私の友達の多くは、ケンヂをとても可愛い、

アンタに似てない(これは褒め言葉になるのか?)と言ってくれる。

また、私がケンヂをバカ可愛がりしてて、それは

ケンヂが可愛いからで、その親バカっぷりを自覚しろ、とも

言ってくれる…。ケンヂを褒めてくれるのは、嬉しいんだけどさあ。


でも私に言わせてもらえば、私が我が子をバカ可愛がりするのは

ケンヂの外見のせいではない!!と思う。

だって、ぶつぶついっぱいの顔でお相撲さんのように太って

お世辞にも可愛くなかった赤ん坊のときから、

私のバカ可愛がりぶりは変わっていないのだから!!

自分の子だから可愛いのであって、特に外見が可愛いと思わないし

ハーフ顔だからとか、そんなのはあんまり親としては関係ないのよね。


赤ん坊の頃からバカ可愛がりぶりが変わらない。

…でもそれがいけないんだな。赤ん坊の頃と、

4歳の今と、あまり接し方とか話し方を変えていないから…。


つまり赤ん坊に「可愛いでちゅねー」と言うのと

4歳児に「可愛いでちゅねー」と言うのでは、親バカぶりが違ってくるのだ。

それに、ケンヂ自身にも少なからず悪影響を与えてしまった。

ケンヂは、親の愛を確信するどころか自信過剰になっちゃって、

自分がめっちゃ愛されていると思って、いつでも有頂天状態だ!!


男女間で相思相愛になるのって難しいし、関係を深めるのも難しいのに、

母と子って異常なほど相思相愛で、怖いくらい濃厚な関係…。

期間限定だけどね。

ハッピーハロウィーン!!

皆さんは今夜、どのようにお過ごしですか~。


日本に帰ってきてからは、ハロウィーンのイベント参加は

まったく諦めてしまっています…。

何故かというと、アメリカに住んでいたときみたいに、

子供達が仮装して「trick or treat」と言って近所を回る、という行事が、

ここ東京では、というか少なくとも私とケンヂが住んでいる

この町にはないのです。


ブルックリンのパークスロープでは、家のすぐ前の通りが

パレードに使われていました。

マンハッタンのパレードは盛大でオカマが主役でしたが

ブルックリンのは小規模で、あくまでも子供達が主役の

アットホームなものでした。

ケンヂも赤ちゃんだった頃は、私がせっせとウサギさんの衣装を編んだり、

あるいはバットマンの衣装を買ってきたりとかしました。

ケンヂは小さすぎてまだ「trick or treat」と言えなかったけれど、

お菓子だけはちっちゃい手で必死に集めていました!楽しいんでしょうね!


アメリカ人の素敵なところは、大人も仮装だとか、家をクモの巣やカボチャで

飾り付けることを目いっぱい楽しむところ。

パレードが終わる頃にはお腹がすいて、お化けの格好のまんま、

おじさんが子供たちと一緒にピザ屋でピザを食べている。

ビール飲んで真顔で話し合っているカボチャおじさんたちもいるし。


東京のハロウィーンは、どちらかというと

テーマパークやおもちゃ屋が仕掛けた、盛大なものが多いですよね。

やはりそれはまだ、ハロウィーンが一般に普及してないせいでしょう。

仮装したり、セリフを言ったりするのは、日本人にはまだちょこっと

恥ずかしいのかもしれません。

だけど、羽目をはずすのってやってみると、意外と楽しい!

だからそのうち、日本にももっともっとハロウィーンが普及するかも

しれないですね。


それにしても、あんなに楽しい夜を、また

ケンヂにも味あわせてあげたいな…

米軍基地とかの欧米人がたくさん住んでいるあたりだとか

表参道のパレードとかなら東京でも行われているみたいなんだけど、

残念ながら、ホントに私たちが住んでいるあたりではないんだよねー。


アメリカでは、この後11月末にサンクスギビング、12月末にクリスマスと

お祭り騒ぎシーズンとなります!

だけどお正月はあまりお祝いしないので、1月からはなんとなく

「シーン」としてしまいます。

そして春のイースターくらいまでは地味な時期がしばらく続くのです。

冬眠しようかと思っちゃいます。

それに比べたら日本のお正月はホントに素晴らしいと思います。

神社にお参りするとこなんて、とってもイイ!しかもその後、

節分で豆まいちゃったり、ひなまつりがあったりして、とってもとってもイイです!


日本の伝統的なお祭りも、ケンヂにはしっかり体験して、楽しんでほしいな。

日本の文化をしっかり背負ってこそ、

世界に出たときに自信が持てるというものだよ。



仕事が見つかった!


本当は、英語を使える職場で働きたかったのだが、

ぽんぽんと続けて数社不採用になり、やっぱりダメか…と諦め

かけていたら、とある会社から夕方になって突然面接に来いと言われ、

面接が終わって帰宅したら、もう「採用です」の返事が。


やった!と思って翌々日から仕事に行ったら

外資系というだけで、ほとんどというかまったく英語を話す機会がなく、

唯一ネイティブスピーカーの部長は2週間後に

アメリカへ戻ってしまうそうなのである…

…ちょっと騙されたような気分…


でもうちは母子家庭だし、わがままばかり

言ってもいられないので、しばらくはお金のために

ガマンしようぢゃないか!

それに、職場環境はだいぶマシになったのだし…

以前働いていた会社のオフィスは、そりゃもうひどいところで

狭くて汚くて、おまけにいつもひとりぼっちだった。

(そのぶん昼寝とかいくらでもできたけどさ)

冷蔵庫もレンジもなくて、食べ物や飲み物にも不自由してたのだ。


それに比べたら、今のオフィスは天国のようだ…

水もコーヒーも、冷蔵庫もレンジも女子トイレもあるぞー。

でも、肝心の仕事内容がレベル低…


素晴らしく綺麗なオフィスでの低レベルな仕事と、

狭くて汚いオフィスでも実のある仕事をするのと、

人間としてどっちが恵まれているものなんだろー?

テニスをしたよ


ケンヂが公立保育園に通わせてもらえるようになったのは

今年の4月からなので、(3-4歳児クラス)

いろんなことが私達には初めてだった。


だけどケンヂの保育園では、新入生というのは

極端に少なくて、みんながすでにお友達、という環境。

ケンヂ自身はまったく人見知りしないので

ガンガン乗り込んでいくのだけど、他の子供達が

日本人特有の「固まる」習性を発揮していて、

子供とはいえ、そうそう新参者を受け入れるものではない。


半年経ってようやく、子供達は慣れてきて、

仲良く遊んで(叩き合って泣きながらの大喧嘩、というのもしょっちゅうだが…

まあ喧嘩するほど仲がいい、ということにしておこう…)いるけれど、

親の私がまた、順応するのに四苦八苦している。

母子家庭ということで、多少気後れしていることもあるけど、

もともと私も「団体行動」とか「好きでもない人達とお友達のふり」というのが

苦手なタイプなので、半年経ってもいまだにママ友らしきママ友が作れずにいる。


ケンヂがいちばん仲良くしている(もしくは喧嘩している?)お友達の

ママと仲良くなれたらな、と思ったが

彼女はごく初期の頃から、彼女の息子を叩くケンヂを

あまりよく思っていないようで、私が挨拶しても返事をしてくれない。

(こういうのって、本当にシラケルよね)

そういう困った人を相手にするほど私はおめでたくないので、

他の母子家庭ママと親しくなろう!と思ったのだが

なにしろ母子家庭ママ達は忙しいので、なかなか連絡がとれないのだ…。


最近バザーのお知らせがあり、保育園で古着や古いおもちゃなどを

募集していたので、ケンヂの古着やおもちゃを山のように持って行った。

そうしたら、他のママたちが持ってきていたのは新品、あるいは

新品同様のきれ~いな品物ばかりだった…しかも、

入れてきた紙袋もしわひとつない、きれ~いなものだった…。

何年も前のぐちゃぐちゃなトイザラスのビニール袋に、

新品も古着も無造作につっこみ、ボロボロのおもちゃをこれでもか!と

いうほど詰め込んで持ってきたのは、私だけだった…。

(しばし、ボーゼン)


アメリカ産の品物がウケるのではなかろうか?なーんて、嬉々として

やって来た自分がちょっと恥ずかしかった…。しかも、ご丁寧なことに

組名と個人名も提出しなければならなかった…。


こういう情報の詳細は、ママ友がいたら

教えてもらえたんだろうな。

でも、フリーマーケットというのは汚いものの中から

面白そうなものを、安く買うのが楽しいはず!!

だと思う…。


ケンヂ、ごめん。恥ずかしいママで。


だけど仕事は見つかったよ…!!

これでもママがんばってるよ…。

ピース


今日も元気に失業中の私。今月は、先月の1週間分のお給料と失業保険で、

なんとか乗り切れそうだけど…先行き不安…

今週も頑張って面接に挑むぞー。


元主人からメールがあり彼もついに「クビになっちゃった!」そうだ。

12月までは仕事があるけど、その後は完全に収入がなくなるらしい。

日本への仕送りも期待できそうにない…

ちゃんと離婚が成立してればなあ。離婚してれば

養育費とか、もう少ししっかりもらえると思うんだけど。


アメリカでも失業保険とか出たっけ???


ところでケンヂの英語拒否症は日に日に強くなり、

時々参加させていただいていた無料のチャイルドプログラムも

「行かない!!」と強く主張するようになってしまった。

なんとなく、ケンヂの将来を想像してしまった、

ハーフ顔なのに、半分アメリカ人なのに、

英語の成績が悪くてクラスメートにバカにされている様子を…。


「えいごのがっこうのとこはイヤなの。ママといっしょにちがうとこいく~!

ぜったいしずかでいいこにしてるからしゃ~」

と言うので、仕方なくケンヂを大人の英会話ミーティングなどに参加させた。


そうしたらビックリ!感動してしまったのだが、

本当に静かに座っていたのだ!あの、大人でも寝てしまいそうな

つまらない内容のビデオを観ている間ですら、

私の隣で懸命に座って画面を凝視していた!!

途中でヒソヒソ声で「このテレビ、マンガないの…?」とささやいた以外は。

自分もついつい眠たくなり、本当にケンヂを哀れに思った…。

私はなんて酷な母親だろう、と自分を責めつつビデオを見て、

ふと、横を見たらケンヂは眠っていた…。


ちょっとかわいそうだったけれど、(ご褒美におもちゃを買ってあげました!)

ずいぶん素晴らしい発見をした。

ケンヂは、静かにしていなければいけない場所で

静かにしていられるようになったのだ!!

つまり…映画館とか、プラネタリウムとかに行けるってこと!!


やったあ~!!


…でもその前に、お仕事見つけなくっちゃね…。




元主人が精神的に少し病んでいる、というのは

私や私の両親が推測しているだけで、

本当のところは、わからない。


日本でも最近は抵抗がなくなってきていると思うけれど、

ニューヨークでサイコセラピー、つまり精神的な病などを

治療することはごく一般的ことだった。

それなのに、なぜ元主人は医者に診てもらうことを

あんなに頑なに拒んだのだろう…。

でも離婚してからは、彼の母親に言われて

精神科医に診てもらい、薬を処方されたらしいが

私には、病名などはまったく教えてはくれない。


多分、私に精神的に病んでいることを知られて

「それ見たことか!やっぱりアンタが性格悪いのよ」などと

言われたくなかったのかもしれない。

でもその考えこそが、彼の病的な部分だと私は思う。

いわゆる「被害妄想」というヤツだ。

私は彼を心配して、精神科の先生に診てもらったら?と

言っただけで、決してあざ笑うつもりなんかなかったのだ…。


私が専業主婦だった頃、彼のいない間に

綺麗に掃除をしておくと、帰宅した彼はいつも顔がこわばっていて、

そしてこう言うのだ。

「自分がどれだけ働いたかを僕に見せて、どっちがもっと

がんばっているか競争したいのかい?」

逆に、家事を全然やらなくて申し訳なくて、私がヘラヘラしていると

安心するらしかった。


またある日、彼は次の日が面接試験だというのに眠れないのか、

音楽を聞きながら明け方までゴソゴソ部屋の整理なんか

しているので心配になり「明日大変だから、もう寝たら?」と

声をかけ、よせばいいのに私は「できれば音楽のボリュームを少し

下げてくれる?」と言ってしまった。私も悪いのだが、彼は凄く怒って

「君は僕の邪魔をしたいだけなんだろう!?出て行ってくれ!!」と叫んだ。


ここに挙げたのはごくわずかな例だけど、

毎日のように、私は彼から競争心とか被害妄想みたいなものを

感じていた。それなのに彼は「君のほうが競争心が強すぎて嫌だ」と言っていた。

私が…そんなに競争心が強い人間だろうか?

言われてずいぶん、ずいぶん考えた。自分で気がついてないだけで

実は私はすごくプライドが高いのかしら?とか。

でも、どう考えても、二人の行動を見ても、彼のほうが

地位や名誉を気にしていたし、彼のほうから野心、野望みたいな

負のエネルギーが多く放出されていたように思う。


どうして、そしていつから私は彼の敵というかライバルに

なってしまったのだろう?

私はずっと彼のことを家族とか親友のように思っていたのに。

こういう行き違いの関係っていうのは

本当に辛くて、よく何年もこんな状態を続けていられたなと

今では思う。



最近、元夫から久しぶりにメールが来た。


どうやら、彼の父親(つまりケンヂの祖父)が心臓が悪くて

手術することになり、今回2度目の入院と自宅静養することになるらしい。

元夫の母親はまめに手紙や贈り物を送ってきたけれど、父親のほうは

まるで音沙汰がなかったので、私のほうも

ケンヂの写真やビデオなどを送ってあげていなかった。


だけど今になって、元気を出して欲しいので

ケンヂの写真やビデオをたくさん送って欲しい、と

元夫は言ってきたのであった。


当の元夫自身は、相変わらず

ケンヂに会うことも、写真やビデオも興味がないらしく

一言も「自分にも送ってくれ」と言わない。

さすがの冷淡さである。


元夫の父親も、自分勝手な理由で離婚し、

まだ12,3歳だった元夫の気持ちを傷つけてきている男だ。

本当にケンヂに愛情があるのか、写真やビデオを見たいと

思っているかは定かではなかったが、

まあ病気だということで、気の毒は気の毒だし

写真とビデオを用意してやることにした。


失業中なので幸い、時間は結構あった。

ケンヂが保育園に行っている間に、数時間に及ぶ

ここ1年くらいのケンヂビデオをVHSに録画し始めた。


驚くなかれピッツバーグ郊外では、まだコンピューターが

家庭に普及してない(少なくとも3年前まではそうだった!)し

インターネットも使ったことのない人がほとんどなので、

DVD-Rのほうが郵送料が安いのでは?とか

短いムービーだったらメールで送ったら早いよ?などと

余計なことは考えず、伝統的に、VHSに入れてあげるのが

ベストな方法なのである。


元夫の父親のテレビ自体も木箱に入ったようなクラシックなデザインで、

しかも古くて画面が斜めになっていた…。

また、日本の家屋に比べて部屋が広いせいか、

大画面にこだわる人こそいるが、液晶とかの

薄っぺらくモダンなテレビにはあまり興味がなさそうである。

それよりも、リビングのカントリー調な重厚家具におさまる

どっしりしたタイプが好まれるのではなかろうか…。


話を元に戻そう…

VHSへの録画作業中に、画面の中で

私は本当に本当に久しぶりに、元夫の姿を見た。


彼は…私が夢の中で時々見るような…優しく寛容な

タイプではなかった…。


その映像はケンヂと最後に会った日のものだったが、

息子への愛情、気配りなどの父親らしき優しさは

ほとんど見られなかったのだ。


バカでアホな私は、夫として彼のことを

ずっと素敵なフィルターを通して、見ていたようだ…。

今、こうして1年という時間を置き、その後で

いろいろな人々(日本人、アメリカ人を含めて)に会い、

自分の心もどうにか落ち着いてきて、そして

改めて当時の彼の姿を見ると…それはどう見ても

普通の人ではなかった。冷淡という意味では

少し悪魔のように見えた…。


こんなに愛情の薄い人だったのか、という

驚きと共に、やはり彼の精神的「病い」を

感じずにはいられない。

普通の人間だったら、もう少し自分の家族に、

特に自分の息子に、愛情があってしかるべきなのに、

この人には、ない。病的に、ない。


躁うつ病を患っている、私の叔父の姿が頭に浮かんだ。

この病気だと、すべてが面倒になり、自ら

仕事を辞めたり、離婚してしまったりするらしい。


自ら仕事をコロコロと変えてゆき、私とケンヂを

捨ててアメリカへ帰った、元夫。

現在の仕事もクビになりそうだと言うが…

これ以上、自分を更に苦しみに追い込むような

行為は避けてほしい、あなたには

幸せでいてほしいよ。病気を治して、もっと

明るく前向きに生きてほしい。

怒りがおさまった今は、本気でそう思ってるよ。


だって少なくとも、8年も一緒に暮らした仲間だもの…。




大変失礼ですが、母子家庭で経済的に苦しいのでCMコーナー設立をご容赦いただきたいと思います。
ご興味があればぜひお買い求めください。
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異文化に暮らす子どもたち―ことばと心をはぐくむ

浴衣を着てみたよ

今日、ショッキングなことがあった。


ハーフの子供達とその母親達が集まる、とある場所に

今までさほど問題なく、私と一緒に来ていたのに

突然、ケンヂは「絶対に行かない!!」と言い出したのだ。


「…どうして?」と聞くと、

「○○ちゃん(一番仲良しのお友達)が意地悪するから」と言う。

しかし、私が知る限りでは○○ちゃんはケンヂより

少しお兄ちゃんで、性格も温厚なので

意地悪なことはしていない。

強いて言えば、○○ちゃんのお父さん(アメリカ人)が

ケンヂが暴れたときに抱き押さえてくれたことが

「意地悪」っぽく感じられたのかもしれない、

っていう程度だろうか…。


やはりこれは二次的言い訳で…英語で話すという環境に

馴染めず、違和感を感じてしまうのだろう。

他の子は両親が揃っていて、家庭では英語が使われており、

たとえ日本語のほうが得意でも、

英語に対してさほど抵抗はないのだろうと思うけれど、

ケンヂの場合は家でもどこでもずっと日本語オンリーだから…

馴染め!というほうが無理なのかも。


その日の夜、英語の絵本を見ていたケンヂが

急に私に聞いた。

「にほんじんってなに?」

ぎょっとしつつも冷静に答えようとする私の言葉も

あまり聞かずにケンヂはこうも言った。

「けんちゃんはさ、にほんじんだから、えいごは

できなくてもいいんだよ!」

強い主張だった。


私やじいじ、ばあばは国籍や人種について

決して話さないので、このケンヂの一言で

「保育園でなにか言われているんだな」

「日本人なの?とかアメリカ人なの?とか聞かれているんだな」

ということがはっきりと感じられた。


先生にはあらかじめ言っておいたのだ、

母子家庭で父親がいないこと、

米&日のハーフであること、

これらのデリケートな事柄について

先生方や園児がケンヂに無神経なことを

言わないように注意してください、と…。

でも、それが無理なのは分かっていた。

なにしろ園児は子供だ。無神経なことも言うだろう。

先生の目が届かぬこともあるだろう。


とても悲しい。親としてはとても悲しい。

まだ4歳だ。生まれて4年しか経ってない。

なのに、もうそんな人種差別的な発言を

受けているだなんて…。


負けるなケンヂ、がんばれケンヂ!

どうか強くなって…。



ここのところ、ずっと就職活動で派遣会社などを

まわっているけれど、意外と登録などに時間がかかって

面倒なものなのね。


早くよい仕事が見つかるといいんだけど…そうしたら

またすぐに、ケンヂの英語の先生を

探してあげようと思っている。


でも、どう考えてもそれだけじゃ

英語教育は不十分だろうから、ケンヂは

バリバリ日本語オンリーの日本人として成長することだろう。


それはそれで仕方ない、というか、それでいい…と思うんだ。

半分は日本人なんだからさ。日本の教育をしっかり

受けることは、大人になってから海外で

活躍することになっても、すごく大事なことだから。

ニューヨークに住んでみて、それは私自身がはっきり

感じたことなのだ。


だけど心配なのは、見てくれがバタくさいケンヂを、

日本の社会がどう受け入れてくれるのかってこと。

英語が話せるんでしょ?とか、英語話せないのー?とか

友達や同僚から100回くらい言われるんじゃなかろうか…。

本人はどれだけ傷つくことだろう…。


人種差別。それは奥深い問題なので、

ここでちょこっと書くだけでは済まない話なのだが、

なぜ人間は、ここまで見てくれだけで人を

めずらしがったり、あるいは軽蔑したりバカにしたりするのだろう。


人種のるつぼであるニューヨークでさえも、

相変わらず人種差別問題がある。

たとえば中国人だと、たとえネイティブ英語を

話せても、学校や職場で差別を受けることがある。

たとえば大企業の社員、特に上層部は、明らかに黒人の割合が少ない。


私はブルックリンの通りをを歩いていたときに黒人の少年に

「go back to Chinatown!」と言われてショックを受けたことがある。

また、南仏のリゾート地でフランス人の白人女性に

「ベトナム人」と軽蔑したように言われたこともある。

これを主人に言ったけれど、白人である主人には

まったく経験のないことらしく、私の辛さを全然理解してくれなかった。


結局、この人種の壁を超えるには、

それ以上の強い個性を前面に打ち出すしかないんだろうな。

でも、それが出来る人はわずかだ。

ケンヂは、どんなふうにこの壁を乗り越えようとするだろう…


私は、それをどれだけ助けてあげられるのかな。