泥棒が泥棒を取り締まる法律を作る | ochiochiのブログ

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地球温暖化も仮想通貨も新型コロナもSDGsもウクライナロシアの問題も「善意なき資本」が方向づけている。

>82名もの裏金・ネコババ議員がいる自民党がですね、この法律(政治資金規正法)の議論をすること自体、おかしいですよ。82名はですね。起訴されていないだけで法律違反、明確ですから。犯罪者ですよ。即刻自首するか、議員辞職してください。

ところが議員辞職はおろか、離党すらしていない。政倫審にも出てこないじゃないですか。しかも許しがたいのは、衆議院本会議のこの法案の採決のときに、自民党議員は大騒ぎして楽しそうに笑っていたそうですよ。全く反省してないじゃないですか。もう泥棒が泥棒を捕まえる法律を作ったらこうなりますよってお手本みたいなザル法です。

一方でこんなザル法を通してしまった野党も情けない。企業団体献金の禁止、政策活動費の廃止、そして連座制、野党がそろって要求したやつ、一つも入ってないじゃないですか。

 

その通りです。

 

大の大人が、こんなことを平気でやって、「正義って何ですか?」と子供に問われた時に、「お金が正義なんだよ」って教える大人がそもそもの元凶。

 

そういう人間を舞台から降ろすことが、人に迷惑をかけちゃいけないという正しい生き方をしている国民の努め。

 

そのためには国民ひとりひとりが一度、「お金って何だろう?」ということをトコトン考えてもらいたいのだ。

ここにすべてを解く鍵がありながら、素通り状態。

これじゃ、歴史はくりかえすだけです。

 

もちろん学校教育も受験に重きを置いているようじゃダメということです。

 

受験が大事だと思う親や子供は、塾などにそれを求めるべき。

学校は小さな社会への窓口です。

人と人の関係など社会に出た時に役立つことを学んでこそ学校の意味がある。

 

 

最近のニュース記事を一瞥すると本当に酷い。

マスコミの不勉強さがとても目立つ。

 

>いじめの重大事態の増加に伴い、第三者委の設置などを巡る財源が問題になっているかを聞いたところ、50自治体が「今後の課題」「既に課題になっている」と答えた。1事案の調査にかかった費用では、神戸市の4000万円のほか、札幌市の800万円、川崎市の340万円、堺市の250万円などのケースがあった。

 

イジメの原因が財源不足だって!?

 

この記事に登場する人達、まったく事の真相がわかってない。

 

財源を増やせば解決する???ってことなんでしょか。

 

まったくもってこんなおバカさんたちはこんな委員会から追放するのがイジメ対策の第一歩。

 

現代のイジメはいじめられている人しか意識しないというのが特徴。

だからイジメを把握するのは非常に難しい。

 

大切なのは「人のココロ」を教える人がまわりに少ないという事です。

 

特に家庭環境が大きく関係するということ。

 

何でも人のせいにするのは、とても簡単なこと。

それで解決すれば、この世の中はどんなにハッピーになることか。

 

問題は外部にあるのではなく、内部。

 

まずは家庭環境。ここです。

 

共働きを推奨する世の中ですが、実際、子供というものが親が常に近くにいて、それをマネて行動するものです。

そばに親がいないということは、結局、まわりに同調するか、しないかで生きるしかない。

 

ネットに求めてしまうと玉石混交の情報が流れているため、情報を得る人がよほど考え方がしっかりしていないと流されてしまいます。

 

単純な話、楽して儲けるしか考えなくなる。

この思想がどんなに間違っているか、詳しく説明したいのだが、今はこれ以上は踏み込まない。

そもそもこの考え方ではお金は流通しないのだ。

お金は信頼の形が変わったものだから。

 

ところで人は孤立化すると、社会学でいう「アノミー(無連帯状態)」ともなりかねないということです。

 

かつて『自殺論』を書いたエミール・デュルケームは、連帯こそ人間の欲求のひとつだと言い切った。

何か当たり前のような結論だが、学問とはこの単純な答えを導き出すためああでもないこうでもないと考えるものである。

 

連帯がないと人の精神は不安定になる。

これをもって子供の精神がおかしいとか言うのはまったく的外れも甚だしい。

 

子供がおかしいのではない。大人がちゃんとしないから子供がそうなるんです。

 

大人がちゃんとするためのその最初の糸口が消費税廃止。

それは今の大人がやるべき責務であります。

何でかわからない人は、消費税を勉強して下さい。

ここに日本社会の宿痾たる縮図があります。

 

>大阪万博「子ども無料招待事業」に教職員・自治体が猛反発! 大阪府民“ほぼ無関心”の深刻事態
6月5日、大阪府教職員組合が、大阪・関西万博に子どもたちを無料で招待する事業に対し中止を求める要望書を大阪府教育庁に提出した。教職員は3月に万博の建設現場で爆発事故が発生し、安全性への不安、会場へのアクセスの脆弱性を指摘している。

 

反発する国民

 

この場合は府民あるいは市民ですが、マイナカードも医療関係も国民にも大きく反発されている。今の状況では、政府を支持している人の方がはるかに少数派。

 

当然です。

政府は、何の役にも立たないことばかりを無理強いしているからです。

 

国民はバカじゃない。

バカは、金の亡者になっている一部の権力を握る政治家。

こんな政治家を選んでしまったのは国民自身の不勉強にもあるかもしれないが、国民の負託を受けた政治家である以上、国民の僕として働くべき。権力があるから偉いんだとまったく勘違いしている議員が何と多いことか・・・。

 

過去、幾度か辛酸を舐めた自民党であるが、腐敗しきった権力は下野に落とすべきです。

政治家を自助努力などで更生させるのは、政治家自身では無理。

我々国民こそが政治家を育てるという意識が大事なのだ。

 

このままでいいとする人間もおりましょう。

しかし大半はこの記事だけではありませんが、政府に大きく反発をしています。

 

これもコロナワクチンの副作用かもしれませんね・・・。

 

いまだに医療神話を信じている方は、それはそれでしあわせかもしれません。

 

真実に気が付いた苦悩と真実を知らないしあわせ。

どちらを選ぶかは、貴方の自由です。

 

実はこの流れが、少子化やイジメなど多くの事柄につながるのです。

 

社会は有機的な存在。換言すれば、生き物と同じ。

だからこそ、Aという事象がBやC・・・という事象も絡み、それがフィードバックしたりもします。

その相互関連を分析をするのが社会学なんですが・・・。

 

しかし、社会学も経済学もすでに死んでいます。

 

極論かもしれませんが、学問なんて死んでも構わない。

その代わり、国民がフォローすればよいのだ。

 

国民の反発・・・今、だんだん国民が目覚め始めている。

とてもよいことである。

 

ついでに目覚めるということは、自己責任で生きていくという表れでもあります。

 

「安楽死」の問題も少し前に取り上げましたが、安楽死問題はもはや焦眉の急(急いでやれや!という意味)。いつまでも放置していてはいけません。

 

>「身寄りのない高齢者の葬祭費」が行政を圧迫…避けて通れない「自分が死んだら誰が葬るのか」という社会問題
独居老人などの身寄りのない人の葬儀費の行政負担が過去最大となっている。名古屋学院大学准教授の玉川貴子さんは「自治体や社会福祉協議会頼みのサービスではいずれ限界が来る。


これも現代という「個」を重視する社会の派生的な問題かと思う。
「安楽死」とともに俎上に乗せて議論すべきだろう。

 

さいごに自己責任とは、医療への誤解も含れています。

医療は完璧なものではありません。

つまり「日ごろの食」についてもご自身で考えないといけない。

 

当たり前の事ですが、結構いい加減にしているのが普通です。

 

どうして医者は、日ごろの食については何も言わないのか?

 

もちろん、ストレスも健康に大いに関係ありますが、ここでは割愛。

 

戦後、日本における食の大きな変化。

肉、小麦、脂、甘いモノ。

 

ここに今日における病気の原因があるかもしれないのに、何も言わない。

 

大昔、医聖として名高いヒポクラテスは、「食べ物で治らない病は医者でも治せない」と言ったそうだ。

また人間の体の中には「100人の名医がいる」とも。

 

この意味は、白血球が免疫と身体の修正をするという意味です。

だからこそ、血液を汚したりせず、血液が円滑に流れるような食生活および運動などをすべきとなるのです。

 

ワクチンや薬というのは、人によって効果が異なります。大半は効果あるものとしていますが、実際問題、ひとりひとりの身体の仕組みが違いますので、そこまで考慮して接種したり、服用するわけではありません。

 

効く人もいれば、効果のない人・・・逆に悪い意味で副作用が出る人もおられます。

 

ワクチンや薬とはそういう意味で、身体の中に取り込むのは、ひとつの博打です。必ず救われるというものではないということ。

 

ましてや「予防」なんて甘い言葉で接種を促すなんて、詐欺同然です。医者はいつから詐欺師になってしまったのか?

ちゃんとベネフィットとリスクを患者自身が選択できるように提示しなければいけない。

 

すでにmRNAコロナワクチン接種後死亡者は、お医者様が介在して公表されている数字だけでも2000人を超えています。

普通はひとり死んでも大騒ぎするのに、例えば最近の紅麹をご覧ください。何ですか?あの騒ぎは?

しかし、コロナワクチンに関しては2000人死んでも、公表もしないし、そのためか騒ぎもしません。

騒いでいるのはネット民だけ。

この現象を異常と思わない人は完全に「あたおかな人」です。

 

残念ながら現在の医学はこの程度なのです。

 

ご自身の心の声を聴いて、ワクチン接種するか、薬を飲むかは判断するしかないというのが現状・・・。

 

どうせいつかは人は死ぬわけだし、医療で殺されるより、運命に任せた方が気が楽です。これは私のひとりごと。