昨夜の『歴史秘話ヒストリア』で、「上杉謙信の折れない心~義の武将 知られざる苦闘~」が放送されていました。

謙信というと・・・「敵に塩を送る」が有名ですよね~。
謙信と敵対関係にあった武田の領地は海に面していなかった為、塩を取ることが出来なくて領民が苦しんでいたわけですが・・・。“義”を重んじた謙信は、敵である武田領民の苦しみを見過ごすことができず、越後から信濃へ塩を送ったという・・・敵対関係にある相手でも、相手が苦しい立場にある時には助けてあげられるような素晴らしい人柄だったことは知られていると思います♪

謙信は、幼少時代、厳しい精神修養の日々を過ごし、徹底して私利私欲を捨て、正義を重んじる心を教えられたそうです。
“義”こそ自分の生きる道!を貫いて生きた謙信の知られざる秘話が紹介されていました。

自らを軍神・毘沙門天の生まれ変わりと信じていた謙信は、生涯70の合戦で、負けたのはわずか2回だったという神がかった強さを誇っていたわけで・・・負けない方程式!謙信の戦術についても詳しく紹介されていて、とても興味深い内容でした。(戦場では謙信自らが常に先頭に立って采配を振っていたことも紹介されていました。かっこいいわ~♪)

昨夜の放送で、謙信は織田信長とも仲が良かった時期があったということを知り、これには驚きました!

また、謙信というと独身を貫いた武将として知られていますが、実は好きになった女性がいたそうで・・・それが、上野国の武将・千葉采女の娘の伊勢姫だったそうです。
ですが、信仰を重んじた謙信は、伊勢姫のことを諦めたそうです。

つらかりし 人こそあらめ 祈るとて 神にもすがる 我が心かな

このような辛い想いを歌に残していたことも知りました。

最後に、戦いを交えた敵将からも謙信は信頼されていたというエピソードが紹介されていました。
武田信玄は、息子の勝頼に「謙信は義理がたい武将。人に頼られれば決して見捨てる事はない。自分の死後は謙信を頼れ!」と遺言を残していたそうです。

信玄だけでなく、北条氏康も「謙信だけは、請け合った以上、骨になるまで義理を通す人物。この氏康が明日にでも死ねば、 後事を託す人は謙信だけである!」と語ったそうです。

敵将からも、このように思われていた謙信!どれほど信頼されていたのか?律儀で義理がたく、高潔なお人柄だったことがわかる番組でした。