わたしたちが光の速さで進めないなら』
キム・チョヨプ



図書館予約の順番が来るまで随分待ちましたよ。



生化学を学んだ作者によるデビュー作。
郷愁を誘うSF短編集です。
アニメのような、
漫画のような読みやすさで
どれもすこし切ない余韻をのこします。




『スペクトラム』が映画『はちどり』のキム・ボラ監督の次回作の原作とのこと。




異文化間のコミュニケーションが描かれるので、『CODA』とも重なるテーマもありそうです。

映像表現も、俳優のやりとりも今から楽しみです。





















すっかり長くなってしまいました。
最後まで読んでくださりありがとうございます。




新年度、始まりましたね。


体に無理なく、のりきっていけますように。