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こんにちは マダムサトコです。 本日は ”バカ正直で恨みを買う”というお話です。

 

 本日は 創世記 37章1節から読んでいきましょう。 

ヤコブは、父が一時滞在していた地、 カナンの地に住んでいた。

 

 

本日より新しい章、37章に入ります。 この37章 というのは、中心的な人物として ヤコブの息子である ヨセフと、そしてそのヨセフを思う ヤコブ の心情がこの章の影のメインの話となります。

 

 この一節というのは、物語が始まる 現在地の確認という性格を持っています。 カナンの地に住んでいたとありますけれども、 このカナンの地 というのは現在の地図で言うと

 

 

いわゆる ガザ地区 あたりとか、ガザ地区 プラス何十キロ アルファ ぐらいの感じでざっくりです。 正確な位置というのはもちろん 分かりません。

 

 1つのヒントとしては「父が一時滞在していた」の部分ですね。 ヤコブの父といえば 井戸を掘り当てる イサク ですけれども、イサクが掘り当てた どこかの井戸の集落に住んでいた 、つまり 

 

「神様がお前にこの地を与えると言われた」 地 ですし、イサクにとっては「自分が井戸を掘り当てた土地」 つまり 親子で 「ここはうちの土地だよね」 というような認識があった場所、 それが 現在の地図でいう ガザ地区 プラスアルファ ぐらいのところということがわかるわけですね。

 

 なぜここでそんなにはっきりと現在地の確認をする必要があるかというのは、この先に また書いてありますので読んでいきましょう。

 

 2節 これは ヤコブの歴史である。 ヨセフは17歳の時 、彼の兄たちとヒツジの群れを飼っていた。彼はまだ 手伝いで、父の妻ビルハの子らや ジルパの子らと一緒にいた。 ヨセフは彼らの悪い噂を父に告げた 。

 

 

2章に「これは ヤコブの歴史である」とはっきり書いてあってその後すぐに ヨセフは17歳の時に、 と書いてありますね。 

 

このヨセフというのは 

創世記の30章22から24節あたりで 、

ヤコブがこの人こそ運命の人だと愛して結婚した妻 ラケルの、

 結婚後の長い 不妊の時期を経てやっと生まれた子供です。

 

 

そして ヨセフというのは「主がさらに私に与えてくださいますようにという意味なんですね。

 

日本の昭和の皆さんは ヨセフとか ヨーゼフ とか聞くと、うっかり アルプスの少女ハイジ に出てくる雪山 救助犬のセントバーナード 首にちっちゃい赤ワインの樽をつけた ヨーゼフ を思い出してしまいますけれども、

 

 

 

 

 あの ヨーゼフ の名前の元になったのはこの聖書の ヤコブの息子である ヨセフ なわけですね。

 

 ちなみにヤコブはこの時 何歳だったかというと、 

まず ヤコブとラケルが出会ったのが ヤコブ 40歳の時。

 ヤコブとラケルが結婚したのが47歳の時。

 そこから20年から25年ほど ラケルが不倫だったまあ 22.5年として 70歳ぐらい。

 そこから17年 ですから ヤコブ 現在 87歳ぐらいということですね。

 

 まあ 70歳の時にできた子供というのもすごいんですけれども、 もう子供というよりは孫のような感覚ですよね。 孫の可愛さ というのは 目に入れても痛くないと言われるほどですけれども 、ヤコブは自分の息子でありながらも そのレベルで ヨセフを愛していたし可愛がっていたと私は思います。

 

 兄たちと羊の群れをかっていたとありますので、 この当時の一般的な職業ですね、 自分の家の家畜を増やすということを最初 していたということです。

 

 彼はまだ 手伝いで父の妻ビルはやジルパの子らととありますので、 言ってみれば、 ラケルとラケルのお姉さんのレアの子というのはそういう仕事にはついてなかった 。いわゆるそば めから出た子供たちがそういった仕事をしていた。 そこに そのような仕事を手伝いでしていたということで、この辺りからも 父親は一緒なんだけども 母親の出自で生まれた子供の扱いが違ってくる、というのも 微妙に見えたりします。

 

そして ヨセフは彼らの悪い噂を父に告げたとありますので、 小さいものであれば「お兄ちゃんたちね、 怠けてて全然動物に草を食べさせないんだよ」 というところから始まり、「 他の部族から 子羊を盗んできてるんだよ」 とかこの当時は女性でも 羊飼い というのはおりましたので「他の部族の女性の羊飼いとなんだかよろしくない関係にあるみたいだよ」 みたいな、 穏便でない噂話というものもあったかもしれませんね。

 

 そして こういったことを言ってしまう性格、 これが後々 ヨセフに大きな影響を与えてくるというところは 明日以降見ていきたいと思います。 

 

本日は ”バカ正直で恨みを買う”というお話です。

 

現代的な処世術というやつでは「自分に関係がないなら他人が何をしようとも 目を伏せて見ないふりしとけよ」 というものがあったりしますし、 バカ 正直に 真実を伝えてくる人というのが「あの人、、 ね、ちょっとね」と 敬遠されやすい 世の中ではありますよね。

 

 日本だと「外国人は何でもストレートに言って、日本人のように忖度とか気を使って何も言わないとかないから」とかいう おかしな思想を持つ人たちもたくさんいますけれども、

 

そういうのを見ると私なんかは 「あーこの人たち 外国人のこと知らないんだな」と思います。

 

私はタイに 2000年あたりから住んでますので、 日本での生活よりタイでの生活の方が長いんですけれども、

 

日本と 同じですよ。 バカ正直にものを言って喧嘩を売る人っていうのはいませんし、 言外に含めて何か伝えようとすることも同じですし、「あー、ダメだコリャ」と 思ったら連絡しないというのも一緒です。

 

 そして バカ正直な人が嫌われるというのも同じです。

 

今日の箇所のヨセフも 、黙って 目をつぶっておけばいいようなことを( もしかしたら そういうことをできない 看過できないような大きなこともあったかもしれません けれども) ただでさえ 父親にあんまり関心を持たれていない妾の子たちの気持ち、

 

 つまり 「俺は愛されてないんじゃないか」「 俺は ヨセフ に比べて関心を寄せられていない」こんな気持ちを顧みず バカ正直に言ってしまったというところからヨセフの人生が始まる、というのも また面白い点ですね。

 

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こんにちはマダムサトコです。 本日は ”双子の人生の明暗の秘密”というお話です。

 

本日は 創世記 36章40節から読んでいきましょう。

 

40節 エサウから出た首長の名は、その氏族とその場所によって、その名をあげると次のとおり。首長ティムナ、首長アルワ、首長エテテ、

41節 首長オホリバマ、首長エラ、首長ピノン、3

42節 首長ケナズ、首長テマン、首長ミブツァル、

43節 首長マグディエル、首長イラム。これらはエドムの首長で、彼らの所有地における彼らの部落別にあげたものである。エドム人の先祖はエサウである。

 

 

本日の箇所も名前がダラダラと書いてあり 「全く面白くないよね 、ここ」と思われてしまう箇所ではありますけれども、

 

この箇所は「 このように長い歴史、 民族の系譜、 種族の系譜というものがエサウ について書かれている」ということを表します。

 

 よくよく見たら、 ヤコブの一族よりも人数も多いし 広く広がってるよね、 というように見えますし、 実際 栄えていて 多くの子孫たちに恵まれていたというのは本当なんでしょうね、

 

 そして 創世記 25章の9日 書で神様が 兄が弟に仕えるとお告げになられた通り 

 

 

この聖書の時代から2026年現在まで、 ヤコブの子孫であるユダヤ人はなんだかんだ ありながらも生き延び 今も存続しているのに対し、 

エサウ の子孫というのは弟の国であるイスラエルに属し 小さな国にとどまっていた。

 

そして ちょっと時代は飛びますけれども 新約聖書時代、 いわゆる イエスキリストがこの地上に降りてきたという記録の中にヘロデ大王という人が出てくるんですけれども、 

 

このヘロデ大王というのは イドマヤ人と言ってこのエサウ の末裔である エドム人の系譜の人なんですね。そこまでは この エドム人というのが続いていたということがわかるんですけども、 それ以降は消滅していってしまった。弟の国であるイスラエルと比べると 短命に終わってしまった、ということになりますね。

 

ユダヤ人の国と言いますと今では「 戦争ばっかりしてるイスラエル」と思うかもしれません けれども、「ヤコブの末裔というのは「少ない人数であっても存続している、生き延びて生命が生まれたり消えたりはしていますけれども、 アブラハムとサラン この2人から生まれた子孫としては非常に数が多く また何百年単位で 戦乱に打ち勝ってきて 強くなっていった 。そして ダビデ や ソロモンの時には世界で最も繁栄する映画を誇った国」として聖書の中にも書かれています。

 

このエサウ と ヤコブ 双子の兄弟という、全てが 似通った2人がなぜこんなに違ってしまったのか。 これが 霊的な人間と「自分とはただ 肉体だけの存在である」と認識している人間の違いですね。

 

自分の中に神を認めるか認めないかでこれほどまでに人生が変わってくる、ということが 今日のこの「名前がダラダラと書いてあって面白くないよね」 と思われる箇所から読み取れる、 非常に 聖書的な意味と私は思います。

 

 そして「私たちは主の住まう清い宮です」 という聖書の言葉は、人間の肉体を使った何か 社会的には認められないような行為( 例えば 夜のお仕事と言われる 自分の肉体と引き換えに金銭を得ようとする人たち)にただ単に 道徳的なことを言っているのではなく、「神から預かった肉体に神が宿っているのだからそういう行為は良くないんだよ」 という場面にも使われますね。 

 

ちょっと最後は社会的な話になってしまいましたけれども、 自分の中の霊を大切にする。 自分の中の神様の御霊を大切にするという意味では共通点があるのかな、 とも思いました。

 

 

本日は ”双子の人生の明暗の秘密”というお話です。

 

双子というのは基本的には遺伝子も同じですし 生育環境も同じ。 それにも関わらず2人の人生が 明暗を分ける、 全く違う、ということは結構ありますよね。

 

聖書の中のエサウ と ヤコブ も双子なんですけれども、 物質として環境としてはどちらも同じなのに、自分の中に神様の霊があるかどうかを知っているかどうかで人生が全く変わってくる、ということが この だらだらと長く人の名前が書いてあって面白くないところから実は 読み込める 神様のお示し なんですね。

 

 そして 前半で少し触れましたけれども、 体を売る 夜の仕事の人たちに対しいわゆる キリスト教のボランティア団体 という人たちが「神様の道に戻るんだ」なんて話をそういう人たちにしてるというようなニュースはよく目にします。

 

けれども 「じゃあ私たちはどうやって生きていけばいいのよ」 なんて 開き直られたら言い返せないというか。「 神様が だけじゃ生きていけないのよ」 なんて言われたりすることも多いようですね。

 

 生活のために体を売ってはいけない ではなくて、 「あなたは神の住まう清い宮 なんですよ」 ということを分かりやすく伝えていくのが大きな使命なのかなとも 思ったりします。

 

 団体側としては 「やっちゃいるんだけどなかなか伝わらないんだよ」 というのもあるかと思いますけれども、 

 

聖書を読む一方「 潜在意識ガー」とかいう話も好きな私としては、やはり お互い「 私はこういう仕事でしか生きていけない」と思い込んでいる。「 伝えても伝えても伝わらないんだよ」 と思っている団体。

 

 このお互いの意識が現実になっちゃって話がなかなか合わないのかな、なんても思ったりします。

 

 今日はちょっと話がどちらかかってしまいましたけれども、 人間というのは肉体的な存在だけでなく、 自分のうちに 主の霊がおられる事を知ることで全てが変わってくる。今日はこのような 締めで終わりたいと思います。

 

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こんにちは マダムサトコです。 本日は ”聖書って実は 戦乱 とサツ戮の歴史の書 だった”というお話です。

 

 本日は 創世記 36章20節から読んでいきましょう。

 この地の住民 ホリ人 セイルの子は次の通り。 ロッタン シュバル セブ オン アナ 

21節ディションエツ ルディシャンでこれらは エドムの地にいる セイルの子 ホリ人の首長 である。 

22節ロタンの子は ホリ、 ヘマ、ロタンの妹は ティムナであった。 

23節 ショバルの子は次の通り。 アルワン、 マナハテ、 エバル、 シフォン、オナム。

24 節ツィブオンの子は次の通り。 アヤ、 アナ、 このアナは父 ツィブオン の ロバを飼って飼っていた時 荒野で温泉を発見したアナ である。 

25節アナの子は次の通り。 ディションとアナ娘 オホリバマ。

26節ディションの子は次の通り。 ヘムダン、 エシュバン、 イテラン、ケラン。

27節 エツェロの子は次の通り。ビル ハン、ザーワン、 アカン。

28節ディシャン の子は次の通り。ウツ、 アラン。

29節 ホリ人の首長は次の通り。 首長ロタン、 首長 シュバル、 首長ショバル、首長ツブオン、 首長アナ、 

30節 首長ディション、 首長 エツェル、」 首長ディシャン。これらは ホリ人の首長でセイルの地の首長 である。

 

 

またしても だらだらと「あんた誰 よ」というような人の名前が連なって書いてあり 面白くない部分 なんですけれども、

 

 これはエサウ がこのセイルの山に入る前には ホリ人が住んでいました。 そのホリ人という異民族はこんなように たくさんの人がいましたよ。 という記述なんですね。

 

そしてそもそも セイル山と呼んでますこの場所、山の名前の由来は この地の住民 ホリ人 セイルが元々 住んでいるので セイルの山と呼ばれていた、というのが ここからわかるわけですね。

 

エドム というのは これらの人々を追い払って、 このセイル山に住み着いたであろうということが ここから 予測できますね。

 

 誰々が何々が と書いてあり、なおかつ 異民族 聖書の神を知らない人たちの人物の名前なので、これらの人たちの名前をいちいち解き明かすことはしません けれども、

 

 この中で1つだけ「わざわざ こんなこと書くかな?」と思う箇所がありますね。

 

 24節 このアナは父 ツィブオン の ロバを飼っていた時 荒野で温泉を発見したアナである。

 

これはつまり 荒野の中、いわゆる 砂漠での出来事であり、温泉とありますので とりあえず 水が湧いているということを示しているのだとすると、

 

このアナというのは 水脈を当てた人物であり、 それは 聖書の時代では 神によって恵まれた人という意味も含めますので、 このアナという人物は その後 またどこかで出てくるかもしれませんね。

 

温泉 と聞くと日本人的には「大きな湯船があってそこにドボーンと浸かって」というイメージがありますけれども、 この辺りではいわゆる 地熱などで 非常に湿気の多い状態の場所が見つかったなのかもしれませんね。

 

温泉と書くと やっぱりドボンと浸かる温泉をイメージしてしまいますけれども、 とりあえず1つ言えることは「それなりの 水脈を見つけた」という意味であろうと ここには しておきます。

 

 31節 イスラエル人の王が治める前 エドムの地で納めた 王たちは次の通り 

32節 レオルの子 ベラがエドムで納め その街の名前は ディヌハバであった 

33節 ベラがシぬと代わりにポツラから出たゼフラの子 ヨバブが王となった 

34節ヨバブがシぬと代わりにテマン 人の力 出たフシャムが王となった

35節 フシャムがシぬと代わりに モアブ の地でミディヤン 人を打ち破ったベダデの子 ハダデが王となった。 その町の名は アビテ であった。

36節 ハダデがシぬと代わりにマスレカが出たサムラが王となった

37節 サムラがシぬと代わりにレホバ テ・ハナハル から出たサウルが王となった

38節 サウルがシぬと代わりにアクボルの子 バール ハナンが王となった 

39節 アクボルの子 バール ハナンがシぬと代わりにハダルが王となった。 その町の名は パウ であった。 彼の妻の名はメタブエルでメ ザバブの娘 マテリでの娘であった

 

 

 

まあ面白くないところは 早く終わらせようと思って無理やり31から39まで全部読んでみました。

 

 この家系図で名前と出身地と誰々がシんでどうのこうのと書いてあるのは、一族が増えるに従って散らばって行って それぞれの民族となっていき 親戚同士で争った、ということなんでしょうね。

 

遠くの親戚より近くの他人という言葉がある通り、 また日本でも殺人事件の半分というのは身内の間で起こると言われておりまして 、

 

人間の争い というのは もともと1つだったところから生まれてくる 皮肉、というものをこの箇所から感じることができるかもしれませんね。

 

 

 本日は ”聖書って実は 戦乱 と殺戮の歴史の書 だった”というお話です。

 

 聖書と言うと 「神様の言葉ガー」とか「なんか変な宗教をやってる人たちが読む本?」 とか「 難しいことが書いてあってよくわからないんでしょ?」 とか 「誰か知らない人の名前がずらずら書いてあって 全然面白くない」とかいろんな言われ方がしてますけれども、

 

私としては 、旧約聖書というのは人間の戦乱 とサツ戮の記録が書いてあるのかな、という気が非常にしてます。

 

 もちろん 詩篇 だとか イザヤ書とか、文学的にも素晴らしい そして 神の言葉を明確に伝える書物 ももちろんあるんですけれども、

 

 神を見上げない 人間の愚かさ、 それが戦乱 と殺戮の記録である。 その愚かな人間を愛してやまない神様の言葉。こういったものをまとめた書物なのかなという気がします。

 

 今日は一気に面白くなさそうな部分を読み上げましたけれども、そういった箇所は「こうやって人間が愚かなことをしつつ、 それでも神様が守ってくださり、 神を知らなくとも 聖書の時代 6000年前から、今となってもこの人たちの子孫が現在も生きている歴史である」と言えるとかと思います。

 

 

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こんにちはマダムサトコです。

本日は”肝心なことは書かれていない”というお話です。

 

本日は 創世記 36章15節から読んでいきましょう。

エサウの子で主首は次の通り。 エサウの長子エイファズの子では、首長テマン、 首長オマル、 首長ツェフォ、首長 ケナズ、 

 

 

16節 首長 コラ、首長ガタム、首長アマレクである。これらはエドムの地にいるエリファズから出た首長で、アダの子である。

 

 

17節 エサウの子レウエルの子では、次の通り。 首長ナハテ、首長ゼラフ、 首長 シャマ、 首長 ミザ。 これらは エドムの地で レウエルから出た首長で、エサウ の妻 バセマテの子である 。

 

 

18節 エサウ の妻オホリバマの子では、次の通り。 首長エウシャ、 首長 ヤラム 、首長コラ である。 これらはエサウ の妻で、アナの娘であるオホリバマから出た首長である。

 



19節 これらは エサウ、すなわち エドムの子で、 彼らの首長 である。 

 

 

 

ダラダラと誰だかわからない人の名前が書いてあり、聖書の中でも面白くない場所だと思われる箇所ですが、

 

私この家系図に 並べてある順に番号を振ってみました。

 

コラ とヤランという名前が 2回ずつ出てますね。伯父と甥で同じ名前を使っているのがわかります。書いてある 順番から見ると 全員で14人、 名前が上がっている中で特筆すべきは愛、そばめですね 当時の言葉で言うと、 正式ではない間柄から生まれたアマレク子供というのが 7番目に出てきます。

 

この書いてある 順番が聖書の中の登場人物なのか、 ただ単に 年功序列なのか、はたまが奥さんの重要性の順番なのか、は分かりませんが、これからの聖書の中の争いの歴史というもの 実は 表してたりするんではないかと思います。

 

 

 まずアダというのは ヘテ ジン の出身であり、 これは昭和の名作漫画である ”王家の紋章” という漫画の中のヒッタイト人 イズミル王子という登場人物が出てくるんですけれども、 このヒッタイト人の元となったのがヘテ人。 つまり 好戦的ですぐ戦争しかない 民族出身である あだ 第一夫人から生まれた子孫たちは1番目に重要というような書き方がしてありますね。

 

バセマテとはイシュマエルの娘、 つまり アブラハムのそばめから生まれ男の家系ということに血が濃いですし、ヤコブの民族に対して穏やかでない感情を持っています。 

そして オホリバマですけれども、 これは ヒビ人の出身です。ヤコブの娘であるディナと婚前交渉をしたということでヤコブの息子たちがその全部部族を潰してしまったという、 これもまた 因縁のある の出身の詰まったということですね。

 

 

元々 親戚だったものが分かれていき、それぞれ 民族を作っていき、 ここに多くの ヤコブの一族に対して いかにも よくは思っていないルーツを持つ者たちが激増しているという言い方もできるわけです。

 

 それぞれの出身と背景を描く、すなわち イスラエル人の苦難と戦いの歴史というのが この「ザラザラと名前が書いてあって何が面白いかよくわからない」と思われがちな記述の中に意味が潜んでいるということが分かる場所です。

 

本日は”肝心なことは書かれていない”というお話です。

 

 会社でも政治の中でも、「 YouTube で色々言ってるけど、 肝心なことは何も言ってないよね あの人」と同僚や政治家に対する批評がありますね。

 

 一見そう見えても、ここに書かれていない重要な背景情報というのが、 前半でお話ししました通り 「妻の出身 民族」です。

 

つまり、 これらのものは子供を 育てる時にきっと自分の出身 民族とヤコブの民族との間で 起きた問題を言い聞かせている、無意識に敵意を持つように育てたんじゃないか。 そして何よりもエサウ が嫌っていたというのが子供たちにも伝わり、より ヤコブの一族=イスラエル人ユダヤ人を嫌いになっていった。

 

字には書いてないんですけれども、 そのような予想が容易にできる場所ということですね。

 

聖書というと「神様の言葉ガー」と言いがちですが、内容としては人間の戦乱の歴史が書かれていることも本当に多いのです。それがこれから聖書で展開されてきますので、それをまた皆さんと一緒に読んでいきたいと思います。

 

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こんにちは マダムサトコです。 本日は ”正妻 より愛人 優先?!” というお話です。

 

 本日は 創世記 36章9節 から読んでいきましょう。

 これがセイルの山地 にいた エドム人の先祖 エサウの系図である。

 

 

 この文章はサクッと読むと、エドム人の先祖 エサウはどのようにして自分の一族を築き、 そしてその後 子孫を築いていったか、ということです。

 

しかし私はこの文章のポイントは実は「セイルの山地 にいた」という点じゃないかと思っています。 距離的に言えば、 ヤコブ たち が滞在していた現在でいう ガザ地区から直線で200km ぐらい離れたところです。 日本の地図で言うと、 東京から那須塩原とか 伊豆半島の南端の下田など、 皇族方の保養所 というか お休みどころ というか 別邸があるぐらいの距離感ですね。

 

 ヤコブの側から見たら「まあ 1年に1回か2回、 たまに行くかな」という感じの距離感ですね。 そして 当時は 今のように車も電車もありませんから、 1年に1回ぐらい会いたい(と思ったかどうか ちょっと分かりません けれども)としてもそんなに 頻繁に 顔を合わせる距離でもないかな、というところですね。

 

 特にエサウ と ヤコブというのは すでに高齢ですから、 本人たちが顔を合わせなくとも 若い子孫が引き継いで頻繁に親戚同士の行き来をするかというと、 それもちょっと考えづらい 人間関係もあったりとか。

 

そんな背景の中 あえて 「セイルの産地 にいた」、 つまりどっちかというと交流を拒否していた没交渉だったということが この「セイルの産地に」 という一文に隠れているような気がします。

 

 そうやって一族との交流を拒否したエサウというのが、 これからどのように広がっていくか ということを見てみましょう。

 

 10節 エサウ の子の名は次の通り。 エサウの妻 アダの子、 エリファ ズ、 エ サウの妻バセマテの子 レウエル。 

 

11節 エリ ファズの子はテマン、オマル、ツェフォ、ガタム、 ケナズである。 

 

 

12節 ティムナはエサウ の子 エリ ファズのそばめで、エリファスにアマレク を産んだ。これらはエサウ の妻 アダの子である。

 13節 レウエルの子は次の通り。 ナハテ、 ゼラフ、シャマ、ミザ。 これらはエサウ の妻 バセマテの子であった。 

 

 

14節 ツォブオンの子アナの娘でエサウ の妻 オホリバマの子は次の通り。 彼女はエサウにエウシュとヤラムとコラを産んだ 。

 

 

ザーッと読んでみました。「 聖書って だらだらと 人の名前が書いてあって何が面白いのか全然わかんないや」という方達がいらっしゃるんですけれども、 そういう人たちは不幸にして最初に 聖書に触れたものが こういう感じの「もう、お前誰だ よ」というような、名前の連立 が書いてあるところに触れちゃったんでしょうね。

 

いきなり創世記36章で 触れるということはないと思いますので、 多分 新約聖書の最初の書 ・マタイの福音書の最初の部分 なんでしょう。

 

まあ 確かにね 面白くないですね。そんなずらずら書かれてもね、ていうところが 私たちの気持ちとしてはあります。 

 

この箇所からわかることは、エサウ の 孫まで、 つまり エサウ が生きている間に見た自分の子孫ということなんでしょう。

 

これをざっくり家系図にしてみました。 本来でしたら 今時 エクセル だの パワポ なんかでこんな図は 簡単にできると思うんですけれども、「 エクセル なんて 2010年代に勉強した それっきりだ」なんていうアラフィフの私としては、 まあやっぱり手で書いた方が早いよね ということで紙と鉛筆で書きました。 

これが 稚拙でしてねー。世代別に書いてはいるんですけれども、 定規 なんか使わずに手でザクザク と書いてしまったものですから、 さすがに スキャンしてのせるのもどうかなということで ここではお披露目しませんが。

 

家系図から言って、 世代別にセグメントすると、エサウ に対して妻が3人、子供が6人、 孫が10人という 図ができました。

 

この家系図の面白いところでは、 12節のティナムはエサウ の子 エリ ファズのそばめで、

 

 

今の言葉で言う ”愛人” という言葉が書いてあるんですね。

 

現代的な愛人の意味と聖書の時代のそばめというのは 意味も役割も違いますので、 現代的な愛人 という言葉で表現していいのかどうかはちょっと審議 かなと思いますけれども、 イメージしやすい 立場としては愛人ですね。

 

それも子供を産むためだけの愛人ですから、 今時のように買い物を楽しむとかお金が目当てで付き合うとか(その面はなきにしもあらずだとは思いますけれども)よりも、一番の目的は子供を産むこと 産ませること、 という人間関係もしっかり ここに書いてあります。

 

そしてエリ ファズの正妻の名前は書いてないのに、 そばめのティムナの名前は 聖書に書いてある。ということで、 この子供 アマレク というのが 今後 また聖書に色々出てくる 民族の一人になっていく。という 伏線がここにも貼ってあるということが分かりますね。

 

 本日は 正妻より愛人 優先?! というお話です。

 

現代の家庭環境でこんな”正妻 より愛人を優先して名前を残した”なんて言うと ドラマのネタにされるぐらい 大騒動になりますね。

 

このエサウ の家系図からわかること というのは、エサウ という人物は神との対峙 神との語らいよりも外を走り回ったり暴れたりすることを好む人物だと聖書に書かれています。

 

それでも子供6人に恵まれ 孫は10人、 そして明日からはその人たちが さらにそれぞれの民族を作っていく、という歴史なわけですね。

 

神の言葉でいう「 うめよ増えよ 地に 満ちよ」 を信じていなくとも、神の恵みというのは全ての人に与えられ、 子孫が繁栄していく様子というのを見ることができます。

 

その場面は また明日以降を見ていきたいと思います。

 

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こんにちはマダムサトコです。本日は”物理的距離は=心理的距離だ”というお話です。

 

本日は 創世記 36章6節から読んでいきましょう。

エサウ は その妻たち 息子 娘たち その家の全てのもの、 その群れとすべての家畜 カナンの地で得た 全財産を携え 弟 ヤコブ から離れて 他の地へ行った

 

 

 この”肉親同士が自分の一族とそして財産を持って 決別し違う土地に向かって移動し そこで生きていく”、 この光景 どっかで見たことあるんじゃね? と思った方も多いかと思います。

 

こちらですね、 創世記の13章です。

 

 

 ですから アブラハムの時のシーンとこのエサウ と ヤコブが分かれて住むというのは、いわゆる 伏線の貼りどころと 回収 どころ 、とも言えるわけです。

 

 現代的には 伏線の貼りどころ 回収 という言い方をしますけれども、 これは

人間の性質、 人間というのは誰であれ いつの時代であれ 似たような立場になればやることも 似たようなことだ、 

当初は肉親として一緒にいたとしても、 それぞれの求めるもの移行が違い やがて別れていく。

 

このような人間関係を表したものにも見えます。

 

私としては神が イサクヤコブの一族に「この土地にいなさい」 と与えた場所から離れていく、 これはまるで神が作った紙から離れて エデンの園から出て行って 別のところに住むアダムの姿。

 

 それを このエサウ で書いているということは、エサウは自分の子供に神様関係の名前をつけながらも、やっぱり 神から離れていった人物である。

 

こういうことも行間として読めるんじゃないかなと思います。

 

 7節 それは2人が共に住むには 彼らの持ち物が多すぎて彼らが滞在していた土地は彼らの群れのために彼らを支えることができなかったからである

 

 

 離れた理由は財産が多すぎるため、 という理由がここに書いてありますね。

 

当時の財産というのは ヤギ 羊 牛 などです。家畜をどれだけ飲ませて食べさせることができるかが重要で、今住んでいる土地は 十分に養えるほどその土地に水や草木がなかった、ということが ここからわかりますね。

 

もう一つ 意地悪な目線で見ると、エサウ と ヤコブというのは 双子の兄弟なんですけれども、

エサウ は 常に ヤコブを警戒していた。

 もし自分たちが身近に暮らしていたのであれば、 もしかしたら俺は ヤコブに襲われて自分の財産を奪われてしまうかもしれない。

 それだったら離れて暮らした方がいいだろう。

 

こんな計算もあったんじゃないかなと思います。 つまり 現代的な人間の感覚と変わらず、近すぎる 肉親は争いのもとである、 お互い離れて接触しない方が良い人間関係が保てる、 そして離れた方がさらに自分の財産を増やすことができる。

 

かなり 金銭欲からこの行動をとったという風な目で私は見てしまいますけれども、 皆さんはどう思われるでしょうか。

 

 8節 それで餌はセイルの産地に住み着いたのであるエサウ とはすなわち エドム である

 

 

 このセールの山という場所を地図で確認してみましょう。

 

 

 現在の地図で言うと ヨルダンに含まれるところですね 。山地に住み着いたとありますので、 地図から見ても川 いわゆる 水源は結構なかった地 なんじゃないかなと思います。 つまり 割と生活が厳しいうちに行ったんじゃないかということが ここからわかりますね 。

最後に エサウとはすなわち エドム である と書いてありますけれども、 これはこの後 エドム人という形で ヤコブの子孫であるユダヤ人 またイスラエル人と長く対立していく 民族となります。 

 

元々は同じ民族だった 元々は兄弟だった、 しかし 人間的な感情や金や財産 また信仰心の違いなど、目に見えるもの 見えないもの全ての価値観が違う。 最も近しい間柄である 兄弟 であってもそれらが明確に違っていた。 それゆえに 今後 歩む人生が大きく変わってくる。

 

このような背景がここから見て取れるかと思います。

 

 本日は ”物理的距離はイコール 心理的距離だ”というお話です。

 

夫婦関係 恋人関係 なんかでも「 一旦冷静になるために一度 距離を取りましょうか」ということ よくありますよね 。未練がある方 執着がある方は「分かった」と言って ぐずぐず 待っているんですけれども、

 

 言い出した方の心境としては「もう戻る気はない」というつもりで言ってるんじゃないか と 私は常々思っています。

 

 このチャンネルを聞いてくださっている 昭和生まれの皆さんも、人生の中で何回かはそういうことを言ってこられたんじゃないかと思うんですけれども、

 

「 一旦離れて一旦冷静になってゆっくり これからの2人のことを考えたいの」なんてセリフは、2人の共にある未来じゃなくて別々の道に行きましょう という話なんですね。

 

 そしてこの7節では「もうお前と一緒にいるのは嫌だよ」と直接的には言わず、「 いやー ここの土地が十分じゃなくてね」 なんて 別々になる要因を外に言い表していますが、 実は別れたい理由というのは 人間関係にあった、というのが 私の見立てであり

 

 何千年経ったとしても あーもうこれ ダメだなと思った人間関係の時には、「いや仕事が忙しいのでちょっと会えなくって」 とか「 一旦 ちょっと冷静になって」なんて言いつつも、 言ってる方の心境としては「あーもう二度と戻る気はない」ということを思ってますね。

 

 人間の心境というのも 何千年も変わらない人間というのは アダムとイブの時代から全く変わってないものだなあ、ということもまた 思ったりする箇所でした。

 

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こんにちはマダムサトコです。 本日は”ハゲとか 毛深いとか、もうちょい 名前 考えてつけろよ” というお話です。 

 

本日は 創世記 36章4節から読んでいきましょう。

 アダがエサウに エリファズを生み、バセマテ は レウエルを生み、

 

 

ここではエサウ の妻たちが次々と 子孫を生んでいった、子孫を増やしていった、という記述があります。 

 

子供の名前の意味をちょっと見てみましょう。

 

エリファズですが、エリとは一般的に ヘブライ語の神様という意味、ファズ 洗練された 金、 純金という意味を合わせて「 私は神の金である」とか「神は 精錬する、神は私を鍛え上げる」 こんな意味があるということです。

 

そして バセマテはレウエルを産み、のレウエルというのは「神様の友」という名前です。 現代的に言うと ローレルとか、女の子の名前でしたら ラウラとか、そういった形で現在にも残っている名前です。

 

昭和の皆さんで車好きな方だと、「確か 昭和の時代にそんな名前の車があったよね」 と思い出される方も多いかと思います。写真はネットから拝借しました。

 

 

もしかしたら その名前の由来 も聖書から、なのかもしれないですね。

 

私がここで 意外だなあと思ったのは、 ヤコブと比べて神に関心を示していない人物として聖書に書かれているエサウが、案外 子供の名前には神に関連した名前をつけている、という点です。

 

もちろん、エサウ が 祖父のアブラハム から伝えられている神を思ってつけたのか、異教徒である妻をめとってそれらに影響されて アブラハム が示した 神とは違う神を思いながらつけたのか 、この辺りは分かりません。

 

とりあえず この2人は 神に関する名前がついている、と見受けられます。

 

 5節 オホリバマは エウシュ、ヤラム、コラを産んだ。これらは カナンの地で生まれた エサウの子である。 

 

 

ここに他にも名前が出てきます。名前の意味を見ておきましょう。

 

エウシュというのはイエスとか イエズス とか、 非常に音が似てるので神様ってつけたんだなと分かります。

 

もう一つの説で、 父であるエサウ が自分に似た名前をつけたのではないか、というものがあります。エサウ というのは毛深いという意味なので、 この子が毛深い子だったんだろうな、ということもちょっと界間見えて面白いですね。

 

 赤ちゃんのうちから毛深いってすごいな、と日本人的には思いますけれども、私としては いきなり背中や腕がももうと毛が生えていたというよりは、 眉毛がガッツリ かもめ眉毛でつながっていた。そんなような意味なんじゃないかなと思います。

 

ヤラムというのは、 ヤハベは高きにおられるという意味だそうでして、 これもまた 神様に関する名前ですね。

 

ここまではあーなるほどな と思うんですけれども、問題は 最後のコラです。 

 

なんとこの コラ という名前は”ハゲ”という意味があるそうです。 いやちょっと待って、 いきなり赤ちゃんが生まれた時点でハゲって それはないだろうw、と思ういますね。

 

 現代的な栄養学で言うと、 栄養が母体からきちんと回っている赤ちゃんっていうのは、髪の毛がお腹の中で1回全部抜けて生まれてくるらしいですね。 私も中途半端な 伝聞で素人の発言 なんで違ってたら ご了承いただきたいと思うんですけれども、 そういう意味ではこの3番目の子は非常に栄養が良かった状態で生まれた。 何らかのエサウの家庭の経済事情が良かった 。もしかしたら そういうことも見受けられるかもしれません。

 

 そうすると 先ほど エウシュエサルと同じく 毛深かったのかもしれないという赤ちゃんというのは、私としては 眉毛だけがやたら濃かったのだろうと思ったんですけれども、栄養 事情が良くない中で生まれた子というエサウの家庭の財務 背景 なんかも微妙に見えたりする箇所なのかなと思ったりもします。

 

 そしてこのコラというハゲという名前なんですけれども、 聖書の中に 詩篇 と呼ばれる 世界最高の詩が集まっている箇所があり、 そこの中で”コラのリードに合わせて歌う”というような場面が何回か出てきます。

 

もちろんエサウの子のコラと詩編のコラは全くの 別人物なんですけれども、 コラとは詩篇の中では悔い改めの象徴となっているので、エサウ の心境としては エルシャ やらヤラムと神様の名前を付けて最後に 「悔い改めました」 という名前を( 後付けではありますけれども)つけているというのが、エサウ の人生もまたこの名前から推し量られるかな と思います。

 

このエサウ の子孫たちが現代で言う パレスチナ人の祖となり、ユダヤ人 /イスラエル人 と呼ばれるヤコブの子孫たちと ずっと争っていく、という系図がここに書かれているということになります。

 

本日は”ハゲとか 毛深いとか、もうちょい 名前 考えてつけろよ” というお話です。

 

ネコの名前でモサモサちゃんとかはつけたりはするけども、 ハゲはないだろうと思いますね。

 

 昭和の我々がイメージするハゲというのは、 サザエさんの父の波平さんハゲではありますが、 聖書の中のハゲというのは昭和で言う いわゆる ザビエルハゲです。画像はネットから拝借しました。

 

 

神様が自分の上にいる、 その場所をきれいにしておく、 清浄にしておく、という意味で 頭頂部を剃るということがあります。

 

今回の箇所の場合、生まれてきた子供にいきなりハゲですからね。 もうちょい なんかあるだろうwと思います。

 

当時は今と違ってハゲという言葉に敏感に反応するということがなかったのですかね。 もしくはハゲと言う とおいおいそんな名前!と思うんですけれども、 気持ちとしては

 

生まれた時から この子の上には神がおられる、

 

まあそういう意味でつけたのかな?という希望で 今回は締めてみたいと思います。

 

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こんにちは マダム サトコです。 本日は”男は女に影響されやすい” というお話です。

 

本日は 創世記 36章3節から読んでいきましょう。

 それに イシュマエルの娘でネバヨテの 妹バセマテである

 

 

イシュマエルって何だっけ?と 思う方も多いかもしれませんね。

 

ヤコブのおじいさん、 ユダヤ民族のそである アブラハムが、なんと 86歳の時に妻のサラから若い エジプト人の女性 ハガルを妾として与えられ 、アブラハムの長男として生まれてる子 ですね。

 

でもこの イシュマエルというのは、 アブラハムに神様が約束した「 生まれるべきもの、 神に祝福されたアブラハムの財産を受け継いで生きていく 民族の祖となるものとして 約束された子」じゃなかったんですね。

 

 イシュマエルはアブラハムが85歳 -86歳ぐらいの時に生まれたのですが、 その15年後なんと アブラハム 100歳サラ 85歳ぐらいの時に夫婦の契りがあり、 正妻 である サラ から イサク が生まれました。

 

 現代の人間としては「100歳で男性機能が まだあった? そして 85歳で女性の方も子供が生まれた??」なんて肉体的な面 ばかりに注目して うっかり見てしまう箇所ですけれども、 

 

聖書全体に流れる 「神に不可能はありません」 という言葉は、 このアブラハムの正式な 後継者であるイサクは父親が100歳母親が85歳の時に生まれた。 こんなところからも界間見ることができるかと思います。

 

そして15歳になって、 つまり 15年間はアブラハムの後継者は「もうこの子しかいない」ということで イシュマエル 本人も 蝶よ花よと育てられ、 イシュマエルを産んだ ハガル も 部族内ではそれなりの地位で大切にされてきたんでしょうが、

 

なんと15年経って正式な 後継者が生まれました。 聖書では イシュマエルが子供のイサクをからかったと書いてありますが、私はそこに 「もしかしたら イシュマエルが イサクの首に手をかけた、自分の地位を脅かそうとする イサクをこの世から消そうとしたんじゃないか?」と私は思います。

 

それに怒ったサラ、 「ハガル も イシュマエル もこの部族から追放してしまえ」とヒステリックに叫び、それに アブラハムが従って この2人を 野に放った。

 

 そして荒野で ハガルは自分 そして自分の可愛い子供 イシュマエル が命を落としかけた時、神がその声を聞いて 命を救い、イシュマエルはその後 野をかけるものとなった。 

 

つまり 定住して農耕 というよりは、 遊牧民として移動したり 時には 遊牧民同士で争って相手の財産を奪ったり、なんていうことがあったようです。

 

そのような、 言ってみれば アブラハムを始めとする 本家の筋の人間と様々な わだかまりがある 傍流の家の子がイシュマエル と言えるわけです。

 

 イサクの双子の息子の長男の方であるエサウ というのは、この傍流でそして自分たちの一族にあまり良い感情を持ってない親戚の筋から妻を得ていた、ということですね。

 

ということは、エサウという人物は 3人の妻がいたわけですけれども、 3人とも自分の一族に対して良くない感情を持ってた人たち( もしくは持ってしまった人たち)の中から妻をめとっていた、ということが ここからわかります。

 

 

 そして男性というのは、女性が言うこと 女性がやることに非常に簡単に影響を受けやすく、女性が行っている 習慣になじみやすい 巻き込まれやすい性質があります。

 

自分たちと信仰や文化の違うものたち、 また自分の身内を悪く言うもの、 もしくは悪感情があるものにたやすく 流されていった、たやすく 同調されていった。

 

特にエサウは ヤコブとの相続の話で自分の出身家庭には いまいちな感情があったと思われますので、 妻から影響を受けて何なら「俺が自分の出身部族を潰してやろう、 消滅させてやろう」 ぐらいに思っていたということもここから想像は固くないかと思います。

 

本日は”男は女に影響されやすい” というお話です。 

 

聖書の中で最初に女に影響された男と言うと、 もちろん アダムですね。 エヴァ(女_にそそのかされてうっかり 神様との約束を破って 知恵の実を食べてしまった。

 

 創世記の主人公の一人である アブラハム。 サラという奥さんがいたんですけれども これがどうやら 恐妻家だったようで、「妻の言うことには大人しく従っとけばワーワー言われなくて済むから そうしよう」と思っていたかのような行動も散見されます。

 

イサク。 リベカ が妊娠中に「生まれてくる双子のうちの弟がこの家を継ぐものだ」という言葉が神に与えられれ、その言葉にイサクも影響されて弟である ヤコブに財産を与えると宣言した。

 

ヤコブ。ヤコブ に対してはラケルが強権的に何か言ったという記述は見受けられませんが、 4人の奥さんを持って 奥さんとの人間関係、 奥さんとの間に生まれた息子たちの人間関係というものが様々あった、ということが記述してあるので やはり女性から 影響を受けたということも言えるかと思います。 

 

現代の私たちの生活として、昭和 は「お父さんの権威」ということで 「男が大事なことを決める」というのはありまして 男がリードしているように見えたんですけれども、

 

 本当は昭和の時代も 令和の現代も「女が家を取り仕切ってる、女の方が 影の将軍や 闇将軍として家庭を仕切ってる」ということも多いんじゃないかと思います。

 

そして「 夫婦は似ている、夫婦は似てくる」というのは 実は女が男に影響を与えて男が女の色に染められている、というのが人間の実情なのではないでしょうか。

 

 聖書の時代のアダムとエバ から人間の本質が変わらない。 その証の一つなのかなとも 思います。

 

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こんにちは マダムサトコです。 本日は”敵は身内に潜んでいる”というお話です。 

 

本日は 創世記 36章1節から読んでいきましょう。 

これはエサウすなわち エドムの歴史である。

 

 

1つ前の章 35章の最後で、双子であるエサウ と ヤコブの父 イサク が180歳で亡くなったという記述がありましたね。

 

 

 そしてこの36章は、 双子のうちのエサウ の方、 神に選ばれている方の息子ではないが、 遺産相続で争った後 20年またヤコブが帰ってきて イサクがなくなるまで60年、 ざっくり 換算で80年 、本来は神に選ばれた方の息子である ヤコブが治めるべき 土地を実効支配している。実効支配とは持ち主でないものがその土地に入り込んで 居座っちゃってる状態ですね。 その状態を80年間続けているということが ざっくり 計算からわかります。 

 

そのエサウについての記述が この 36章です。 この36章 というのは、「 神に選ばれていない土地に執着する、 居座る、 ここは全て俺のものだと言い張る。 そういった行為が最終的に人間をどのような道に導いていくか」を表すように思います。 

 

この1節ではエサウすなわち エドムの歴史とありますけれども、 もう少し深読みしてこの説を見てみましょう。

 

 神の言葉に従わないもの、 神を軽んじるもの、 神に目を向けようとしないもの、 このような人間 そしてその子孫というのは、どのような 顛末を迎えるのか。 

 

こういったことが この 短い 「エドムの歴史である」という言葉に隠されているんじゃないかと私は思います。 

 

2節 エサウ は カナンの女の中から妻をめとった。 すなわち ヘテ人 エロンの娘 アダと、ヒビ人 ツィブオン子アナの娘オホリバマ。

 

 

これは 創世記 28章1節

イサク は ヤコブを呼び寄せ 彼を祝福しそして彼に命じていった 。「カナンの娘たちの中から妻をめとってはならない。 

 

 

この言葉に思いっきり 反してるということが ここからわかります。 

 

カナンというのは 現在の地図で言う イスラエルがある あたりの地域のことです。 そしてカナン人というのは 、アブラハム イサク ヤコブと継がれてきた 生ける唯一の本物の神、 目に見えない神を信仰する人たちと違い、 

 

偶像礼拝 だったり 神殿娼婦だったり、 父親が誰かわからない子供が生まれたら 「神様への捧げ物だ」なんて言って生きているのに熱くねした鉄板の上に乗せて焼いて 捧げるなんてことをしていた人たちです。 

 

自分たちの文化 価値観とは非常に相容れない生活をしていた人たちでして、2026年 現代の言葉で言うといわゆる パレスチナ人のことです。 

 

つまり 宗教観の齟齬だったりとか自分たちの文化 背景の違いから の争い というのは、もう この聖書の時代 6000年前から始まっていたことです。 

 

ヘテ人 誰々の娘誰々ヒビ人 誰々の子 誰々と書いてありますけれども、 このヘテ人というのはこちらですね 創世記10章15節などに出てきます。

 

 

ヘテとは ノアの方舟のノア、息子にカナンというのがいまして、 ノアは自分の恥ずかしい姿を見られて 「カナン、 お前なんて 呪われろ」とすごいことを言うんですけども、 このノアの子孫がカナン人でありヘテ人です。 

 

昭和40年代生まれぐらいの女性には非常に懐かしい漫画、”王家の紋章” 、 その中に出てくる”ヒッタイト人のイズミル王子”、 もう 絵が浮かぶ人がたくさんいらっしゃると思いますが、 このヒッタイト人の元祖とも言われるのがヘテ人です。

 

ヒビ人、 これは ヤコブ が 今で言う ヨルダン川西岸地域にうっかり留まってしまった時に、自分の娘が地元の民族であるヒビ人 とよからの関係を持ったから、

 

 

と言って ヤコブの息子たちがヒビ人の町を襲って全滅させてしまった、という記述があります。

 

これらから、エサウ というのは「呪われよ」と言われた人物の子孫、 またヤコブに恨みを持つ民族の出身女性、という人たちと結婚していたということですね。 

 

呪われてる アンド 恨みを持つ 、もうなんかどうしようもない コンボ という感じですが、そういった人たちを嫁にとっていたエサウという人間像が ここに書かれているわけですね。 

 

本日は”敵は身内に潜んでいる” というお話です。 

 

この 人間関係を見ると、人間の争い というものが身内から起こっていることがほとんどである、というのが分かりますね。 

 

エサウ自身も 「自分がこの土地を実行支配はしているが、自分に与えられたものではない」というのはよくよく知っていたと思います。 

 

それでも霊的な語りかけのない状態での人間というのは、目に見える財産が最も大切なものだと思い込み、「 神様の言葉なんて聞いているよりも この土地が欲しい、 あの家畜が欲しい」といわゆる 物欲というものを発揮していくことが多いのではないでしょうか。 

 

昭和生まれの皆さんはもうどんどん 相続人となっている人が多いと思いますけれども、 精神的に未熟な人ほど物を欲しがる。 俺がこの財産を全部引き取るんだと言い張ったりする。 そんな場面に出くわしている人も多いと思います。 

 

この人物もこれから先 、精神の未熟さにより 結局神に目を向けない人生へと向いていき、その顛末 がどうなるか。 また明日以降 皆さんとともに見ていきたいと思います。

 

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こんにちは マダムサトコです。 本日は”180歳? 年金 不正受給?”というお話です。 

 

本日は 創世記35章28節から読んでいきましょう。 

イサクの一生は180年であった 。

 

 

前回の箇所で、 ヤコブがイサクの元に戻ってきた時に イサクの年齢はだいたい120歳から130歳ぐらいだろう、という試算をしました。計算上はヤコブが帰ってきてからまた50年か60年ぐらい生きたということになりますね。 

 

現代的な寿命で考えると、50年ぐらい生きた時点で (現在の私 。アラフィフで昭和40年代半ば 生まれ)もう十分 よろよろ。 なのに 120歳という さらによろよろの状態で、そこからさらに50年生きるなんて、 まあ よろよろ でヨボヨボ だったと思います。

 

とりあえず、180年生きたとありますので、 非常に長生きでした。

 

これは、 イサク は ヤコブが帰ってきて 改めて 

 

「この地を ヤコブ に 引き継ごう。

 

しかし ヤコブがいない 20年の間、神様に選ばれてない方の息子 エサウ が 多民族から嫁を取り、このヤコブに継がせるべき 土地を いわゆる 実効支配 のような形で納めちゃってる。

 

今更改めて ヤコブに継がせると宣言する、これはまた大きな喧嘩になる原因だというのはよくわかってる。」

 

イサクには様々な葛藤があったと思います。 これの解決法としては「そうだ!自分がシななければいいんじゃないか?!」と思ったのかもしれませんね。 

 

人間としては非常に面白いというか、 「そんなことありえんわw」というような解決策ですね。 しかしこの180年生きたという記述から見ると、 イサクは本気で自分がシななければ、 そして自分が生きている間に(もしかしたら、 ですよ) この地を実効支配してしまっている エサウがナくなったのであれば、 それはもう スムーズに ヤコブに この地を与えることができる」と真剣に思っていた、のかもしれませんね。

 

 それがこの「180歳まで生きた」の記述の理由、もしくはそこまで生きながらえたイサクの気力、「神に選ばれた息子の方に この土地を引き継がせるまで、俺はシねない」と思っていたことの表れかもしれませんね。 

 

29節 イサクは息が絶えてシんだ。彼は年老いて長寿を全うして自分の民に加えられた。彼の子 エサウ と ヤコブが彼を葬った。

 

 

この息が絶えてという記述ですけれども、 聖書的な解釈で言うと 「神様が人間に息を吹きかけて、人間は神の霊を自分の体に入れて、 人間としての人生を歩み始める」から考えてみましょう。

 

 創世記2章7節神が土から人を形 取りその花に命の息を吹き入れ 人間が生きるものとなった

 

 

ここから考えると、「息が絶えた」というのは、神が与えた魂が人間の肉体から抜けていった 、それが人間の本来のシである、ということも見受けられるかと思います。 

 

「ヤコブ に土地を継がせるまで俺はシねない」と180歳まで頑張ってたんですけれども、 

 

こちら 創世記2章17節 神はアダムに善悪の知識の木の実を食べてはならないと命じ、それを食べた日には「必ずシぬ」と警告した。

 

 

 

 

どんなに神に愛され そして神を信頼 し生きてきた イサク であっても、人間であり シを迎えなければならない。 このような記述がここに隠れているかと思います。 

 

彼は年老いて長寿を全うして自分のために加えられた、とあります。 この自分の民というのは自分の先祖のことですね。 先祖 自分の父 アブラハム 母 サライサクの妻 リベカと同じ、ヘブロンの墓に葬られたということですね。 

 

そしてこのイサクの葬儀を出したのが彼の子 エサウ と ヤコブです。 イサク は 「何としても自分は長生きして、何なら 長男 エサウ の方が この地から早く去って、何の争いもなくヤコブ にこの地を継がせたい」と本当に思ってたかどうかは分かりません けれども、そういう気力で生きていたかもしれません。 

 

でもここに エサウはヤコブ共に葬った、とありますのでその点は自分の思い通りにはならず、まだエサウはこの時 健在だったということが ここからわかりますね。 

 

そして ちょっと ネタバレになるんですけども、 ここで エサウとヤコブがイサクがなくなった時に 双方とも健在だったことが、 この後 大きな争いの種になっていきます。

 

 本日は”180歳? 年金 不正受給?”というお話です。 

 

現代的な 寿命 の感覚で「180歳まで生きた」 なんて聞くと、1番に疑うのは「...年金不正受給 かな? なくなったことを役所に届けにいた?」まあこのこれですよね。

 

今回は まるで 長男 エサウの不幸を望むかのような説明になってしまってるかもしれませんけども、誰かの不幸を望むんじゃなくて 「神様にこっちだと言われた方を優先している」、 そういうイメージで聞いていただけると良いかと思います。 

 

日本でも 近代、 多分 明治とか大正とかもそうだったと思うんですけれども、 家督は長男が全部受け取る いわゆる一子相伝が 日本でも 長らく行われてきました。

 

これは全員が平等に相続して財産が小さくなっていく 減っていく、 それによって他から侵食されやすくなる。 そういったことを避ける政策だったように思います。 

 

逆に言うと 現代のような「相続人は妻が1/2 子は 残りの何分の1かを平等に分ける」と細かく分けていくということは、それぞれの家の弱体化 につながる、ということも言えるかもしれませんね。 

 

それゆえに 節税対策という名前で法人を作り、あらゆる 資産を法人名義にする。命が絶えることない 法人が永久的に財産を管理していく。 もしかしたら このイサクが「180歳まで粘って生きた」というのは 現代的な法人の財産管理の根底にある考え方と似ているのかもしれませんね。 

 

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