ここ1ヵ月ほど、あまりに慌しくて、ブログをアップする時間が取れなかった。ナナの病気がなかなか治らなくなってしまい、3月の始めから、仕事に来られなくなってしまったのだ。急なことだったので、3月の第1週はダディとマミーが交代で子供をみながら家から仕事をしたり、夜中に仕事をしたりして、何とかやりくりをした。ちょうど2人共、仕事が忙しい時期なので、苦労したけど、何とか乗り切った。翌週はマミーが無理無理で仕事を休み、グランマが18日に来てくれて、一息。グランマは「がんばらなくては」との使命に燃えて来てくれたので、時差ぼけも無く、着いたその日から、色々とひよこちゃんとベィビーちゃんのお世話をしてくれた。本当にありがたい。最近はとみにママっ子で、グランマになつくか心配していたベィビーちゃんもいつもスカイプで話しているグランマなので、すぐに打ち解けて、マミーが仕事復帰する日には「ばいば~い」っと投げキッスで機嫌良く送り出してくれた。
そして、その間に起こった大震災、アメリカでもNHKがネット配信するニュースがリアルタイムで見られたので、皆で固唾を呑んで見守った。故郷である美しい日本の悲惨な姿に何度も涙した。ひよこちゃんのピアノの先生のご実家は津波で流され、叔父様が亡くなられたとのこと。お向かいの日本人の家族の甥子さんが福島の病院の研修医で、原発の危機があってもそこに残って仕事をされているとのことなど等、アメリカに住んでいても、沢山の知り合いの方の家族が被害に合われている。今、外国に居る私たちに出来ることは出来る限りの義援金を送ることしかないと思い、休暇明けすぐに寄付をした。勤めている会社に従業員が寄付した金額と同額の寄付を同じ団体にしてくれるというプログラムがあるので、それを利用してひよこ家が出した金額の2倍を送ることが出来た。ダディとマミーの働く会社から計2億円の寄付もあった。アメリカ人の同僚からは、「大変だね、ご家族は大丈夫?何か出来ることはある?」っと沢山のメールが来たので、「出来れば、少しでも良いから、会社のプログラムを使って寄付をしてください」っとお願いしている。
その後ナナには1度会う機会があった。グランマが持ってきてくれたお土産の手作りのカバンとお見舞いを持って、ナナのお家を訪ねた。思っていたより、大丈夫そうに見えたけど、まだ、喉が苦しそうで、あんまり元気が無かった。細菌性の肺炎とのことで、強い抗生物質を飲んでいるとのこと。一緒に居た間は普通にしゃべったりしていたけれど、後でお礼の電話がかかってきて、その時はひどく泣いていた。気を張ってやっていた仕事も辞めちゃったし、体調は優れないし、運転しないので、家に一人でこもりっきりだしで、精神的にも辛いんだろうな。「元気になったら、ひよこちゃんとベィビーちゃんに会いに遊びに来てね。二人ともとても会いたがっているから」っとお願いした。一日も早い回復を祈っている。
そして、その間に起こった大震災、アメリカでもNHKがネット配信するニュースがリアルタイムで見られたので、皆で固唾を呑んで見守った。故郷である美しい日本の悲惨な姿に何度も涙した。ひよこちゃんのピアノの先生のご実家は津波で流され、叔父様が亡くなられたとのこと。お向かいの日本人の家族の甥子さんが福島の病院の研修医で、原発の危機があってもそこに残って仕事をされているとのことなど等、アメリカに住んでいても、沢山の知り合いの方の家族が被害に合われている。今、外国に居る私たちに出来ることは出来る限りの義援金を送ることしかないと思い、休暇明けすぐに寄付をした。勤めている会社に従業員が寄付した金額と同額の寄付を同じ団体にしてくれるというプログラムがあるので、それを利用してひよこ家が出した金額の2倍を送ることが出来た。ダディとマミーの働く会社から計2億円の寄付もあった。アメリカ人の同僚からは、「大変だね、ご家族は大丈夫?何か出来ることはある?」っと沢山のメールが来たので、「出来れば、少しでも良いから、会社のプログラムを使って寄付をしてください」っとお願いしている。
その後ナナには1度会う機会があった。グランマが持ってきてくれたお土産の手作りのカバンとお見舞いを持って、ナナのお家を訪ねた。思っていたより、大丈夫そうに見えたけど、まだ、喉が苦しそうで、あんまり元気が無かった。細菌性の肺炎とのことで、強い抗生物質を飲んでいるとのこと。一緒に居た間は普通にしゃべったりしていたけれど、後でお礼の電話がかかってきて、その時はひどく泣いていた。気を張ってやっていた仕事も辞めちゃったし、体調は優れないし、運転しないので、家に一人でこもりっきりだしで、精神的にも辛いんだろうな。「元気になったら、ひよこちゃんとベィビーちゃんに会いに遊びに来てね。二人ともとても会いたがっているから」っとお願いした。一日も早い回復を祈っている。