実家の両親は
父 91歳 要支援1
母 88歳 要介護1
父は心臓の持病あり。杖歩行しているが、なんとか自立。認知機能は衰えているが、年相応。
母は眠剤に過剰なこだわり、体のかゆみを感じないための工夫に明け暮れる、依存気質のため、1人で留守番はできない。体の機能は父より低下しており、やっと伝い歩きできるレベル。
簡単に説明するとこんな感じだけど、二人で暮らしたいという強い希望をかなえるため、各種サービスと私の支援でいままで頑張ってきてくれました。
母が眠れないと自殺未遂(死なない程度のさわぎ)を起こすので、精神科に通院しています。
去年の暮れにもさわぎを起こして、眠剤を増やして貰ったところ、良く眠れると喜ぶ喜ぶ。でもだんだん、朝方ポータブルトイレに起きた時に転ぶようになり、眠剤を時々は半分服用するように指導されていましたが、蓄積が防ぎきれなかったのでしょう、ついに2月末に父と散歩中に後ろに倒れて、後頭部を強打してしまいました。実家に駆け付けると、母の顔はまるで泥酔した人のようで、目がうつろ、話している途中で眠りそうになるなど、明らかにおかしい。
地元の大きい病院では、脳神経外科でCTをとり「異常なし、傷を縫うから1週間後に抜歯ね」で返されましたが、どう考えても眠剤の影響と思い、かかりつけの精神科病院に、嫌がる母をやっとの思いで入院させてもらうようにしました。
母のタンスを開けてみると、勝手に通販ですいみん系のサプリを定期購入していたり、夜中にのんだドリンクの跡などが無造作にしまわれていました。
母は「入院するなら死んだ方がまし。家で死んでおくからあんたは帰れ」と言っていましたが、本当は誰かにすがりたかったのではないか。私に迷惑をかけたくない気持ちもあったと思います。もう1人でどうしようもない不安と戦う夜を終わらせてあげなければと思いました。
実は私には兄がいました。18年ほど前に自殺で他界してしまい、それから母はすべてに自信を無くしていきました。1人でいられなくなり、眠れない、かゆみがとまらない、痛みがひかない、様々な体への不安が抑えられなくなり、いくつも病院を回りました。
そしてそんな母の気持ちを一向に理解できないのが父です。悪い人でないです。理解できないだけ。アクティブなおじいさんで、母を置いて自分だけ遊びまわりました。10年ほど前に母が自殺騒ぎを起こして初めて、一緒にいてあげるようになりました。それでも家事はすべて母任せです。昭和一桁の男は何もできません。
そうやって二人とも年老い、母の方が先に体が弱り、父に指図して家事を回している状況でした。限界が近いのは目に見えていましたが、父も母も「○○さんが施設にほいやられた」など、施設に入る人を、子供に捨てられた親のように勘違いをしており、「施設に入っている人は、栄養状態も良くなって、ゆったり生活しているんだよ」と説明しても頭に残らないようでした。
週に一度、私が出向いた時、父を囲碁会に、母を食事や買い物に連れ出すことを両親はとても楽しみにしていて、かれこれ10年位、いつまでも続けばいいと私も思っていました。
だけど、
両親の前に“私が”決断する時がきました。“2人を施設に住まわせる。”これは両親のための決断です。
父 91歳 要支援1
母 88歳 要介護1
父は心臓の持病あり。杖歩行しているが、なんとか自立。認知機能は衰えているが、年相応。
母は眠剤に過剰なこだわり、体のかゆみを感じないための工夫に明け暮れる、依存気質のため、1人で留守番はできない。体の機能は父より低下しており、やっと伝い歩きできるレベル。
簡単に説明するとこんな感じだけど、二人で暮らしたいという強い希望をかなえるため、各種サービスと私の支援でいままで頑張ってきてくれました。
母が眠れないと自殺未遂(死なない程度のさわぎ)を起こすので、精神科に通院しています。
去年の暮れにもさわぎを起こして、眠剤を増やして貰ったところ、良く眠れると喜ぶ喜ぶ。でもだんだん、朝方ポータブルトイレに起きた時に転ぶようになり、眠剤を時々は半分服用するように指導されていましたが、蓄積が防ぎきれなかったのでしょう、ついに2月末に父と散歩中に後ろに倒れて、後頭部を強打してしまいました。実家に駆け付けると、母の顔はまるで泥酔した人のようで、目がうつろ、話している途中で眠りそうになるなど、明らかにおかしい。
地元の大きい病院では、脳神経外科でCTをとり「異常なし、傷を縫うから1週間後に抜歯ね」で返されましたが、どう考えても眠剤の影響と思い、かかりつけの精神科病院に、嫌がる母をやっとの思いで入院させてもらうようにしました。
母のタンスを開けてみると、勝手に通販ですいみん系のサプリを定期購入していたり、夜中にのんだドリンクの跡などが無造作にしまわれていました。
母は「入院するなら死んだ方がまし。家で死んでおくからあんたは帰れ」と言っていましたが、本当は誰かにすがりたかったのではないか。私に迷惑をかけたくない気持ちもあったと思います。もう1人でどうしようもない不安と戦う夜を終わらせてあげなければと思いました。
実は私には兄がいました。18年ほど前に自殺で他界してしまい、それから母はすべてに自信を無くしていきました。1人でいられなくなり、眠れない、かゆみがとまらない、痛みがひかない、様々な体への不安が抑えられなくなり、いくつも病院を回りました。
そしてそんな母の気持ちを一向に理解できないのが父です。悪い人でないです。理解できないだけ。アクティブなおじいさんで、母を置いて自分だけ遊びまわりました。10年ほど前に母が自殺騒ぎを起こして初めて、一緒にいてあげるようになりました。それでも家事はすべて母任せです。昭和一桁の男は何もできません。
そうやって二人とも年老い、母の方が先に体が弱り、父に指図して家事を回している状況でした。限界が近いのは目に見えていましたが、父も母も「○○さんが施設にほいやられた」など、施設に入る人を、子供に捨てられた親のように勘違いをしており、「施設に入っている人は、栄養状態も良くなって、ゆったり生活しているんだよ」と説明しても頭に残らないようでした。
週に一度、私が出向いた時、父を囲碁会に、母を食事や買い物に連れ出すことを両親はとても楽しみにしていて、かれこれ10年位、いつまでも続けばいいと私も思っていました。
だけど、
両親の前に“私が”決断する時がきました。“2人を施設に住まわせる。”これは両親のための決断です。
