シミ、シワ、ニキビをリセット︎
スッピンでもなめらかな艶をまとう素肌にする
【極艶スキンラボ】

Private Salon MYURELのオーナーセラピスト

極艶リストの宮脇尚子(みやわきひさこ)です。

 

 

今回はそろそろ私がエステティシャンになる前のMy Storyです。

でもまだならない笑い

 

ハワイから夏前に帰国し同年の秋には

次に夫はフランスでの仕事が決まっていました。

遠い夢のように憧れていたフランス!

ついて行かない理由はない!と。

 

日本に居る4ヶ月間も収入が欲しかったので

北新地でホステスをする事にしました。

ホステスをして初めて

自分がコミュ障である事をしっかり自覚しました!

それまでショットバーでのバイト経験もあり

水商売が初めてなわけでもなく

接客業としてはある程度できると思っていたのですが、

馴染むまでに大変苦労しましたゲロー

 

短いホステス生活を一旦終え

10月の末ごろにフランスのリヨンへ行きました。

憧れのヨーロッパでの生活。

ハワイでもそうですが、私は海外では旅より生活が好きなんです。

 

旅するように生活し、生活するように旅をしたい。

 

リヨンに住み始め最初は初めてのホームシックになりました。

夫が働くタトゥースタジオのビルの2階を間借りしての生活。

フランス語は全く分からず知り合いもおらずもやもや

当時まだスマホも当たり前ではなかったので、

とにかく不便と言うより孤独でしたショボーン

 

夫は仕事仲間とすぐに打ち解け

毎晩スタジオが閉店してもなかなか帰宅せず

夕ご飯を作ってただ待つだけの日々。

フランス語で放送していたドラゴンボールを毎日見て泣きました泣

日本語聞きたいって。

 

フランスで過ごした半年間は唯一の専業主婦時代です。

午前中は床磨き、

だって土足でしかもフランスって汚い。だから靴も汚いムカムカ

午後は言葉の通じない市場に行って買い物して

そして夕ご飯を作って文句を言いながら夫を待つ。

現地で友達ができるまで毎日そんな生活でした。

友達ができてからは遊び放題笑い

学校帰りや仕事帰りの友達とカフェで待ち合わせして

夫から連絡が来るまで友達とビールを飲む。

収入がないわたしは毎週ロトを買いお小遣いを稼いでいました笑

ちょうどカフェ代になるくらい当ててたんです!!

最初辛かったフランス生活も良い思い出になり

いつかもう一度住みたい国ですフランス

 

帰国後マッサージの仕事と掛け持ちしながら

ママからのお誘いで再び北新地のホステスにも戻りました。

そしてなぜかまたそのラウンジでもマネージャーに昇格しました。

今でも謎です凝視

 

ホステスが向いていない事は自覚していたので

次にする仕事を考えました。

ハワイやフランス滞在中もたまに施術していたし

やりたい事は相変わらずマッサージしかなかったのですが

ラウンジの同僚の子がエステティシャンで

色々話しをしていると施術の技術料の違いに疑問を持ちましたチーン

 

こうしてエステサロンのボディの施術内容に興味を持ち

何が違うのか知りたくなって美容業界に足を踏み入れる事になりました!

 

 

次回はやっと!

エステティシャンになってからのMy Storyですラブラブ