夏の思い出2

仕事探しの心配ばかりしてても抜け毛が増えるだけなので、

今日はケンヂの笑える言葉を集めてみました。


「これ、ドロンジャ?ドロンジャっていうんでしょ?」

→ホチキスのこと。なぜドロンジャ


園長先生はお昼の時間にお教室に来るの?という質問に対し

半ばキレながら

「えんちょーせんせーはジムジョにいんだよ、ジ・ム・ジョ!!」

→たぶん事務所のこと。


デイボーいれてよ、あついんだかやさー!!」→冷房。


うちゅうひこーき」→宇宙飛行士


ちが」→血

かが」→蚊


かねごぐん」→金子君


みすたあいんりくれりぶる」→Mr.インクレディブル

すっぱいだあまん」「すっぱいきっず」→スパイダーマン、スパイキッズ


らうだがさー、ないんだよねー!!」→名札


時々言っているへんな言葉。

①ケンヂ 「けんちゃんのまゆげ、なくなってきてるんだよね…」

       (鏡を見ながら)

私 「え?そんなことないよ!(これから濃くなってくのに…)

   なんでそう思うの?」

ケンヂ 「いや、なくなってるんだよ、けんちゃんのまゆげ…」

     (あくまで真剣に主張)


②ケンヂ 「けんちゃんほねがなくなっちゃってるんだ…」

       (怒られてしょげている)

私 「ふーん(半ばあきれて)、なんで骨がないわけ?」

ケンヂ 「ママがおこるとけんちゃんほねがぜーんぶなくなって

     しんじゃうんだー!!」(大泣き)

TOEICという試験を、私は

後にも先にも一度しか受けていない。

半年前に、日本で受けたのが最初で最後。

スコアはちょうど800だった…なまぬるい数字、である。

スコアだけ見れば聞こえはいいかもしれない、でも

8年以上アメリカにいました、という人間の取るスコアとしては

ヤバイのではないだろうか…?

(言い訳をさせてもらうと、受ける前に全然勉強する時間がなかった

のよね~…でもそれこそが本当の実力試しってことか。)


しかも、私自身TOEICをあまり信用できない。

理由は、問題があまりにも主婦っぽいと思ったからだ。


アメリカに在住しているとき、大学に通っていた人、

またはビジネスで切磋琢磨した人だと

英語の上達ぶりは格段に違うのだが、

私のように滞在期間の半分以上を専業主婦として

過ごしてしまうと、(しかもアメリカ人の旦那が無口で、

あまり家に帰ってこない場合は特に)

英語の上達は遅くなるし、また能力が片寄ってくる。

つまり、大学で必要な「ボキャブラリー」とか、

ビジネスで必要な「会話力」というのがあまり身につかず、

新聞や雑誌、広告などの速読、テレビドラマのヒアリングのみ

めっぽう強くなってしまう訳だ。

あとは夫婦喧嘩。なぜ人間は、怒ったときだけは流暢に

英語が出てくるのだろう、不思議である…

それに、汚い言葉だけは何故か簡単に覚えられる。


一度しか受けてないから分からないが、

私が受けたときのTOEICの試験の長文読解は

ほとんどが主婦が読みそうなくだらない広告だった。

私が最も得意としていた分野だったのである!

「まるまる電気、ただいまバーゲン中!!」みたいな記事ばかりで、

この種の文章の斜め読みは主婦なら誰でも持っている特技だ。

このおかげで、本当はもっと実力のある留学生や駐在員の人と

スコアの差を縮めることができてしまうのだ。

これは、彼らに申し訳ないなと思うのです。


今週は、仕事探しであちこちの派遣会社に登録して回ったのだが

実力テストのひとつとして英語の試験を受けさせられた。

…結果はひどかった!

その試験は、フツーに難しい単語が並び、フツーに難しい文章が並び、

フツーに難しい文法問題が出ていたのだ。

私はあらかじめスタッフの方に自分のTOEICスコアを

告げておいたのだが、試験を受けたあとは恥ずかしくて恥ずかしくて

仕方なかった…TOEICスコアが意味する能力と、この試験上での能力が

あまりにも違うから…。


何はともあれ、TOEICで800スコア取れても、断言するが

私の英語はたいしたものではない。その証拠に、

アメリカ映画を見ていても台詞が100%理解できたためしがないし

長いスピーチなどを流暢にこなすこともできない。


…これで英語を使える仕事、探せるのかなあ???


今日はうちのバカ息子ケンヂのからだについて

リポートしてみます!


ケンヂはアメリカ人父と日本人母(私)の子供なのだが、

父親の先祖はヨーロッパから移民してアメリカに来ているので、

お爺さんからスコットランド、お婆さんからスイス、

お母さんからイングランドの血を受け継いでもいる。

また日本人母(私)の家族はさかのぼってもずーっと日本人

なのだが、遠い遠い先祖は中国人だったかもしれないので
もしかしたらケンヂには中国人の血も入ってるかもしれない…


そんなことを言っているとキリがないのだけれど、

ともかくケンヂは幸か不幸か、白人系のルックスとアジア人系

ルックスの両方をちょっとずつ兼ね備えた人として

この世に生まれてきた。

しかも、うまーくイイとこ取りしてるのである。

なかなか抜け目のないヤツである。


たとえば肌なのだが、やや父親の血が濃く出て、

父親ほどではないが少し色白に作られた。

肌の白さは七難隠すというので(男の子にも言うのかは

わからないが)すごいのは、父親の「日焼けができない」

という欠点を克服しており、その点だけは私に似て、

焼こうと思えばこんがり小麦色に焼くことができるのだ。


体毛に関しては、そのほうが防御力があるからなのか、

父親に似て結構毛深そうである。しかし肌と同じ様に色素が

薄く、白っぽく動物っぽい感触の体毛になっている。


また目の色は日本人らしい茶色で、夏でもサングラスを

かけずに済む。白人は色素が薄いせいで、どうも

日本人に比べて、景色がやや明るく見えているようだ。
このせいで彼らには、はっきりした明るい色を好む傾向が

あるのだと私は思っているのだが…。

とにかくあまりにも陽が強い日はまぶしすぎて、
目を開けているのが辛いらしいので、

目の色が濃いほうが目には良いと思う。


またアジア人の子供特有のおしりの蒙古班であるが

最小限にとどめられ、ほくろのように1点だけポツンとある。


欠点といえば足の長さである。私も典型的なクラシック

日本人なので足が短いが、悲しいかな元夫も白人のくせに

足が短く、ケンヂはどっちの足を受け継いだのか知らないが、

とにかく足は短そうである。不憫…


いちばん気になるのは内臓である。

腸が長ければ日本人のように野菜や穀物中心の食生活

にするべきだし、逆に短かければ欧米人のように肉中心の

食生活でもある程度OKなのだが、
内臓だけはどうなっているのか見ることができない…
そう考えると脳みそも若干違っているんだろうな。
だからケンヂはアメリカの寒いジョーク(それも日本語訳

されてて更に寒い)に大笑いできるのではないだろうか?


韓国人の女の子Tちゃんと知り合い、話をした。

彼女の英語と日本語がほんとに上手なので、日本人だと思って

話しかけてしまったのだ。


Tちゃんは、学生としてニュージーランド、日本で勉強して

二つの言葉を身につけ、日本にて就職することができた。

それが偶然にも私の元夫が働いていた、ブル○バーグという
外資系の会社だった!(もちろん部署は違うけれど)


ブル○バーグに元夫が就職できたのは、彼が記事の執筆という特別な

経歴を持っていたから(彼にはそれ以外ほとんど何も才能がなかった)

なのだけど、大学を卒業したての若いTちゃんが、どうやってあの大企業に

入れたかというと、どうやら「バイリンガル枠」というのがあるらしいのだ。

Tちゃんは、自分で努力して語学力を養い就職したのだから

ホントに偉いのだが、Tちゃんの同僚たちは生まれながらのバイリンガル、

いわゆる父がアメリカ人、母が日本人、または日本人の家族だが

イギリス育ちというような環境で育った人々ばかりが

集まっているらしいのだ。


Tちゃんいわく「みんな完璧なバイリンガルだから、英語も日本語もできて

凄く羨ましいけれど、なんだかみんなとっても変わっている人達なのよ!」

だそうだ。完璧なバイリンガル…しかしそこには、二つ、あるいは三つの

国の文化がやはり完璧なまでにミックスされているのだろうか…。


Tちゃんや私のように、母国の文化、母国語が自分の中で

大きな基盤になっている人間から見たら、自分の中で国籍を超えた人間

というのはある意味非常に高い次元、新しい次元の人という感じがする。

しかし、神様が何を考えていらっしゃるのか一般人には分からないように、

何を考えているのか凡人には分からない、というのが

彼らの特徴なのだろう…。


横にいる我が息子をチラリと見た。


ママは就職が有利だと聞いて、あなたがバイリンガルに

なれたらいいなと思っちゃったけど、

やっぱりTちゃんみたいに自分で努力する人って素敵だよ。

それに、あなたには心の中に「母なる国」を持っていて欲しいとも思う…。

いつか、それが心の支えになる日が来る気がするよ。


とはいえ、天然バイリンガルの人達にとって何が幸せで何が悩みなのか、

そうでない私達には永久に理解できないのだ…。

ケンヂの英語の先生を探した時の話。


駅前によくある大手英会話スクールの評判が

あまり良くないのは多くの人が知っていることと思う。

もちろん勉強にならないことはない。

学校に行って英語の授業を受けるときに

だいぶラクになることは確かだろう。

だけど、子供をバイリンガルにさせようとするのなら、

駅前留学では…はっきり言って、難しい。


このことが実際にはっきり分かったのは、

友人(アメリカ人)から紹介してもらった

経験豊富な英語教師、カーラに出会った時だ。


私はなにしろ、半分アメリカ人であるケンヂには

かなり真剣に英語を教えて欲しかったので、

良い先生はいないかしら、と友人に相談したのだが、

彼が「それなら彼女は子供を教える経験が豊富で

ケンヂの事情も理解して、よいレッスンをしてくれると思うよ」

と言って紹介してくれたのがカーラだった。


その後すぐにカーラと会って、レッスンについていろいろ話し合った。

彼女は、某有名英会話スクールで現在でも子供達に教えている。

そして彼女は、そのスクールの授業内容の規定に、

非常に腹を立てていた。理由は、

「まったく英語力の上達につながらない」だからだそうだ。

ゲームをするなど、子供を楽しませ引き付ける工夫はあっても、

決して「話せるようにはなっていない」らしい。

彼女は果敢にも、スクール側に彼女の意見を述べたらしいのだが

相手にしてもらえなかったらしい。

だから彼女は、私の大手スクールに対する不安をとてもよく

理解してくれたし、またケンヂの個人授業に関しても

「本当に上達するレッスン」を考えてくれる、と言ってくれた。


とっても嬉しかった!!のだが…

残念ながら時間が合わなかったので、

結局彼女から教えてもらえるチャンスは延期されてしまった。

がっかり…でも、こういう裏事情を実際に聞くことができたのは

貴重な経験だったかもしれない。


今日もケンヂは日本語っ子。

でも本人は笑顔ニコニコなので、単純な私は

「ま、いっか」と考え直したりしてしまう…


日本に帰ってきてからは、とにかく生活をなんとかしようと

必死になっていて、他のことはあまり考えられなかった。

母親である私自身がすっかり英語から遠ざかってしまい、

ケンヂに英語を教えるような状況ではなくなってしまった。


経済的に余裕もないので、当然アメリカンスクールにも

入れないし、公立の保育園では当然日本語オンリーなので

ケンヂはすっかり日本語オンリーな子供になってきている。


本来は、アメリカでは離婚後の子育ての義務&権利は

両方の親に平等にあると考えるので、親権のない父親でも、

かなりの期間を子供と過ごすことを希望し、実際にそうしている。

母親のほうも、時間が自由になるのでそれを良しとしていることが多い。

ケンヂの父親は、そういう意味ではちょっと普通じゃないのかもしれないが

まったく息子に会いに来ようともしないし、来てくれとも言わないので

(本当に勝手で薄情な男である!!)

ケンヂには英語に触れるチャンスがほとんどない。

半分はアメリカ人だというのに!!

これではさすがにマズイと思ったので、いろいろと

悩んだ末、個人教授をつけること、また英語を話す友達を

作ることを考えた。英語の先生はまだ探せていないけれど、

とある教会で、数名の友達を作ることができた。

しかし!!誰もが同じ悩みを抱えているなと感じたのだが、やはり

日本の公立の幼稚園や小学校に通わせると、たとえ親が

家庭で英語を話していても日本語だけがどんどん発達してしまうのだ。

しかも、英語を話す親や友人を拒んだりする性癖が出てくるのだ!

だから…はっきり言ってケンヂにはどれだけ

英語の勉強になっているかは分からないけれど…

少なくともひとつ良かったと言えるのは、どうやら性格などは

類似しているようなのである。

自己主張が強い、人見知りしない、よく喋る…なぜだろう、

そういう部分は共通しているのだ。


また、ケンヂを見て面白いなコイツ、と思うのは、

彼がトムとジェリーを大笑いしながら見ていることだ。

私や兄、私の友人など、小さい頃を思い出すと、

あのテのアメリカ風ドタバタ漫画を見ても、

天才バカボン(…古いですか?)とかよりは

笑わなかった気がするのだが…

ケンヂはまた、アメリカのコメディドラマを見るのも好きで

やはり大笑いして見ている。

日本人には寒いと思われがちなアメリカンジョークが

ケンヂには面白いらしい。

英語は忘れてしまっても、ユーモアの感覚は

しっかりアメリカンのようなのである。


昨日、一通の手紙が届いていた。

特徴のある文字ですぐに誰からか分かる…ピッツバーグの、

元主人の母親からだ。


離婚したあと、別れた相手の家族とは

どうやって付き合うべきなのかは難しいとことだけど、

元主人の母親マリー・ケイとは、今でも頻繁に手紙のやりとりをしている。

最初私は、主人への怒りで、主人の家族ともZ絶対に連絡を取ることは

せず、ケンヂの写真やビデオなども絶対に送らない、と

心に決めていたのだが、徐々に落ち着いてくると、

主人がケンヂに冷たかったのに対して、彼らはケンヂをとても愛してくれていたし、

彼らには何も罪はないよなあ…と考えるようになった。


マリー・ケイは、私と主人が別れてからも、ケンヂの誕生日、クリスマス、

そして私の誕生日までプレゼントとともに手紙をくれ続けた。

ケンヂとずっと良い関係を保ちたいと思っているのだろうけど、

彼女の愛情の深さは本物だと思ったので、私も

丁寧に返事を書いたりプレゼントを贈ったりするようになったのだ。


彼女自身も、主人の父親ジョン・ジュニアと離婚している。

やはり夫側のわがままに従って、の離婚だった。

その意味では、私と彼女は似ている立場にあった。

また、なぜか彼女の13歳のひとり息子(私の元主人)は

母親との同居を選ばず、父親と祖母と暮らすことを選んだので、

それ以来、自分の夫と息子にはある種の妬みが

彼女の心の奥深くにあり、彼らを愛していながらもどこか

客観的に彼らを見ることができる女性でもある。


女一人で、わずかな収入で小さなアパートに暮らす…

特に彼女は、両親や兄弟もいないのでまったくの一人、という生活だ。

再婚も考えてないのか、付き合っている男性もいないようだ。

そういう生活は精神的に、とてもタフでなければ出来ないことだと思う。

ピッツバーグ郊外は、鹿や熊のほうが人口より多いのでは?と

言われるほど、森の中、山の中にいるみたいに淋しいところだ。


時に、ケンヂの世話を焼いているのがイヤになるが、

こんな手のかかる息子でも、私のそばにいてくれることに

感謝するべきなのだろう…


今回の手紙の内容は、私が贈った誕生日のプレゼントへのお礼だった。

私の元夫も病気、彼女の元夫も病気という状況も書かれていた。

私には何もしてあげることがないのだけれど、

皆が幸せであってほしいと思う。特に、マリー・ケイが。


またいつものように、たくさんケンヂの写真を

送るからね…そのうちあなたにだけは、ケンヂを

会わせてあげたいよ。

主人が出て行ってからは、もの凄く落ち込んだ。

楽観主義で、自殺など一度も考えたことのない私が

「死んだほうがいいのかもなあ…」と思っちゃったほど落ち込んでいた。

半年位の間、ずっとグレーのサングラスをかけて歩いているかのような、

悲しみで現実が見えないような状態が続いた。

こういうとき、いつもは臭いと思っていたお線香の匂いが

心が慰められるように感じ、墓地を見るとそこで休みたくなった。

それで、死者がここで線香のよい香りに包まれて

安らかに眠っていることがすごくよく理解できた…

不思議な感覚だった。本当に、気持ちは「死」に

限りなく近づいていたのかもしれない。


そこまで落ち込んでいた私が、現在のように再び元気を取り戻すことが

できたのは、ともかく「時間」のおかげだと思う。

人間の脳の、記憶を消してゆく素晴らしい機能のおかげだ。

たとえばニューヨークの町のことも、懐かしくて帰りたくて、

帰国してから半年くらいは毎日のように思い出して泣きながら寝ていた。

だけど1年を過ぎると、「ん?夢の中で起きたことだったかな?」

という程度に記憶が薄まり、あまり悲しまずに済むようになってくる。

元主人については、これほど簡単には忘れられなかったけれど、それでも

徐々に記憶が薄れ、悲しみが軽くなってきたのだった。


立ち直るのにとても助けてもらったのが…これを言うと軽蔑される

かもしれないが、なんと!!日本の若い男性アイドル達だったのだ!!

アメリカ人である夫を忘れるのに、テレビに映る日本の若く美しい

男の子達は私の心を、誰にもできないパワーで慰めてくれた…。

「そうよ、私は日本の女の子(?)よ。日本は素晴らしいわ、こんなに

素敵な男の子がたくさんいるのよ。日本にいることは幸せなのだわ!」

そんなふうに思うことができた。それは、J事務所のメンバーの正月ライブを

母と見ていたときの私の気持ち。今でもはっきり覚えている…

母も、少しだけ明るくなった私を見て嬉しそうだった。


誤解されないように弁解しておきますが、私は今まで

アイドルのファンだったことはないし、美形の男性を特に

好んでいる訳でもありません。

(ちなみに主人は白人だけどひどく太っていて鼻も低く、

およそハンサムなタイプではない)

そして、自分がもういい年したオバサンであることも分かっています。

ただ、その瞬間だけは、本当にアイドルの方々に助けられたなと感じたので、

それに対して感謝の気持ちを表したい…と思ったのです。


以前は元主人に似た、太った白人男性を見かけると親近感を感じて

つい目で追ってしまっていたのが、現在は

街で日本人の格好いい男性達を見て、気持ちがさわやかになる、という

ことのほうが多くなりました。

もちろん、実際に素敵な男性と出会ってどうのこうの…なんてことは

ないのだけれど…気持ちが前向きになったことだけは確かだ。


日本の男性方、本当にありがとう。


次の就職先を探すことも頭の痛いことなんだけれど、

更に頭の痛いことに、元旦那から久しぶりにメールがあった。


「2ヶ月分溜まっている仕送りはもうすぐ

送るから心配しないでくれ。

でも自分は来月会社をクビになって

ピッツバーグ(彼の実家)にしばらく滞在することに

なるから、今後は自分の親からの仕送りになるけど

彼らはあんまり収入が多くないから

今までどおりの額面を送れるかわからないよ」


つまり弁護士のいうとおり、

離婚申請後3ヶ月以上その州に居住しなければいけないのなら、

イリノイでの離婚の手続きも無駄、ということになる。

これからの申請先はピッツバーグ、つまりペンシルバニア州という訳だ。

もし、彼が3ヶ月以内に他州で仕事を見つけて移住すれば、

また申請先は変わることになる…。


いったい、いつになったらアメリカでの離婚が成立するのか…?


それにしても、彼は今後働く気はあるのだろうか?

収入がないと、やっぱり養育費は決められた金額を

もらうことはできないんだろうか?


元主人と私、二人揃って失業という情けない状況になって思うのだが、

結局私たちは二人とも、自立できてない子供みたいな大人なんだな。


とにかく人生の荒波の中で頑張っていくしかないんだな…

国際結婚した夫婦が離婚するとき、

夫婦が同じ国に居ることは少ないのではないだろうか。


私の場合もそうで、元主人の転職のために

家族で日本に帰ってきたものの、

彼とは日本国内で一緒に暮らした日は一度もなく、

1年後には彼は再転職してニューヨークに戻ってしまい、

現在ではシカゴに住んでいる。


私が日本に定住していたために、日本国内での

離婚手続き(調停離婚)は順調(それでも1年近くかかったが)に進み、

離婚成立となったが、問題は

アメリカでの離婚手続きだ…。


元主人はニューヨークの弁護士に騙されていたのかもしれない。

3500ドルも払ったのに、ニューヨークから離婚を認めてもらえなかったのだ。

理由は単純で、離婚の申請をしてから最低3ヶ月以上は

ニューヨークに居住していなければならないのに、

彼は1ヶ月後くらいにはシカゴに引越してしまったからだ。

弁護士も、絶対にそれを知っていたはずなのだが…何故元主人にそれを

言わなかったのか?やはり報酬を騙し取るつもりだったのか…。


これからシカゴにて、イリノイ州に対して

離婚を認めてもらう手続きに切り替えなければならない。

元主人はもうお金がないから、アメリカでの離婚手続きは

あきらめよう、と言う。

それはダメだよ、と私は思う。

そうしないと、養育費をなかなか払ってくれない元主人から

法的にお金を取り立てる手段がないんだもの…。


離婚しないのなら、ちゃんと家族として一緒に住んで

息子を可愛がってほしい。英語を教えてやってほしい。

そうでないのなら、きちんと離婚して、

しっかり養育費と慰謝料を払ってほしい。


どちらかひとつよ!!


私だってもうすぐ失業するんだし…。