昨日4月22日の衆議院本会議において「日独交流百五十周年に当たり日独友好関係の増進に関する決議案」というものが採択された。

今日は、そのことについて書いていこうと思う。
この決議案は、日独の友好を深めるもので、そういう目的であればなんら問題なく、私は、大賛成である。しかし、今回の決議案の内容は、見方を変えると日本国民として看過できないものがある。

それは、「両国は、第一次世界大戦で敵対したものの、先の大戦においては、一九四〇年に日独伊三国同盟を結び、同盟国となった。その後、各国と戦争状態に入り、多大な迷惑をかけるに至り、両国も多くの犠牲を払った。」という文言であり、ここでいう看過できないところは「多大な迷惑をかけるに至り」という場所だ。

ここは、捉え方を変えれば、日本が侵略戦争を認めたものになる。村山談話ならぬ管談話が誕生してしまう恐れがある。

それは、なぜか。その理由は、2つ存在する。第二次世界大戦(日本のみならば大東亜戦争)を侵略戦争ではないこととドイツの「迷惑」と日本の「迷惑」は、同一視することはあまりに自虐的なことであることだ。

まず、侵略戦争の定義についてだ。現在もそうだが完全な定義はないに等しい。侵略と自衛がはっきりしていないので侵略というのを認めてはいけないのだ。きちんとした国際的な定義を作り、歴史学による公平なる判断を以ってしてやっと判断できるのであるから、このことを「多大の迷惑」という形で侵略戦争を是認してはならない。そういう意味で「多大な迷惑」という文言は危険なのである。
このことは、靖国問題において、歴史学の研究成果と乖離した政権の声明(談話)がどれほどの禍根を残したので自明のことであろう。

2つ目に、日本とドイツの違いだ。ドイツの国民には、屈辱かもしれないが、日本は、民族浄化みたいな大量虐殺は行っていない。
そう、歴史をいや近現代史をやっているものなら知っていて当然だが、ドイツは、ヨーロッパ諸国と戦争しながら、ナチス人大量虐殺という、当時の余り整っていない国際法であっても断罪できることを行ったのだ。

知らない人のために書いておくと、日本がやったとされる「南京大虐殺」は、中国が中心となって作った幻想であり、そんなものはなかったのだ。
そう南京であの時殺したのは、便衣兵である。すなわちゲリラである。
彼らは、民間人に成りすまし、時には、卑怯にも背後から撃ったのである。
当時においてもゲリラは、戦争を行っている側に扱われていたため殺されても問題は無い。ちなみに便衣兵に対する処理の中で、誤射や事故はなかったとは言いがたい。そのため民間人の被害もあったかもしれない。そこは、日本人も謝罪しなければならないところかもしれないが、中国国民党は、卑怯にも民間人の中に潜って(民間人を盾にして)攻撃したのだ。これで日本が一方的に謝罪するのはおかしいのである。双方の謝罪をもってしかるべきである。

ちなみに、ドイツと一緒にしなければならないのは、米国である。米国は、原子爆弾を落とすという、日本人大量虐殺や各地への空爆、沖縄戦における民間人を自決に追い込んだもしくは殺害した苛烈な艦砲射撃など、日本人を虐殺にふさわしい行為を行った。この事に関する、謝罪・断罪は一切行われていない。(当時の国際法違反でもあった)

私は、こういうものは認めてはならないと思う。そして、このことが靖国問題のように外交カードとされることはあってはならないと思う。
そう、大東亜戦争は、日本にも責任は無いわけではない。それは、これから先も考え続けなければならない命題である。
しかし、認めてはいけないこと・表明してはならないことは、確実に存在する。

私は、1国民であり、凡庸な人間であるため国会議事堂の前でデモ行進をしたり、内閣官邸に乗り込み直訴したりする、強烈な愛国心はない。だから、ネットで書く。
国民国家において、国民は、政治を考えなければならない。これは、義務であり、責務である。

そして、最後に今回の決議案は、唐突に出された挙句、議論もほとんどされないまま可決されようとしている。「友好増進」という美辞麗句を盾にして、議論・反対を許さない論調になっているこの頃だ。
鳩山内閣でもそうだし、古くは、村山内閣でもそうだが「友好」や「謝罪」は、外交上において必ず良いとは限らない。

そういう声明を逆手にとって内政に干渉する国が存在する以上、慎重に出していかないといけない。
それと、政治が歴史学を軽視するもしくはそのことを鑑みていないのは、天皇機関説事件の反省が生かされていないためだ。

「天皇機関説事件」ついては、後日書こうと思うが、戦前における国内的な問題のひとつと私は考ええいるもので、歴史学の成果と政府解釈が異なってしまったものである。外交と国内なので規模や影響が異なるが、同じようなケースではある。

まあ、私の言うことは、見方を変えればいちゃもんかもしれない。でも私は、疑問に思ったので書かさせていただいた。どう捉えていただいても結構です。
それとこれはある知人の見解なのですが、「今回、友好声明を出すに当たって、東北の災害で援助していただいたのに対する謝意が含まれていない」という点と「日独伊三国軍事同盟以前よりドイツは戦争をしているため決議案にあるように同盟後戦争したわけではないことやドイツと開戦経緯があまりに異なることから、歴史事実とも異なる」という2点のご指摘もいただきました。

以上、長文失礼しました。ただ、この忙しい時期にまだ災害の影響が終息してもいない状況で藪蛇のようなこの決議案を考えて欲しいとの気持ちで書かさせていただきました。
お読みいただきありがとうございました。
それではまた。