初秋に出かけたところ。












どなたもどうかお入りください。

決してご遠慮はありません








『注文の多い料理店』ですか?







いえいえ、こちらは「文房堂」。


文房具と画材のお店。









ハロウィン仕様なのかしら
 

心のなかで
にやにやしながら
入り口をくぐると



手書きのポップで紹介される

魅惑的な文房具の品揃えに



買い物の理由を

探してしまうような心持ちに。









いけないいけない、





4階のギャラリーに用があるのだった。









「自然の生命を描く12人展」






今回は
図鑑や絵本の
挿し絵の原画を描く
画家の方々のグループ展。







鳥や
植物や
魚や
小石


緻密に描かれた作品は
印刷物から
想像していた以上に


生き生きとして


紙のなかに
手をのばせば
そのまま触れられるような
錯覚すらおぼえました。


描く人の
対象の美しい瞬間を
うつしとりたい

情熱が伝わってきます。






私が興味をもったきっかけは
記事で知った


「サイエンスイラストレーター」







実在する生き物も
絶滅した生き物も

福音館書店の『たくさんのふしぎ』をはじめ
図鑑や
博物館の展覧会の図録に
科学的な考証を元に数多く
描かれています。



展覧会では
サイエンスイラストレーターの
菊谷詩子さんが描かれた
『9つの森とシファカたち』の原画も
見られました。

サル達の目が輝いていて、
愛らしいこと。



訪れた甲斐がありました。








私が読んだ記事は無料閲覧できないので、
参考にこちらの記事を載せます。





絵を描くこと
生物が好きなこと
この二つが結びつく仕事。


菊谷さんは
幼少期をタンザニアやケニアですごしたのち
日本で進学
生物学を専攻し
大学院で学ぶなか
サイエンスイラストレーターを知り

博士過程を休学して
海外の大学で学ばれます。

好きなものを極めていく
熱量の大きさが
経歴からうかがえます。



海外ではサイエンスイラストレーターは
専門的な職業として確立され、
博物館などでの求人もあるそう。

一つ一つの仕事の博物学的な
責任と面白さは
他ではなかなか得られないことでしょう。





『八月の銀の月』
科学博物館に勤めながら
鯨の生物画を描かれた方のエピソード
「海へ還る日」も思い出しました。








今回の展覧会に展示された
他の方の作品は
こちらの絵本にも
おさめられているそうです。







38×60センチの絵本!


おおきいですね。


実物の絵本を開いたら
年頃の子どもの
視界いっぱいに広がるはず。


堪能する時間を
プレゼントしてくれる
素敵なコンセプトの絵本ですね。








見本絵本を開いて

子どものころ
ぼろぼろになるまで
ページをめくった
昆虫絵本の感動の記憶が
今もなお
胸をあつくしてくれました。



生物画を生業にするのは
かんたんな道のりではないかもしれないけれど

生命の不思議さや美しさを伝えてくれる
やりがいのある仕事だと

絵本をめくりながら
見たことのない生き物に
憧れと
想像をめぐらした幼い日々を振り返り
思いました。









『雨の動物園』 舟崎克彦 (作、絵)


ある生物学者が

その道を志すきっかけになった本とのことで、興味をひかれ手に取りました。



絵本のノーベル賞ともいわれる

国際アンデルセン賞の

優良作品賞も受賞されています。



終戦の年に生まれた作者は

小動物を

友や家族のように思い

庭に禽舎を作ってもらうほど。






少年は野鳥の飼育にのめりこみ、

鳥博士と呼ばれるほどになっていた

その愛情にみちたまなざしで、

さまざまな小動物との出会い、交わり、

そして別れを、細やかに描く。


7歳で母親をうしなった少年の心が

映し出された自伝的作品。

(裏表紙より)








16編の小さな作品には


コウモリ

カルガモ

エナガ など


それぞれに生き物の名の表題があり

小学生の時分の


ときには亡き母の面影を

それらの小動物に重ねる


作者の心象風景が

絵本の物語のようにつづられます。



ヒキガエルは伯爵で

ヤモリは哲学者





小さな恐竜のトカゲが

しっぽを残して逃げた姿をみて


こんなふうに

身のまわりのことに

あんまりわずらわされないで

生きているものは、

どんな時代にもいちばんつよい。



中略



太古の、あの地ひびきをたてて

大地をかけずりまわづていた連中は、

たしかに堂々としてはいたかもしれないが、


敵にしっぽをくれて逃げだす知恵も

やみにまぎれて生きのびる方法も

知らなかった。






トンネルの掘り違いでか

日にあたり死んだ

モグラのからだをみて


少なくともそこには

生きることがこれ以上できなくなって

せっぱつまってのたれ死にしたような

暗さはない






言外に戦後の東京で

幼心に見聞きした

時代のにおいをかんじさせます。




鳥かごの鳥たちは


コマドリはおばあちゃん

ウソは無口な父親

マヒワはませた弟

メジロはいとこ

でも、

かごの鳥のなかに母親はいない



猟鳥で安く手にいれた

カルガモの雛が

野鳥なのに独立心なく

作者を母のように慕って

一人寝の夜を寂しがる


まるで昔の自分のようだと

いとおしく思いながら

かいがいしく世話をする


そして突然に訪れる別れ



気がつけばいつも残されているのは自分だけだ






世界に唯一の研究をしようと

もくろみ飼育する話。

思いがけない光景に

観察も記録も、どこかに消し飛んでしまう。




人よりも

小動物にいれこむ少年を心配して

いささか乱暴に気づかう兄二人の

不器用なかかわりの

男くささに

昭和の薫りを感じもしました。




鳥よりも人に興味が芽生えはじめる頃


生き物たちののどかな自然が

高度経済成長の勢いに

壊されはじめます。






同時代に生きたわけではないけれど


読んでいると

大人の私よりも

地面がずっと近くて


土くれのにおいや

草いきれ

見つけた小さな生命を

懸命に守ろうとした

幼い頃の景色がよみがえりました。