やっとやっと過去のシガラミから抜け出して、

まっさらな気持ちで、
未来に向けてリスタートができたのが、
約2年半前の事。
あの家を出る勇気が持てた頃。

私の過去を知らない人や
私を全く知らない人達がいる街の生活は、
心地良かった。
とはいえ、
働くダンススタジオがある街に
越してきたので、買い物に行けば、
生徒さんやその親御さん達に
結構な確率で遭遇するわけで、
でも彼らは私の事を
ダンスの先生としか知らない。

ここは田舎なので、
結婚当初も夫が私のために
話相手として近くに日本人は
いないかと探してくれた。
2人程見つかったが、
私の母よりも歳上のようで、
近くとはいえ、どうやら車で
1時間以上かかる街らしかった。

そのうちの1人とは、
親戚が知り合いだったこともあり、
夫の葬儀の時にドイツ語力が
非常に乏しかった私と
全く英語もドイツ語もわからない
私の両親の為に通訳を
快く引き受けてくれてから
今でもお付き合いのある友人になった。

義父は、代々受け継がれた建設業を
営む家系で、実家の方は、義父の兄が継ぎ、
義父は図面の方の建築家として
友人と共に個人会社を設立した。
だから田舎とはいえ、
結構な広範囲で名前が知れた人だった。
そして日本人なんてもう珍しいの一言で、
それが息子の嫁だというと
私が知らない人たちが
私を知っている状況になるわけで...
これって当時も思ったが、かなりの苦痛...

先日、郵便局に行った時、局員に突然、
“あなたはもしかして、
○○(夫の名前)さんの奥さん?”
と聞かれた。
“はい、そうですけど...”
彼は、義父の会社があった
同じ建物に入っていた不動産屋で
昔、働いていたといった。
会話は、それだけだったけど、
その瞬間は、笑ってしまったが、
16年以上経って、
あそこを離れても結局は、
そのシガラミがついてくるのか〜とも思った。

引っ越しをしようと決めてから
要らないものをネット販売したのだが、
大きな物は購入者が取りに来るという
販売方式で、その内の1人は、
その昔、義父の会社と
仕事をしたことがあって知っているといわれ、
もう1人は、娘が生まれた頃、
よく行っていた子供服屋の人で、
当時、夫があまりに若くして
亡くなってしまった事が
余りにも衝撃的で覚えていると言われた。

私が知らない人達の記憶の中に
当時の私達が残っている...
確かに私達は、若かった...
そしてこれってちょっと怖いなぁとも...

私の事情を知らずに友人になった人達は、
夫のことを言うと
まぁ、言葉を無くすのだが、
私はできるだけあった事実を
物語のように淡々と伝えるようにしている。
そうじゃないと相手に同情されたり、
頑張れって応援されたり、
はたまた泣かれでもしたら
こっちは、どうしていいかわからないから。

私としては、
新天地でビフォー&アフターじゃないけど、
そう生きていきたい、
生きていけると思っていた。
でも世界は広いようで、小さくて
事実は事実として
だれかしらのどこかしらの記憶に
残っているようだ。

日本でいうお通夜のミサや葬儀当日も
沢山の人が来ていたが、
95%いやもっとだったかもしれない
私が知らない私の事を知っている人達。
なんかモヤモヤが残るこの感じ...
どう言葉にしていいか結局わからない。

捨ててしまいたいシガラミであり、
心のよりどころであるもシガラミ。
話しかけたい相手は、
呑気にも天国にいる。

こんなことは、
さらっと流して通り過ぎましょ、
と自分に自分で暗示をかける。