マイケル・ルイスに外れはない!
との読者評と
パンデミックのノンフィクションに
興味を引かれ
手に取ったら、
読み終わるまで手放せなかった一冊。
映画化の企画もスタートしているよう。
長いですが、備忘録を兼ねて。
『最悪の予感』マイケル・ルイス
原題はシンプルです。
パンデミックを予感した人々が
異端者や「ウルヴァリンズ」とは
まるでX-MENのよう。
でも異端者とは、複雑な気持ちになります。
実際には
真っ当に疑問をもち、
調べ、分析し、
出た結論に基づいて
感染拡大を阻止しようと
行動していただけだから。
そして、
残念ながら
私たちは知っています。
このあとのアメリカの悲しい顛末を。
ただ、登場人物達の行動力は
常に積極的で
知的好奇心と探究心と
使命感にみちていて、
一緒に働いたら
多忙を極めそうだけれど
信念をもって
毅然と脅威に立ち向かう姿に
勇気が湧いてきました。
16年前
父の研究の
エージェント・ベース・モデルを見て
13歳の理科の自由研究で
疾病がどんなふうに広がるか
調べられるのではと着想したローラ・グラス。
学区内の様々な年代の数百人にアンケートをします。
ハグやキスの頻度、
隣り合う席の距離、
一緒にいる時間・・などなど。
社会的ネットワークの相互作用を
マッピングし、
さらに疾病の潜伏期間、
死亡や
免疫獲得も考慮にいれ、
研究者である父と、
父の知り合いの超優秀な研究者にも
手伝ってもらって
精密なシュミレーションモデルをつくります。
ローラの課題意識は
インフルエンザは常に変異している。
適切なワクチンが間に合わなかったらどうするか。
このローラの自由研究の着想によって
得られたモデルが、
後の感染拡大を阻止しうる
可能性をもったツールとして
重要な示唆を与えるようになります。
自由研究、侮れません。
思い込みや社会通念の穴を突く着想は
それを発想する人の年齢を問わず
傾聴に値するものなのだと
居ずまいを正されるようでした。
若く美しくバービー人形のような
容姿でありながら
獰猛なドラゴンのような胆力で
感染対策に取り組む
公衆衛生官のチャリティ・ディーン。
一説にはリース・ウィザースプーンに似ているとか。
どの立場にいたときも
感染拡大を阻止するために
容赦なく決断実行することで
おそらく数多く敵を作り
またその容姿、年齢、性別ゆえに
軽視され
ひどく冷遇されながらも
組織の末端にいて指示されずとも
情報を集め、分析を始めます。
「始まりはいつも、たった一つの症例と、不気味な沈黙です」
(武漢の)データだけを探していたわけではありません。何かおかしいと感じられる小さな手がかりを集めていたのです。
その判断の早さ、正確さ
徹底的な策の的確さから
カリフォルニア州やアメリカ政府の
対策に陰ながら重要な影響を及ぼします。
マイケル・ルイスは
彼女が不当に評価されないよう
重きをおいて執筆したそうです。
私は気丈で切れ者を演じるジェシカ・チャステインを思い浮かべて読んでました。
退役軍人省の医師カーター・メイシャーは
救急医療を天職に思っていましたが
医療ミスで苦境の病院の責任者となり
病院自体を重症患者にみたて
人的ミスを起こしようがない
システムを作ることに尽力します。
カーターの写真、キーファー・サザーランドに似てたので、こちらを。
その既成概念にとらわれない発想と
精力的な情報収集と分析の鋭さが
評価されます。
しかも成果実績を他人に奪われても
意に介さず、粛々と課題解決に注力します。
カーターは頼まれなければでしゃばってこないが、いったん助けを求めると、鋭い知性で圧倒してくる。
「あの人はまるで、ドアの前にじっと潜み、なかに招き入れられる機会をうかがっている吸血鬼です」
他の登場人物も
マイケル・ルイスのエピソードのすくいあげ方が、実に巧みです。
人となりや
機敏に立ち働く姿がごく自然に想像できます。
しかも、炯眼と行動力を持つ人物達が
危機的状況で
なにを選び
なにを捨て、決断したか。
逆境で
なにを支えに前に進んだか。
随所に書かれていて、
ある種の哲学書のようでもありました。
感染症対策は誤認識を生じさせやすい難しさがあるのですね。
対策がうまくいくと、
大袈裟に対応したと批判され
あるいは容易に制御できるという
先入観が植え付けられ
次の対策で強い対応がしづらくなる。
そして正確性を担保しようとすると
判断が遅くなり
悲惨な結果を生むリスクを常にはらむ。
正解がわからない中での
迅速な判断が必要とされる。
だからこそ、
周到な準備が必要なのですが。
もし間違っていた場合
どっちの決断のほうが悔いが残るか?
本の中で何度も出てきた科学史
『グレート・インフルエンザ』ジョン・バリー
前半は、様々な対策をこうじても感染拡大を阻止できず、バタバタと人が亡くなる悲惨な様子が資料をもとに描かれます。
当時はマスクも十分になく
公衆衛生の知識も行き届いていません。
じわじわと感染地域が広がり
あっという間に死に至る恐怖
しかも犠牲者は体力のある若者を中心とし、
軍隊のクラスターが数多く発生します。
後半はバリーが本書のテーマとした科学者達の研究の成功と挫折、そして新しい分野の誕生についてつづられます。
スペイン風邪でおびただしい数の犠牲者がでていたにも関わらず、本書が出版された当時のアメリカでは、「たかがインフルエンザ」と感染爆発への対策費はゼロでした。
当時の保険福祉省長官の側近が進言し、ブッシュ大統領の手に渡ったそう。
ブッシュ大統領は無策の現状に怒り
この本をきっかけに
パンデミック戦略に多額の予算を投じます。
ところでカーター達のローラ父娘のモデルを用いた学校閉鎖のアイデアは
バリーの見識では有効性がないと反対されます。
一晩で本書を読んだカーターは
疑問に思ったことを検証するために
自身で一次資料を調べ分析します。
それにより、
感染初期の初動が遅れることで
そのあと様々な対策を打っても
有効性が出にくいことがわかります。
今年文庫が出版され
2005年執筆のあとがきが
2019年の新版の内容へと変わりました。
その文面は
本書が政治的社会的に与えた
大きな影響をふまえ、
また、2009年の豚インフルエンザによるパンデミックがもたらした影響の良し悪しと
今後感染力と致死率の高い感染症が
世界的に広がった場合に
懸念されることが書かれています。
データからは通説に反して
大人から子どもに感染が拡大する
事実が明らかになったこと
物流のパニックや物資の不足をはじめ
今回のコロナ禍の様々な事象を
予見した内容になっていて
歴史から学ぶとはこのことかと
教えられるようでした。
どちらのあとがきにも書かれた
1918年からの教訓は、
単純とはいえ実践の難しい教訓だが、
権威ある地位についている者は
社会に生きている人々のすべてが
連帯感をなくすようなパニックを
抑えなければならない
各人が自己本位に走れば、
社会は成り立たない。
文字どおり、
文明は生きのびられない。
権威の座にいる者は、
人々の信頼を得なければならない。
そうするためには、
すべてのことをごまかさず
何事にもしらを切らず、
小手先でごまかさないことが大事である。
リンカーンはこれが第一で、最善だと述べた。
リーダーシップとは、
どんな恐怖も
具体的に示すことでなければならない。
そのとき初めて人々は
恐怖を粉砕できるのだ。
(平澤正夫訳 あとがきより)
今まさに、
コロナ禍の脅威に対する
各国の取り組みの違いと効果を
みているだけに
この言葉は一層ひびきました。
引用されていた書籍がもう一冊。
『マクリーンの渓谷』ノーマン・マクリーン
『最悪の予感』の主役的な
登場人物であるカーターが
感染拡大の脅威に例えた
“マン渓谷の火災"
息子は何かの本で(もしかしてYou Tube?)知っていたので、有名なのでしょうか?
恥ずかしながら私は知りませんでした・・。
マン渓谷の火災とは
山火事の消火のために
パラシュート降下した若い消防隊員が、
小さな山火事と判断して近づいたものの
実際には
高さ10メートルもの炎が襲う
大規模な山火事になっていた。
しかも風向きが逆に変わり
隊員に時速10kmの勢いで向かってくる。
急勾配の斜面を逃げのぼり
火に飲まれそうなぎりぎりの瞬間、
リーダーが目前に新たな火を放ち、
その焼け跡へ逃げこみ、
部下に後に続けと叫ぶ。
後に退避火として
定番となる革新的な手法だが、
当時は誰も知らない。
急場で集められたチームは、
リーダーをよく知らず、
命令に従わず、
炎から逃れようとし
15人のうち、10人が1分後に
火に飲まれてしまう。
最終的には生き残ったのは3人という
悲惨な結末をむかえる。
カーターは、マン渓谷火災の話を聞き、
感染症への教訓を読みとります。
煙が晴れるのを待ってはいけない。
事態が明確に見えてくる頃には
手遅れになっている。
退避火に相当する何かを見つけ出せ。
原題『YOUNG MEN and FIRE』
作者のノーマン・マクリーンは、
フライフィッシングと弟の思い出を描いた
映画『リバーランズスルーイット』の
原作者でもあります。
若き頃レンジャー(森林保護隊)でもあった
マクリーンは
当時まだ火がくすぶる
実際の火災跡に足を運んでいます。
火災のあった
1949年当時は森林降下消防士の歴史も浅く
パラシュートや防火道具などの
備品の開発も過渡期でした。
いわば毎回の山火事が
開発実験でもあったといえるでしょう。
晩年の74歳を過ぎてから
当時の資料を集め、
関係者に話を聞き
実際に急勾配の斜面を登って
消防隊員が飛び降りた午後4時10分から
隊員の溶けた針が指す午後5時56分の間に
何が起こったのか
再現しようとします。
複雑な地形と気温ゆえに
当時の消防隊員達が予測できなかった
風向きの変化を発見します。
消防隊員達の経験則ではなく
移動の時間を計測し、
実際のデータを積み重ねて
事実を検証しようとします。
最晩年まで調査執筆を続ける
マクリーンの執念の姿は
年齢的に、
そしてイメージとしては
クリント・イーストウッドのような
知的で芯のある姿を想像しました。
他に、犠牲を避ける方策はなかったのか。
果たして、リーダーのドッジが放った
退避火が
後続の部下たちの退路を絶ち
逃れられない炎となって襲ったのか。
品位のある率直な文章は
誰を悪者にするでもなく
生き残った者たちの苦悩に寄り添い
将来への夢と希望を断たれた
若き消防隊員たちへの敬意をもって
事実を解明しようとします。
未完のまま亡くなったマクリーンの原稿を
遺志を継いだ方達が作品としてまとめています。
邦訳の方も、訳半ばで他界されたそうで
そこまでして後世に伝えようとした
教訓や消防隊員達の生きた証について
作者達から
なにか大きなものを
投げかけられているような気すらしました。
今は電子書籍でのみ入手可能です。
森林降下消防士(スモークジャンパー)が
主役の映画が
ちょうど公開されたので観てきました。
温暖化などの影響から
山火事が頻発しています。
避けては通れないテーマなのかもしれません。
テイラー・シェリダン監督の独自色を期待すると、正直、今ひとつ物足りませんでしたが
作品はよくまとまっていて、タフな登場人物のサバイバル能力に驚かされました。
飛行機からパラシュートで
山火事のもとへ降下する
普通の人なら感じる怖さを
一瞬、疑似体験できました。
山火事の炎の勢いも。
凄まじい職業があるものだと、
映像をみて、改めて思います。
マイケル・ルイスの祝辞は本にもなっているのですね。
能力主義に実体験を交えて疑義を唱え、
著作では
社会的地位は評価されていなくても
新たな価値観を生みだす
信念のある人々を取り上げる。
興味深い方ですね。
彼は登場人物のことばをかりて語ります。
「トランプとはすなわち、一種の共存症だったのです」
近年の動向、そして
昨年のコロナ禍の対応を総じて
一人の政治家の判断や
組織の機能不全を悪と断じるのではなく
アメリカ社会の今の有り様に
疑義を投げかけているのでしょう。
好奇心旺盛な逸材が異端者として
屋根裏部屋に追いやられるのではなく
その才能を遺憾なく発揮できる場を用意し
活躍できることが、
すぐに手に入れられる活路なのだとも思います。










