ロシアのウクライナ侵攻から数日がたとうとしています。


平和を踏みにじり
武力で相手を虐げ従属させる

あらゆる戦争に反対します。





数多の一般人が
大義名分のために結果的には
駒のように扱われようとしている。


やるせない気持ちで情勢をみています。


状況が違えば
突然に日常が奪われるのは
私なり、家族なり、友なり
子どもであるかもしれない。

誰もが闘いに耐えられる身心の強さをもっているわけではない。













昨年、ウクライナ人とベラルーシ人の親をもつ
アレクシェーヴィチさんの
『戦争は女の顔をしていない』を読みました。





アレクシェーヴィチさんは
ノーベル賞を受賞したけれど
ベラルーシで国民栄誉賞を受けるわけでなく
むしろ政治的に脅かされ生命を守るために
ベラルーシに住めないでいます。
国外からベラルーシの民主化のために今も行動されています。




受賞の理由は
当人達ですら語るに値しないと
黙していた
兵士として闘った女性たちの
小さき人々の声を
数多く集め文学として表したから。

人々の語られない声を聴くことの大切さ。
それは平和を希求する歩みでもあります。



私の考えでは、血の時代、武器の時代、暴力の時代は去ったのです。そして私たちは、命というもののとらえ方を、今までとは違うものに切り替えるべきなのです。人間、人の命は物事を測る物差しであってはならないのです。

2021年7月27日オンライン研究会インタビュー
『抵抗するために「聞く」、アレクシェーヴィチのいま』 文藝21冬より






昨年末には
アガサ・クリスティ賞を受賞し
出版前も後も著名人も絶賛していた
『同士少女よ敵を撃て』を読みました。






アレクシェーヴィチさんが編んだ
『戦争は女の顔をしていない』の
いくつかのエピソードが
フィクションとして織り込まれていました。


作者の逢坂さんは
少女が銃を持つ、という構図が
安易に消費されないよう
細心の注意を払って著されたそうで

おかげでか
少女のやりとりがすなおに読めたし
世界史の導入としても
良い一冊とも思いました。

一方で
よく書かれているだけに
読書として楽しむことに
一抹の罪悪感ももちました。



今は、
武器を手にし殺傷することが、
手にした人の心や人生を
決定的に壊すことになることを
自分に重ねて読みやすい物語であることに価値を感じています。
この本を読まれた方は
今回の侵略をより身近な暴力行為に感じるのではないでしょうか。







年明けに読んだ

『この30年の小説、ぜんぶ 読んてしゃべって社会が見えた 』高橋源一郎 斎藤美奈子





もともとは雑誌の対談。
時代の空気を読むことに長けた作家たちが
描こうとした時代、社会をすくい取ろうという意欲的な読書案内。
最終章は21年9月の対談で、コロナ禍を描く作品から時代を読もうと選書されています。
私はその部分を期待して手にしました。
なるほど、と思うものも、疑問に感じるものもありつつ。

『同士少女よ敵を撃て』は11月出版。この本では取り上げられていません。そもそも基準に合わなかったかもしれない。





それでも、書かれた本から時代の空気を読むという視点では

独ソ戦で
武器を持ち闘う子どもの物語が
多くの人に受け入れられる
令和の社会の空気を
どう読めばいいのだろうかと立ちすくしてしまう。


争いに巻き込まれる者の心境を知りたいという欲求が、時代に忍び寄るなにものかへの恐れを象徴しているようで、薄ら寒さを感じます。







そして、今。

ほんの数日前には想像していなかった出来事が立て続けに起こり続けています。


息子も学校の授業で講義を受けたようです。いろいろと思うところがあるようでした。





ネットで情勢を追ううちにいく冊かの本や映画を教えていただきました。

にわか者の情報の寄せ集めですが備忘録として載せておきます。








蔵書からひっぱりだし、
母子でページを繰りました。


『てぶくろ』ウクライナ民話




様々な階層の動物が
ぬくもりを求めて集まり
一つのところで睦まじくひとときを過ごす。

自分が
そして子どもが幼い頃
微笑ましく読んだ絵本を
今、胸を痛めながら
現実の比喩として読み直す日がくるとは思いませんでした。


戦況が楽観できず国への憎悪が増すにつれ、その国の出自や名を冠しているだけで身が危うくなったり、仕事を失したりする話が出始めてきています。悲しいです。


てぶくろにおさまった動物達のぬくもりに安らいだ表情が、弱いものも強いものも、異なる立場のもの達が互いを支え合うことでこそつくりだせる平穏な日常、平和への祈りの姿に思えます。










ドキュメンタリー。
私が観ていたら
いつの間にか隣で息子も観ていました。


『ウィンター・オン・ファイア ウクライナ、自由への闘争』




2014年のウクライナ危機(マイダン(広場)革命、尊厳の革命)のドキュメンタリーです。
国民が期待するEU加盟を保留しロシアに支援を求めた当時の親ロシア政権に対し、人々がデモを粘り強く続け抗った力強い記録です。


『この30年の小説、ぜんぶ』より



冒頭から最後までクライマックスの連続のようでした。

途中から、丸腰で行進する人々が特殊警察(ベルグト)に鉄の棒で殴られ流血し、撃たれ亡くなる姿もなまなましく映し出されるので、幼い子にはきついと思います。



幼い娘がデモにでかける父親を止める。
大人になったら私が闘うから行かないで、と。
父は応える。
今闘わなくては、未来の敵は大きくなって敵わなくなると。

12歳でデモに参加する少年(おそらく孤児)も
特殊警察との壁を作るための火炎瓶の作り方を語ります。


この民衆の抵抗で当時の大統領は辞職しロシアへ亡命します。


 


ドキュメンタリー編集の視点は、賛否両論あるかもしれませんが、翌年2015年にアレクシェーヴィチさんがノーベル賞を受賞されたのは、このウクライナでの人々の自由と尊厳を求める闘いもあってのことではないかとすら思いました。


ウクライナの人々のなかには、今回のウクライナ侵攻が不意打ちのように驚く方もいれば、戦争はこの8年前からずっと続いていると主張される方もいらっしゃるようです。


ロシアの今回の電撃戦を凌いだウクライナの人々の力強さをドキュメンタリー映像から想像しつつも、このような日々が日常であってはならないと強く思います。












こちらもネットの声から知りました。

ウクライナでは春分に春の訪れを寿ぎ
雲雀を模したパンを食べる習慣があるそうです。穀倉地帯の地粉のパンはさぞ多種多様で香ばしいことでしょう。
鳥のパンはとても愛らしい姿をしています。
















どの国の人々も、災禍が最小限におさえられ一日も早く平穏な日々を取り戻せますよう願ってやみません。