天上三日、底百日 | ochiochiのブログ

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地球温暖化も仮想通貨も新型コロナもSDGsもウクライナロシアの問題も「善意なき資本」が方向づけている。

天上三日、底百日。

こんな投資の格言を聞いたことはありませんか?

 

いつまでも相場は上がるわけでもないし、逆に下がるわけでもない。

しかしすごく盛り上がる時は、ほんのひとときの出来事でしかないということだ。

 

泡沫(うたかた)という言葉もあるが、人生も華々しい時はほんの一瞬。

人生は幻のようなものかもしれない。

 

前置きはそれくらいにして、5/30、日経平均は一時900円安くなった。
長期金利の上昇を懸念してとのこと。


しかし、毎度毎度、このような乱高下に一喜一憂する。
投資家というのは一体何者なんだろう。


株は投資ではなく、「活用」ということを強調したい。


博打の道具である仮想通貨は何の裏付けもなく、投資家の博打心だけでもっているようなもの。


しかし株式は実際に株式会社が存在し、実経済と密接に結びついている。
ここを度外視して同じ土俵で語ってはいけない。


超インフレだとか騒ぐが要するに他人から財産を掠め取る現在の経済の在り方が間違っているからこうなる。


人はモノを作り、それを交換するということで経済が成り立ってきた。
裏返せば、お金で測らなくとも、実物さえあれば、それを交換することでインフレなど無用の経済が出来るのだ。


お金は道具。社会的な媒体として存在するもの。
そういう認識に立てば、いかに現在の経済学が滑稽なものかよくわかる。


人がモノを作らない経済はいずれ崩壊する。
これだけは断言出来る。


余談だが、株式投資には常に税金という問題が関わる。
これも分離課税は止めて、総合課税とすべきなのかもしれない。
ここは賛否両論あるかと思います。


個人的な思いを言えば、どうせ法人税が取られているわけだから、非課税でも構わないかなとも思う。


その代わり、最低でも半年は保有しなければいけないというルールを作ってもよいかなと。特段の事情のない限り、一定期間株式は保有しなければいけないというルール。その代わり、税金はなしとかね。逆にしばりを設けなくとも、短期保有にはうんと税金をかけるという方法もなくもない。

 

証券会社の職員には、株を買ったら一定期間保有するというルールがあるし、また先物や信用など博打めいたものは禁止行為とされている。

証券会社の職員は、他の証券会社で取引すること(地場(じば)受けという)は禁じられているのだ。


ま、このような株式の税金については、いろんなご意見があるかと思います。

余談ですが、インチキとしか思えない消費税は早々に廃止していただきたい。勉強すればそのインチキさがよくわかります。このブログにも記事を載せてますので、興味ある人は探して下さい。


たくさん議論して最善を導く。これまで人がやってきたことをやればよいのではないでしょうか?


そういう意味では何の議論もなしに自民党の好きなような政策ばかり行う現在の政治は最低でありましょう。

 

株式投資もこんなに形を変えてしまったのは、現代というお金で何でも出来るという幻想がまかり通っているからに他ならない。

 

2024年に調査された30カ国の幸福度を比較しているのですが、日本人の「幸せである」と回答した割合は、調査対象国の中で下から3番目でした。プレジデントオンライン

 

 

韓国より上だからいいじゃん!なんてそんな低レベルな事言っている人は論外。

どの国だってしあわせにならなきゃいけない。

 

ところで、こういうニュースから読み取れることは、一概にお金があったら幸福になれるというものではないようだ。

日本では最近、格差が激しくなっているからという意見もあるかもしれません。しかし格差社会の代表のようなアメリカでさえ、真ん中に位置します。

下から三番目なんて、本当にひどすぎる社会だという認識が必要でしょう。

 

こんな表現もある。

家は買えるが、家族は買えない。

 

お金で何でも買えるわけじゃない。

 

あなたの笑顔はプライスレスなんですよ。

その笑顔がまわりを変える。ダイヤモンドの光より数百倍も価値がある。私はそう思う。

 

上記の表現でうまく伝わらないなら、赤ちゃんを想像すればいい。無垢な赤ちゃんは、我々に癒しとやすらぎと不思議な未来への期待感を抱かせるではありませんか。

小さい命ですが、その力は限りなく大きい。

 

話をもどしますが、なぜ「お金が存在するか、何のために存在するのか」、この機会に考えてみてほしい。

これこそコンピューターでも答えが導き出せない人間社会の核心的な問題なのだ。

 

現代の経済学は、お金とは何ぞやと一切考えない。

文献を探しても本当に少ない。

ここに大きな陥穽が潜んでいるのに、ほとんどの人が気が付かない。

だから仮想通貨のようなインチキ通貨が登場してしまうのだ。

経済学は学問というには、あまりに幼過ぎる。

 

医学も同様で、血液の研究が進展していない。

血液は臓器と同じだから、輸血は臓器移植と同様という認識が必要だということさえ忘れている。

 

我々は一見、科学が進歩したような社会に住んでいるよう見えるが、実は違う。

いまの社会は完全に人間というものを忘れてしまっているからだ。。。

 

食がこのことを如実に語っている。

化学式みたいなものが重宝され、他の命を食らって我々人間は活かされているということを忘れてはいけない。

 

栄養とは化学式にだけあるのではないということです。