【注意⚠️】本投稿は筆者の考察です


なぜ人型ロボットを開発するのか?


CES 2026においてはフィジカルAIに注目が集まっているのだそうだ。

生成AIの進化により急速な進化を遂げたフィジカルAI ー 人型ロボット。


その先に何があるのだろう?




…火星移住計画…?


そんなことが頭をよぎった。




人の脳をデータとして保存する。

そんなぶっ飛んだアイディアについて、ドキュメンタリープログラムを観たことがある。

2017年、モーガン・フリーマンがホストを務める「時空を超えて」だったと記憶している。




イーロン・マスクは現在火星移住を実現しようとしているが、技術がどこまで発展しても火星の大地を私たち人類が何らかの保護なしに自由に歩き回ることは不可能だろう。


もしも人の脳をデータとしてフィジカルAIにインストールできたとしたら…


人の肉体を移住させるより、人の脳データをインストールしたロボットを移住させる方が容易なのではないか。


私たち人類の個性は後天的要因が約50〜60%と言われ、産まれてから身に起きた体験がやや優勢のようだ。

ある程度成熟した人の30〜40年分のメモリーはどれほどになるのだろう。

その容量がインストールできるハードディスクさえあれば私たち人類は機械的な修理とマシーンのアップグレードにより半永久的に生き続けるようになるのかもしれない。


「私」という肉体を捨て、フィジカルAIの中にハイブリッドな「私」が出来上がるのだ。


人類の個性をインストールしたハイブリッドなAI Human が可能となれば、大気に左右されない強靭なAI Human は太陽系に留まらず、いずれは天の河銀河さえ脱出するかもしれない。


何をもって「人」を「人」たらしめるか、という議論になるのだろうが…


しかしながら、一見突拍子もない考えを思いついた私は、本投稿をするにあたり、イーロン・マスクの火星移住について検索するうちに大変興味深い内容を発見してしまった。

「the long-term survival of human consciousness」

彼はこう言っているのだ。

つまり、人類の存続を語る中で、「人類意識の存続」という言い方をしている。


すでにイーロンが「人類の意識のみ」を存続させる方法を検討しているように思えてならない。




イーロンがそのように考えているのだとしたら、今後はこんなこともあるかもしれない。


産まれたての乳幼児の顕在意識を生成AIと掛け合わせ、ハードディスクにインストール、定期的に同期し続けることで、ハードディスク上に人格を形成する。

そしてある程度成熟した時点でフィジカルAIにデータマイグレーションする。


いずれはAI Humanのメモリーの一部を別のフィジカルAIにインストールすることで「遺伝」が形成されるのだろう。




AI Human が誕生したとき、それは人が産まれなくなるときなのかもしれない…




バカげている?

そうも言い切れない。


1978年、人気を博したテレビアニメ、銀河鉄道999は貧しい少年が無料で「機械の体」不老不死を手に入れるため宇宙を旅するストーリーだ。


同時期に、「ドラえもん」の中に描かれた未来の世界にはインターネットのようなものが存在していた。


1969年公開「2001年宇宙の旅」に描かれた未来の世界に存在するテクノロジーは、現在の私たちにとって身近なものとなっている。


かつてSFやアニメーションなどに描かれた、その当時には「あり得ない」と思われるものが現実となることはよくあることなのだ。




…と、そんな妄想をするに至ったのには1本の動画が起因する。


マイクロソフトJapan初代社長のサム古川さんがしばしば、面白い動画のリンクを送ってくれるのだ。

テクノロジーに敏感なサムさんは引退してもなお、刺激的な何かを追い求め、次世代の人たちの明るい未来のため、積極的に活動を続けている。


サムさんいつもインスピレーションをありがとうございます!!

この場を借りて、時代をリードした偉大な人類の先輩、サムさんに感謝の気持ちをお伝えしたい。










サングラスが嫌いだ。


なぜなら、視界の色が変わってしまうから。


突き抜ける青い空

光と影が織りなす雲

キラキラ輝く水面

風に揺れる新緑


世界はこんなにも美しいのに、サングラスを通せば全ての色がフェイクになる。




人生は長くても100年。


美しいこの世界を、私の肉眼を通して見られる時間には限りがあるのだ。

肉体を離れた後、私の魂が次にこの地球に舞い戻ってくるのが何年先になるのかは知りようもない。

あるいは二度と肉体を持ってこの世に現れることはないのかもしれない。


この地球を、この目で見られる短い時間を存分に楽しみたいのだ。




スマホの中に繰り広げられる世界にどれほどの時間を費やしているだろう…


スマホの中のリアルなストーリーも実はフェイク。

「スマホを見つめる時間」それがあなたにとってのそのときの現実なのだ。




世界はこんなにも美しいのに…

人はこんなにも温かいのに…


人生は長くても100年。

限りのあるこの人生で、私は美しいこの世界をリアルに味わいたい。


人との関わりを。

動物たちとの触れ合いを。

自然が放つ心地良い空気を。




テクノロジーはリアルに会えない人とのコミュニケーションを可能にした。

リアルに行けない場所の疑似体験を可能にした。


それ以上でもそれ以下でもない。


リアルに会える人とはリアルに会い、エネジーをエクスチェンジする。

行ける場所には行き、その場を味わう。


それができれば、会えない人とのオンラインの繋がりがリアルになる。

行けない場所の空気をバーチャルから感じられるようになる。


リアルに味わえる人が、

バーチャルを味わい尽くせる人。


それが、人生を、この世界を、幸わい(さきわい)尽くすこと。



生きるか、狂うか。 1日で人生が転落した、あの日。 

これまで言えなかった私の「暗い過去」と、どん底からの転機について告白します。 

 

この動画が、同じように生きづらさを感じている方や、今まさに人生の転換点にいる方の力になれば幸いです。 

 

【私が実体験を共有する理由】 

私は、心のケアを専門とするプロではありません。 

しかし、どん底を見たからこそ、「普通の日常」がどれほど脆く、同時にどれほど尊いものかを知っています。 

今、普通の生活の中で漠然と「なぜか満たされない」「毎日がつまらない」と感じている方が、ほんの少しでも幸福度を上げることができれば、社会全体がもっと優しくなると信じています。

 一人が幸せになれば、周りの誰かにも優しくなれる。 その連鎖が、追い詰められる人を減らす唯一の方法だと考えます。 

 

私のリアルな経験が、少しでも多くの方の明日を少しだけ明るくするきっかけになれば幸いです。

 

 

 

 

 

 

出がけに、しばらくかけていなかったメガネを手に取り、かける。

船着場まで小走りで行き、フェリーに乗った。

少し遅れて到着したフェリーはいつになく混んでいた。

前方の空席に腰を下ろし、ほっと一息。

ガラス全面から初春の日差しが差し込み、正面から私を照らした。


放置していたメガネの埃が、日差しを受け、キラキラと輝いている…


「ああ…きれい…」


世界がスパークルに輝いて見える。

虹色のきらめき。


「埃なのにね…」


なんとなく笑顔になった。


埃をぬぐうのを止め、きらめく埃を楽しむことにした。




自らが汚点と考えていた過去の出来事は、時を経て、光が差したとき、キラキラ輝くものに変化するのかもしれない。


悲しいこと、苦しいこと、腹立たしいこと、悔しいこと。

今は辛く感じることも、虹色にきらめくときまで、光が差すまで、そのまま置いておいてもいいのかもね。


晴れない雲はないのだから…


必ず、きらめくときが来る。

ある時、瞑想中に「ワンネス」の感覚に陥った。

 

自も他もなく

個でもなく

意識はあっても実態がなく

全てと溶け合い、宇宙空間のガスの一部のような感覚

 

この宇宙の存在、全てが愛おしく

心も体も満たされ、この上なく幸せだった…

 

 

 

 

 

 

そしてまたある時、誘導瞑想のスクリプトを思いついた。

 

心地良い朝のウォーキング。

ワンネスの満たされた感覚を思い出し、またそれを体験したいと憧れ、美しいハーバーを見下ろす大きな一枚岩に1人静かに座っていた時のことだった。

 

頭の中に流れるように言葉が溢れ、あっという間にスクリプトは完成した。

 

 

 

ミュージシャンの親友がアートワークを必要としていた際、グラフィックデザイナーである私がアートワークを提供し、彼が瞑想の楽曲を提供するということで物々交換が成立した。

 

 

 

ワンネスの誘導瞑想音源は、このように、起こるべくして起きた出来事のように完成した。

 

私の声の質のせいか、なぜかすぐに寝落ちする性質がある。

これまで、眠れないという友人に提供することがあったが、彼らからは「あっという間に寝ていた」と好評を博している。

 

よく眠れる音源ではあるが、実は本来これは私自身があの時の「この上なく満たされた幸せな感覚」を再体験したいという思いで作成した誘導瞑想音源なのだ。

 

睡眠導入としてだけではなく、より多くの方にOnenessを体験していただきたいという願いからこの音源をプレゼントするに至った。

 

世界に一人でも多く、自分自身と他者、全ての存在へのいたわりと愛情を感じられる人が増えますように…

 

 

 

気づいてみたら登録者数が500に!

 

ちょうど動画が100本目ということもあり、皆様に感謝を込めてプレゼントを用意しました!

 

まだまだたったの500人、それでも100万人の道のりの途中であることには違いない。ww

これからもぼちぼち、いや、もう少し頑張って、少しでもためになる内容の動画を作り続けますので今後ともどうぞよろしくお願い致します!

 

 

 

実は島田秀平さんのオンラインサロンに参加している。

 

先日のオンライン会の冒頭、語られたのは「2025年7月」問題。

諸々の不思議談の合間に島田さんが最近「元気が出る歌」としてよく聞く歌として紹介したのが「Puff, the Magic Dragon(パフ・ザ・マジック・ドラゴン)」。

Peter Paul & Mary による1963年のフォークソングだ。

 

英語の歌詞を直訳しても本質が全く伝わらないのはよくあることで、私なりの歌詞の読み解きをオンライサロンApp内に投稿することを約束した。

 

 

 

結論からいうと、世界が揺れる2025年7月、多くのSpiritualな人々が見出した希望が、この歌には隠されているような印象があり、大変驚いた。

キーとなる多くの人々と繋がる島田さんが、このタイミングでこの歌についてメンションしたのには、何か意味があるようにも感じた。

 

 

 

「Puff, the Magic Dragon(パフ・ザ・マジック・ドラゴン)」

Songwriters: Leonard Lipton / Peter Yarrow

 

Puff, the magic dragon lived by the sea

And frolicked in the autumn mist in a land called Honah Lee

Little Jackie Paper loved that rascal Puff

And brought him strings, and sealing wax, and other fancy stuff

マジックドラゴンのパフは海辺に住んでいました

ホナー・リー(空想の世界)という土地で秋の霧に戯れていました

小さなジャッキー・ペーパーはおちゃめなパフが大好きだったので

パフに紐や手紙の封印蝋(ろう)、それに他のしゃれたものを持って行きました

 

【*ここで感じる言葉の背後にある意味】

1)少年の苗字

Paperといえば、簡単に破けてしまうもろさがあります。空想の生物、ドラゴンと共に遊べる子供の純粋さが儚いという意味があるようです。

2)パフに持って行ったものが紐、手紙の封印蝋、他の洒落たもの

子供の遊び道具としては違和感があります。

手紙の封印蝋というのは、大人が大切な手紙を閉じる際に使うもの。

これはジャッキーにとって、パフと特別な秘密を共有する気持ちがあったことを意味しているのか、(子供の頃の秘密基地のような)あるいはいつかは忘れてしまう子供の純粋さを大切に保管しておきたい気持ちの表れを意味するのか…

実はもっと高度なギミックが隠されているかもしれないという点は後にまとめとして記します。

 

 

Together they would travel on a boat with billowed sail

Jackie kept a lookout perched on Puff's gigantic tail

Noble kings and princes would bow whenever they came

Pirate ships would lower their flags when Puff roared out his name

 

ジャッキーとパフは共に帆を膨らませた船でセールに行ったものでした

ジャッキーはいつもパフの大きな大きな尻尾に乗っかって、辺りを見張っていました

高貴な王様と王子様は二人が現れるたびに頭を下げたものです

海賊はパフが「俺はパフだぞ」と唸りをあげる(吠える)と旗を降ろしたものです

 

【*ここで感じる言葉の背後にある意味】

1)高貴な王様と王子様が頭を下げる

最も偉い王様たちでさえも頭を下げるほど、パフが偉大であったことを意味します。

2)パフが吠えると海賊が旗を降ろす

海賊が旗を下ろして降参するほどパフの力は偉大だったことを意味します。また、パフが吠えるというのは雷を意味しているようにも思います。

どんなに高貴な人も、荒くれ者も、自然の摂理には敵わないという意味が込められているのではないでしょうか。

 

 

A dragon lives forever, but not so little boys

Painted wings and giant's rings make way for other toys

One gray night it happened, Jackie Paper came no more

And Puff, that mighty dragon, he ceased his fearless roar

 

ドラゴンは永遠に生き続けるけれど、少年はそうではない

色を塗った羽と巨人の指輪は他のおもちゃに変わっていきます

ある悲しみの夜、それは突然やってきました。ジャッキー・ペーパーはドラゴンの元にやって来なかったのです

強大なドラゴン、パフは恐れ知らずの咆哮(orとどろき)を失ってしまいました

 

【*ここで感じる言葉の背後にある意味】

1)色を塗った羽と巨人の指輪は他のおもちゃに

空想的で創造的、また神秘的なものが現実的なものに変わっていく。

2)パフは恐れ知らずの咆哮(orとどろき)を失ってしまいました。

これは「意識」と「無意識」の関係のようにも感じられます。

数%の意識(唯物的)重視へと変わることで、無限の可能性を秘めた98%もの無意識が抑え込まれてしまう。

 

 

His head was bent in sorrow, green scales fell like rain

Puff no longer went to play along the cherry lane

Without his lifelong friend, Puff could not be brave

So Puff, that mighty dragon, sadly slipped into his cave

 

パフは悲しみにうなだれ、緑の鱗は雨のように落ちていきました

パフはもう桜の小道に遊びに来ることはなくなりました

生涯の友達なしに、パフはもう勇者ではいられなくなったのです

強大なドラゴン、パフは悲しみのうちに洞窟の中へと吸い込まれて姿を消しました

 

【*ここで感じる言葉の背後にある意味】

1)緑の鱗は雨のように落ちて

鱗を失うことは体を守るものがない、傷つきやすい状態。

2)強大なドラゴン、パフは悲しみのうちに洞窟の中へと吸い込まれて姿を消しました。

大切な友を失い、自分を守るものがない状態になったパフは自らが怪我をすることのないよう、洞窟の中に身を潜めるしかなかったのです。

 

 

【全体を通しての分析】

 

子供の頃にだけある純粋さは、成長し大人になるにつれ、唯物的になると共に失われる。

そしてそれと共に「無限の可能性」を秘めていた子供が本来の能力を奪われる。

 

読み解きを開始した際には(子供)ジャッキーと神秘性の話だと思っていたが、進めるうちにこれは人類全体を指しているようにも思えてきた。

 

人類は進化と共に、精神性よりも物質重視になり、自然との調和を失っていった。

テクノロジーが進歩すればするほど各々の無意識下に存在する無限の可能性から遠ざかり、その偉大なるパワーの使い方を封じ込めてしまった。

かつての人類は王や悪党などを物ともしない絶大なるパワー(大いなる物、自然の摂理など)と共鳴し合っていた。

貨幣制度が始まり、唯物的な思考へと移行すると共に本来備わっていた神秘の力を奪われたのだ。

陰謀論的に考えるなら、貨幣制度を操る一部の力に我々一般の個人は封じ込められたとも捉えられる。

我々が今生きるこの世界が「物質」の充実により「幸せー心の充足」が得られるかのようなまやかしに溢れていることは、ある意味、彼らにとって都合の良い操作であるのかもしれない。

 

また、この歌詞に「男性」しか登場しないことも興味深い点と言える。

男女が存在するこの世界で、ジャッキー=少年、パフ=雄(himと男性で表記)、キング、プリンス、海賊と男性しか登場しないことは意図的あるいは直感的なひらめきであったのではないか。

しかしながら、パフが身を潜めたのが洞窟(穴=女性)である点が、このストーリーに込められた最後の希望なのかもしれない。

男性のエゴにバランスを取るのは女性性であることを示唆しているのではなかろうか。

 

一見、ドラゴンのパフが生涯の友を失い、パワーを失う悲しい歌であるように見えるが、実は逆説的に解いていけば、我々個々がパワーを取り戻す鍵が隠された魔法の書とも言える。

それが故にジャッキー少年がパフの元に持って行ったのが大切な書を封印する蝋だったのかもしれない。

 

我々個々が神秘的な力を信じ受け入れる純粋さを取り戻し、大いなるもの、自然の摂理に共鳴する。

無意識の絶大なるパワーを取り戻すことで、人間界が定めた利権者(王や悪党)をも制することができる。

 

利権者がリードする行き過ぎた自然破壊に傷ついた地球を癒すのは、我々一人一人と宇宙との調和である。

 

 

自然災害、異常気象の本質:

 

 

 

 

心地良い快晴の午後、美しいビーチを前に心が安堵するのを感じていた。

まだ解決しない問題は多々あるものの、全てを包み込む青空と潮風の圧倒的なエナジーに思考がストップした。

 

 

 

フーッと全身のモヤモヤを吐き出すように息を全て吐き切る。そして大きく吸い込み、さわやかな澄んだ空気を肺に行き渡らせ、呼吸を整える。

筋肉が緩むのを感じ、心もほぐれるようだった。

 

ふと視線を足下1メートル先に落とすと、ミミズに似たワームが悶える姿があった。

日差しに照らされ、悶えるそのワームに次第に活動中の蟻が1匹、2匹と群がっていく。

その数はどんどん増え、ワームを囲みこむ。それを振り切るようにワームがクネクネと体を動かす。

悶えながら地面を這いずり、ワームが移動する。それを蟻たちが追う。

逃げては蟻が群がり、また逃げては群がる、という様子を繰り返していた。

このままだとワームは生きながらにして蟻のエサになることだろう。

 

ワームが逃げ切ることを願い、ハラハラしながら、様子を見守ったが、いくら大きなワームといえども無勢に多勢では勝算は薄い。

見るに見かねてつい手を出してしまった。

そばにあった枝でワームをすくい上げ、1メートルほど離れた蟻のいない場所へ移動した。

 

ホッとしたのも束の間、蟻にどんなセンサーがあるのかは分からないが、またすぐに1匹の蟻が察知し、ワームに攻撃をしかけ、それに仲間が続く。どんどん群がった蟻に先ほどと同じ光景が繰り返された…。

 

蟻の攻撃とワームの抵抗という自然界の戦いにしばしの間意識を奪われ、ハラハラしながら見守ったが、自然の摂理と諦め、私はワームを見捨てることにした…。

 

大きな力も多勢の小さな力には及ばない。

 

また視線を遠くの水平線へと移す。

先ほどと変わらない、穏やかで美しい平和な風景が広がっていた。

その美しさにしだいに心が落ち着き、先ほどの穏やかな状態へと戻っていった…。

 

 

 

そしてふと、気付かされる。

 

今、この瞬間に幾多もの現実がある。

そしてどの現実を選ぶかは私次第、私にはそれを選ぶ自由があるのだ。

 

今、正に捕食されようと悶えるワームにハラハラする私。

美しいビーチを前に心が安堵する私。

 

どちらも私に与えられた現実で、選択の結果により私の心は穏やかにも焦りにもなり得るのだ。

 

 

 

自身が置かれた境遇を振り返る。

 

様々な問題にフォーカスし、憂鬱を感じる現実。

私を包み込むシドニーの広大な空を見上げ、美しさに心満たされる現実。

 

どちらも今、私に与えられた現実。

そして、どちらを感じ、味わうか、私にはそれを選ぶ自由があるのだ。

 

 

 

問題は小さな世界の中に存在する。

視野を広げれば、問題がいかに些細なことであったかに気づく。

対峙する問題が大きくとも、さらに視野を広げることで問題が縮小する。

 

心に重く雲が垂れ込め、光が見えなくとも、いつだって雲の向こうは普遍の青空なのだ。

雲の向こうで青空が私を待っている。

世界は動き、やがて光が射す時が来る。

 

今、いかに苦しい現実を生きようとも、普遍の青空が途絶えることはない。

ただ、雲が晴れた時の青空を想像し、その暖かさにうっとりと浸ればいい。