この春
2歳8ヵ月、1歳8ヵ月、1歳2ヵ月の孫たちが
それぞれに入園
娘も息子の妻も職場へ復帰し
忙しい日々を過ごしています
1年先に入園した3歳9か月の孫も
毎日、頑張って登園し
新しい経験や楽しい思い出を
増やしております
(園でのお祭り)
親も子も離れるのは寂しく
新しい環境への不安もあると思いますが
各々の生活を過ごすのに少しずつ慣れて
親子の絆がより深まっていくよう
願っています
この春
2歳8ヵ月、1歳8ヵ月、1歳2ヵ月の孫たちが
それぞれに入園
娘も息子の妻も職場へ復帰し
忙しい日々を過ごしています
1年先に入園した3歳9か月の孫も
毎日、頑張って登園し
新しい経験や楽しい思い出を
増やしております
(園でのお祭り)
親も子も離れるのは寂しく
新しい環境への不安もあると思いますが
各々の生活を過ごすのに少しずつ慣れて
親子の絆がより深まっていくよう
願っています
昨日、漫画家鳥山明さんの訃報を知りました
アニメ化された作品は日本のみならず世界で人気を得
今や世代も国境も超えて愛されています
私は生まれが"村"出身で進学した頃は
住所を人に伝えるのが恥ずかしかったのですが
友人にDr.スランプの"ペンギン村"みたいだといわれ
なぜか救われた気持ちがした記憶があります
「Dr.スランプ」や「ドラコンボール」
「ドラコンクエスト」のキャラクターなど
ユニークで魅力ある世界観を作られた
鳥山明さんの作品がもう産み出されないことが
とても残念で寂しいです
心よりご冥福をお祈りいたします

3.11
東日本大震災から13年が経ちました
黙祷を捧げます
命の大切さや自分を守るための準備を
深く考え見直したい日です
京都に到着して円山公園内の京料理「いそべ」で昼食
自家製京ゆば御膳
食事の次は八坂神社へ
2月2・3日は「祇園さんの節分」が開催
本殿へ参拝
奉納舞の後は豆まき
皆さん手を伸ばしていましたが
これも手に入れることはできませんでした
そこで節分祭の福豆を1袋300円で購入
この福豆には空くじ無しの景品が付いており
テレビや家電製品、自転車、料亭の食事券
その他は生活用品などが当たります
2024年干支絵馬
八坂神社は以前記事にしたブログがありますので
良ければご覧ください
↓
バスの集合時間まで間があったので
知恩院へ
境内を拝観する余裕はなかったので
御影堂で参拝のみ
またの機会にゆっくりと参りたいです
次は美山かやぶきの里へ
日本の農山村の原風景が残る美山
国の重要伝統的建造物群保存地区であり
ユネスコ無形文化遺産にも登録され
江戸時代から明治時代に建てられた
茅葺き屋根の家屋が数多く残されています
災害に遭われた方々には
心よりお見舞い申し上げます
本日は「国府宮のはだか祭」として知られる
愛知県稲沢市にある尾張大國霊神社国府宮に
参拝してまいりました
はだか祭りは正式には「儺追神事」といい
毎年旧正月十三日に行われ
今年の開催予定は2月22日
起源は古く、神護景雲元年(七六七年)
称徳天皇の勅令によって悪疫退散の祈祷が
全国の国分寺で行われた際
尾張国司が総社である当神社に於いても
祈祷したのに始まると伝えられ
古い伝統をもった神事といえます
この神事は祈祷と神籖によって選ばれた
一人の儺負人(神男)を巡って
裸男達による肉弾相打つ壮絶な揉み合いを
繰り広げるものです
神男に触れれば厄落としができると信仰され
当日は早朝から厄除けの御祈祷を受ける人と
御守りの「なおいぎれ」等を受ける人で雑踏し
午後には裸男の集団が裸になれない老若男女が
厄除けの祈願を込めた布を結び付け
「なおい笹」を捧げて威勢よく
拝殿へ駆け込んでいく姿が見られます
裸祭の翌日旧正月十四日午前三時に
境内東南の庁舎(ちょうや)に於いて
夜儺追神事が行われます
一宮、二宮、三宮、総社の神様を神籬にお招きし
天下の厄災退散の祈祷をした後
神男にありとあらゆる罪穢をつき込んだとされる
土餅を背負わせ神職が大鳴鈴を振り鳴らして
これを追い立て境外へ追放します
神男は途中で土餅を捨てて後をも見ずに帰宅し
土餅は神職の手によってその場に埋められます
これにより土から生じた罪穢悪鬼を土へ還し
国土平穏に帰したと信じるのです
この神事が儺追神事の本義であって
古くよりこの土餅を土中に埋める事が
この神事中最も神聖視されています
昨年はブログを開設して10年目を迎えました
これまでブログを見てくださった皆様
新たに読者になってくださった方
ありがとうございます
今は、なかなか投稿する機会が持てず
このままアメブロを卒業してしまおうかとも
考えておりブログと距離ができておりました
2024年が始まり
コロナ禍中に休会していた絵画教室に
今月から復帰することになっております
新たなチャレンジもする予定です
春には娘・息子夫婦の子供たちが
それぞれ入園することになり
こちらでも新しい歯車が
回り始めようとしています
アメブロでの居場所はまた
私に必要かもしれません
そんな付き合い方ではありますが
義母と同居が始まってから1年が経ちました
25年以上前に義父が他界してから
ずっと一人暮らしをしていた義母
寂しさはあったでしょうが
一人での自由を満喫しているようでした
夫も定期的に様子を見に会いに行き
時には金銭的な援助もしてきました
しかし年月と共に義母の身体も衰え
今までに2度ほど脳梗塞で入院したこともあり
夫が義母のもとへ通う頻度も増えて
出掛ける際には付き添いが必要になり
夫の負担が大きくなってきていました
義母の住まいも古くなって
家屋や水回りの修繕、入れ換えも必要になり
これから先のことを話し合って
家を売却することにしたのです
私達の近くに越して来てもらう予定でしたが
高齢者を一人で生活させる住宅を見つけるのは
なかなか容易ではありません
我が家はマンション住まいですが
子供たちの独立で空いている部屋があったので
夫から「取り敢えず」といわれて
同居をすることになりました
「できるだけ自分のことは自分でしたい」
という義母の希望で
家の中を共有する生活の形
シェアハウス?のような暮らしです
一緒に暮らすことで
お互いのストレスが全く無いとは言えません
自分の思い通りでないと気の済まない夫と
干渉されたくない義母の間で
私はオロオロするしかないことも・・・
親を大切に思う夫の気持ちや
いくら自分のことをしたくても
頼らなければならない義母の思いに
できるだけ寄り添うことで
この1年が過ぎていきました
(義母と一緒に出掛ける嬉しそうな夫)
義母の考え方や行動には学ぶべきことが多く
自分自身がこれから歳を重ね
高齢になっていく時期をどう過ごすべきか
そのようなことも身近に感じております

↑
今日はYahoo!JAPANとLINE
それぞれで「3.11」を検索すると10円ずつ、
おひとり20円を東北支援や防災をはじめとする
より良い未来づくりへの寄付になります
2月の初めに
息子夫婦が第二子を授かりました
娘と息子に毎年交互で子供が生まれ
私にとっては4人目の孫ですが可愛い
息子夫婦は一人目が早産で
帝王切開の出産だったので
2人目も手術でした
1人目のときは出産前から問題があり
産後もしばらく入院して治療を受けていたため
生まれたばかりの新生児を育てるのは初めて
上の子はまだ1才半で世話が必要なため
息子は社内で初めて育休を取ったそうで
家事はもちろん育児もしております
入院中は私も子守りの手伝いをしましたが
息子が夫として父親として
予想以上にしっかりと尽くしていることに感心
息子の妻も無事に出産を終え
元気でいてくれて安心しました
子育ては大変ですが
家族と過ごす喜びを感じながら
これからも楽しく幸せに暮らしてほしいです
新年を迎え早2週間余りが過ぎました
あらためて
新年の御挨拶を申し上げます
本年もどうぞよろしくお願いいたします
お正月には
娘と息子が子供たちを連れて
夫婦で挨拶に来てくれ
楽しい一時を過ごすことができ
良い年明けを迎えておりました
ところが
先週に夫から身体の不調を告げられ
病院でコロナの検査を受けたところ
陽性の診断
私も濃厚接触者ということで仕事を休み
自宅待機の日々を過ごしました
幸い
夫の具合は病院で処方された薬のおかげで
大事には至らず
私も特に症状がでること無く済みました
本日より仕事にも復帰し勤務に戻れて
ホッとしております
急遽、仕事を休むことになった穴埋めを
職場の上司や同僚がカバーしてくれたのには
とても感謝しています
もし自分も発症してしまったら
もし周りに感染させてしまっていたらと
自宅にいても気が気ではありませんでした
どこかでコロナ禍に慣れてしまっていた
自分がおり
反省しております
どうぞ皆さまもお身体に気をつけて
良い年をお過ごしください
貴船神社本宮
貴船神社の創建を明記するものは残っておらず
創建の年代は不詳
天武天皇白鳳6年(約1300年前)には
すでに御社殿造替が行われたとの
社伝が存在することから
創建は極めて古いと考えられます
創建の地である奥宮が洪水で流損したため
天喜3年(1055年)現在の地に
本宮が移されました
以来、文久3年(1863年)までに
36回余の御造替(ごぞうたい)が行われ
大正11年には国費で大修理が行われました
貴船神社の起源については
貴船大神が御鎮座することになった伝説が
社記に残されています
また別の伝説には、約1600年前に
初代神武天皇の皇母である玉依姫命が
現在の大阪湾から船に乗り
淀川、鴨川、貴船川を遡り
水源の地として現在の奥宮に至り
清水の湧き出る霊境吹井を見つけ
ここにひとつの祠を建てたのが
貴船神社の起源と伝えられています
現在の拝殿は平成の御造営事業により
基礎からすべてを一新し建て替えられたそうです
貴船神社本宮の御祭神である
高龗神(たかおかみのかみ)は闇龗神とも伝わり
降雨・止雨を司る龍神であり
雲を呼び、雨を降らせ、陽を招き
降った雨を地中に蓄えさせて
それを少しずつ適量に湧き出させる働きを司る神
一説には、高龗は「山上の龍神」
闇龗は「谷底暗闇の龍神」と言われ
生きとし生けるものが命をつなぐために
片時もおろそかにすることができない
大切な水の供給を司る「水源の神」
「きふね」は古くから気の生ずる根源として
「氣生根」と記され
御神気に触れることで気が満ちるとされ
社殿前の石垣からこんこんと溢れる御神水は
貴船山の湧き水で
霊泉に浮かべると文字が浮かぶ
「水占みくじ」が有名です
歴代朝廷にも信仰され
干ばつの時には黒馬を
長雨の時には白馬または赤馬を献じて
雨乞い、雨止みを御祈願され
後に馬形の板に着色した「板立馬」を奉納し
現在の絵馬の原形となったため
貴船神社は「絵馬」の発祥社といわれています
御神木「桂」
本宮境内にある休憩スポット「龍船閣」
座って景色を楽しむことができます
貴船神社中宮(なかみや)
結社(ゆいのやしろ)
貴船神社の本宮から300m上流にあり
縁結びで有名な社
御祭神は磐長姫命(いわながひめのみこと)で
神武天皇の曽祖父にあたる
瓊々杵命(ににぎのみこと)が
木花開耶姫(このはなさくやひめのみこと)を
めとりたいとその父親に申し出た時
父は姉の磐長姫もともに勧めましたが
瓊々杵命は木花開耶姫だけを望まれました
そのため磐長姫は大いに恥じて
「吾ここに留まりて人々の良縁を授けよう」
と御鎮座された伝承が残っています
また平安時代
女流歌人であった和泉式部が
夫の心変わりに思い悩んだ際に参拝し
歌を捧げた祈ったところその願いが見事に叶い
以来「恋の宮」と称されました
貴船の山奥より出土した自然石で重さは6t
磐長姫命(いわながひめのみこと)の御料として
平成8年3月、結社の境内に奉納
奥には縁結びを願う人の「結び文」が
細く折って祈願されていました
以前は細長い葉を玉垣などに結び付けて
祈ったそうです
貴船神社奥宮
貴船神社創建の地であり
森に囲まれた神聖な場所
本宮から850m上流徒歩15分
奥の院までいけない方はここで遥拝
屏風坂 の地蔵堂
2018年の台風21号によって大きな被害を受け
大杉権現社の拝殿は倒壊し御神木は倒れ
周辺にも倒木が多く発生したそうです