女「記憶を消しにきた?」 4(全5回) | Let's easily go!気楽に☆行こう!

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映画、写真、B級グルメ、格闘技、そして少しばかり日常を語る雑記帳です。

黒服「条件がある」

女「なんの?」

黒服「あんたの記憶消去を先延ばしにする条件だ」

女「いいの?」

黒服「いいもなにも、こっちが譲らなきゃあんたまた、死ぬって言い出すんだろう」

女「虚言かもよ?」

黒服「虚言でもなんでも、危険な橋は渡れないんだよこっちは。んで、条件だが」

女「うん」

黒服「これからあんたの記憶を消すまでの41時間、俺があんたの監視をする」

女「監視?」

黒服「具体的には、俺がずっとあんたの傍についてる」

女「おお」

黒服「…………なんだその顔。嬉しそうだな」

女「そんなことないよ?」

黒服「あんた、ほんと変わってるよ」




黒服「あんたが見たものを、文字になり絵になりしてどっかに

発信されちゃかなわんからな。必要な措置だと思ってくれ」

女「思う思う」

黒服「携帯やパソコンは……元から断ったほうが楽そうだな。

後で、あんたの通信手段を断ってもらうように連絡入れるが、いいか」

女「信用ないなあ。心配しなくても誰にも言わないよ」

黒服「そうしてもらえると助かるな。俺は思わぬ残業決定に満身創痍だ」

女「そんな落ち込まないで。ご飯作ったげるから」

黒服「結局御馳走になるとは思わなかったよ」

女「それじゃあたし、ご飯準備するね」

黒服「ああ、頼む」



あと40時間

黒服「……なんだこりゃ?」

女「なにって、酢豚だよ」

黒服「そのつもりなんだろうけどな、豚よりも果物のほうが多いじゃねえか」

女「パイナップルに林檎に蜜柑、白桃も入ってるよ」

黒服「百歩譲ってパイナップルは許そう」

女「他のは許さないの? 来客に張り切って具だくさんにしたのに」

黒服「気持ちはありがたいが、しかしこれはさすがにちょっと食うのに勇気がいるぞ」

女「ふふん」

黒服「……なんだ?」

女「文句はまあ、一口食べてみてからにしてよ」

黒服「えらく自信ありげじゃねえかこの野郎」

女「ほらほらいいから。いただきまーす」


黒服「…………」

女「…………」

黒服「…………」

女「どう? どう?」

黒服「…………俺が悪かった」

女「でしょう? だから言ったでしょう?」

黒服「どういう味付けにしたら、この果物群と肉とがまとまるんだよ。

あんた天才じゃないのか」

女「果物はお肉を柔らかくするんだよ」

黒服「俺はその理論を今まで、ただの屁理屈としか思ってなかったんだが」

女「母の知恵だよ。食材に合わせた調理と味付けなら、

どんな食べ合わせだってそうそうハズレないよ」

黒服「…………ああ」

女「どうしたの?」

黒服「いや、最初に思いっきり訝った手前言い出しづらいんだが」

女「あ、おかわり? あるよ!」

黒服「すまんな」




女「いい食べっぷり」

黒服「独身男だからな。人に作ってもらった飯なんか本当に久しぶりだ」

女「結婚してないんだ?」

黒服「ああ」

女「好きな子とかは?」

黒服「とかく女っ気ない仕事だからな」

女「なんかつまんないね」

黒服「言うな。そういうあんたはどうなんだ?」

女「トップシークレットです」

黒服「影仕事の人間に隠し事とは、なかなかやるじゃないか」

女「そういうのは調べてないの?」

黒服「さすがに交友関係やら色恋沙汰までは洗ってない。

極端な話、あんたの身体の状態だけ知れればいいからな」

女「なんかイヤラシイ」

黒服「そういう意味合いはないぞ」




女「もしかして初恋もまだだったりするの?」

黒服「あんた、俺のこと初心な中学生かなにかとでも思ってるのか?」

女「あったんだ。なにか甘酸っぱいこと」

黒服「そりゃあったさ。今のあんたと同じ年の頃だったかな」

女「デートとかしたの?」

黒服「したした。遊園地に行ったんだが、ありゃ失敗だったな」

女「ほー」

黒服「俺、絶叫系はからっきしダメなんだよ。でも彼女は違った。

『普通だよ』とかなんとか抜かしてたけど、ありゃマニアだよ。絶叫マシーンマニア」

女「乗ったの?」

黒服「乗らないわけにはいかんだろ。仮にも惚れてる女の前だ。

やめときゃよかったよ。降りた後二秒でゲロ吐いてな」

女「うわー、ひくねそれ」

黒服「しっかりひかれたよ。ひかれたしデート終わりにフラれるし、

おまけに冷や汗でシャツがべっとりだ。もう散々だった」

女「ご愁傷様」




黒服「というか、なんで女ってやつはああ遊園地が好きなんだ? 

しかも大体絶叫系に耐性があるときてる。金払って恐い思いしたいなんて狂気の沙汰だぞ」

女「俗に言うよね。女のほうが恐いものに耐性あるって」

黒服「スプラッタも平気だっていう女が多いよな」

女「それはまあ、ほら、」

黒服「ん?」

女「女は血を見慣れてるし。ってなに言わせるの」

黒服「いや知らん知らん。やめてくれ。猥談は嫌いじゃないが、

それはあくまで男とする場合においての話だ」

女「意気地なしだ」

黒服「そういうときに使う言葉じゃないだろ」

女「んで、もう思い出話は終わり?」

黒服「終わりだよ。モテない半生で悪かったな」

女「結婚願望とかないの? いい年みたいだけど」

黒服「余計なお世話だ。そんな願望はない」



女「あなたに良い人が現れますように」

黒服「十字を切りながら言われてもな。それに、そういうのは現れない方がいい」

女「どうして? 同性愛者なの?」

黒服「そういうわけじゃない。さっきも言ったけど、俺たちは日陰もんだからな」

女「日陰ものだと恋愛しないの?」

黒服「しないやつが多いな。戸籍すらこの世にないような人間だし。

積極的に人と関わったって、相手を不幸にするだけだよ」

女「ふうん。なんか辛そうだね」

黒服「もう慣れちまったからなあ」

女「そういうのってやっぱり慣れるもの?」

黒服「悲しいことながらな」

女「ふうん…………」

黒服「どうした?」

女「なんでもなーい」




あと38時間

女「お風呂沸かすから入っちゃってよ」

黒服「あ? いいよそんなの」

女「よくないでしょ」

黒服「いいって。何日も風呂に入れないような生活には慣れてる」

女「あのね、あなたは慣れてるか知らないけどね」

黒服「なんだよ」

女「これから二日間、あなたと四六時中一緒にいるあたしの身にもなってほしいの。

不潔おじさんがずっと隣にいるのはいやなの」

黒服「おじさん言うな傷つくから。そんなこと言ったって着替えもないんだぞ」

女「ジャージでも短パンでも貸してあげるよ。パンツは明日一緒に買いに行けばいいでしょ?」

黒服「でも」

女「でももだってもありません」

黒服「ああもう! わかったよ。入ればいいんだろ。お前は俺のおかんかよ」

女「あなたのお母さんはさぞかし息子に手を焼いたと思う」

黒服「余計なお世話だ」




あと37時間

女「ほんとに寝袋でいいの? 布団あるけど」

黒服「いらん。どうせ熟睡はできんからな」

女「監視のため?」

黒服「よくわかってるじゃないか」

女「大変そうだね」

黒服「仕事だからな。しょうがない」

女「それじゃあ電気消すよ? いい?」

黒服「ああ、消せ消せ」

女「おやすみなさーい」

黒服「あいよ。おやすみ」




あと36時間

女「…………」

黒服「…………」

女「……起きてる?」

黒服「なんだ。まだ寝てなかったのか」

女「なんだか気が高じちゃって。この部屋に人が泊まりに来るのなんて初めてだからかな」

黒服「随分粛々とした学生生活送ってんだなあんた」

女「そうかな?」

黒服「女子大生ってのは、毎晩とっかえひっかえで男と寝るもんじゃないのか」

女「なにそのステレオタイプ。最低」

黒服「まあそれは冗談にしてもだ、友達と家で飲んだりしないのか」

女「全然ないなあ」

黒服「へえ…………なあ、あんた」

女「なあに?」

黒服「…………いや、なんでもない」





あと29時間

女「ふぁふ…………はよざいますう」

黒服「おはよう。あんたいっつもこんな馬鹿でかい音の目覚ましで起きてるのか?」

女「これじゃないと起きれなくて」

黒服「ベル式の目覚ましなんて今日び見ねえぞほんとに。朝から心臓吐き出すところだった」

女「起床!」

黒服「おうおう、元気がいいな」

女「健康!」

黒服「週末だっつーのになんで朝ちゃんと起きるかね。寝ててくれりゃ楽なんだが」

女「健康な身体は規則正しい生活によって作られるんだよ」

黒服「良い心構えだな。俺には耳が痛いよ」

女「そろそろ無理な仕事ぶりに、身体が悲鳴を上げる年頃なんじゃない?」

黒服「ほっとけ」





女「朝ごはん、パンとご飯どっちがいい?」

黒服「パンがいい。やっぱり朝はパンだ」

女「残念! お米しかありません!」

黒服「じゃあなんで聞いたんだよ」

女「やっぱり朝は炊き立てのご飯だよね」

黒服「いやまあいいけどさ。米でも」

女「サービスでふりかけもつけたげる」

黒服「ありがとよ。なあ、あんた朝はいつもそんなテンションなのか?」

女「一日のはじまりだから」

黒服「はしゃいでんなあ」




あと25時間

黒服「うわ……パンツ三枚で2500円もすんのか」

女「有事価格だね。コンビニで買うのやめて、やっぱりスーパーいく?」

黒服「いや、いいよめんどくせえ……スーパーもさして変わらんだろう」

女「でも今日なら、週末市やってるから」

黒服「なんだそれ?」

女「セールだよ。週末セール。ついでに晩御飯の買い物もしちゃおう」

黒服「どうせ行く羽目になるのか。それならまあ、スーパーでいいか」

女「うん。っていうかあれだね。メンインブラックも意外と庶民的なところあるんだね」

黒服「ある意味公務員の最底辺だからな、俺たち」

女「社会的に存在しない人間に、底辺もなにもないんじゃない?」

黒服「それもそうだな」





女「今日は暑いねえ」

黒服「七月も半ばだからな。梅雨も明けたし」

女「車があってほんとに助かった」

黒服「この炎天下を歩く気にはならんなあ」

女「ほんとに、車まで黒いんだね。都市伝説通り」

黒服「俺は嫌いなんだけどな、黒い車」

女「どうして?」

黒服「屋根のないとこに置いとくと、十数分で中がサウナになる」

女「それはやだなあ……でも、秘密組織の構成員が赤いスポーツカーってのもなんか違うよね」

黒服「そう言われるとそうなんだけどな。せめて白くならんものかな、車」

女「いいじゃん黒。かっこいいよ」

黒服「そうかあ?」

女「そこそこね」

黒服「そこそこか」




女「ここの信号長いよね」

黒服「工場方面に続く街道を横切る通りだからな」

女「それってなんか関係あるの?」

黒服「この辺の交通網は、工場へのアクセス最優先で整備されてるからな。

必然、その他の経路は割を食う」

女「つまり民間にしわ寄せがいってると」

黒服「そう渋い顔するなよ」

女「と言われましても。本当に待たされるんだもんここ。

初めてひっかかった時は、ひょっとしたら押しボタン式なのかと

思ってきょろきょろしちゃったくらい」

黒服「悪いとは思ってるよ。上に言っておく」

女「いいよ。どうせ無駄なんでしょ?」

黒服「よくわかってるじゃないか」

女「ねえ、あの工場ってなんなの?」

黒服「内部を見ただろう」

女「見たよ。長ったらしい名前の部屋がずらっと並んでて、なんか不気味だった」

黒服「あれはな、人間処理場だよ」

女「……人間処理場?」




黒服「いやまあ、主たる目的は昨日話した宇宙兵器の製造なんだけどな」

女「あれ、その兵器って作れるの? まだ解明中だとか言ってなかった?」

黒服「そうだよ。まだまともには作れない。

お世辞にも兵器製造工場なんて言えるような状態じゃない。

だから俺たち組織の人間は、人間処理場って呼んでる」

女「……どういうこと?」

黒服「つまりだな、あの工場では人命を消費して宇宙人の

残していった兵器の残滓をリサイクルしてるんだ。

いや、リユースって言ったほうがいいか」

女「横文字苦手なんだけど」

黒服「それじゃあもっとわかりやすく言おう。

俺たちは未だ件の兵器を作る技術を確立できてない。

だけど宇宙人が使用した兵器を再利用する術は発見してる」

女「それをあの工場でやってるってこと?」

黒服「そういうことだな。宇宙人の攻撃で廃墟同然になった区域から、

ありとあらゆるものをあの工場に運んでくるんだよ。

それに再生処理を施して、今度は戦地に出荷するわけだ」

女「兵器って、どういう兵器なの?」

黒服「わからん」

女「わからん、て」

黒服「イメージ的には細菌兵器のような感じらしい。

が、それらしい菌は見つかってない。人類が未だ発見していない物質に

よるものなんじゃないかと言われてるが、それにも根拠はない」

女「そんなの実戦投入して大丈夫なの?」

黒服「少なくとも戦果は上々だな。

再生処理を施したガレキを敵国に投げ込むだけで、大体二つほど集落が壊滅する」




女「解明不可能な死に方……不明死を意図的に引き起こすってことかあ。

わかんないことだらけのくせに、よく再利用の方法なんて確立できたね」

黒服「それについてはまあ、アドバイザーがいてな」

女「アドバイザー?」

黒服「うちの国に友好的な宇宙人さんだ」

女「なにそれ。なんか嘘くさい」

黒服「俺もそう思う」

女「っていうかさ、ガレキひとつで集落二つだっけ? 

確かにすごいのかもしれないけど、でもそれくらいの兵器なら今までだってあったんじゃ」

黒服「うん、そこが鍵だな。あんたが言うように、

新兵器よりも高威力の兵器は保有してる。だけどな、それは事実上使えないんだよ」

女「ああ、制限条約」

黒服「というよりは禁止条約だな。今日存在している大量破壊兵器は、

そのほとんどが兵器としての実用的意味を持たない。

せいぜい抑止力になる程度だな。だけど、宇宙人の持ってるそれは違う」

女「屁理屈っぽいなあ」

黒服「屁理屈も理屈だよ。ここに来ると宇宙兵器ってのは素晴らしい。

なにせ、既存の兵器とはなにからなにまで別物だ。

国際法上では、ぶっちゃけ兵器にもあたらない。ただのガラクタ同然だ」

女「理論も理屈もわからないものを実戦投入してるのは、そういうこと」

黒服「ああ。ぼやぼやしてると、いつその使用を禁じられるかわからない。

まあ新禁止条約を批准しなけりゃそれで済む話なんだが、そうすると

今度は世界中の視線が痛い。
   
今だけなんだよ。お天道様のもとで胸張って、敵国に殺人ガレキ投げ込めるのはな」





黒服「そんでな、いよいよあの工場が人間処理場と呼ばれる所以の話だ。聞くか?」

女「や、いいよもう。お腹いっぱい」

黒服「だろうな。すまん。女子大生相手には退屈かつデリカシーのない話題だった。

特にあんたには」

女「別にそれはいいよ。これくらいの話、毎晩テレビでやってる戦況報道の

どうしようもなさに比べたらだいぶマシ」

黒服「そうやって人間は、非現実に慣れていくんだろうな」

女「慣れなきゃやってけないからね」

黒服「…………なんか買ってやろうか?」

女「え、なになに? 気持ち悪い。2500円のパンツを惜しむ人が」

黒服「うるせえな。なんだ、その、つまらん話をべらべらと話した詫びにと

思ったんだが……やっぱ買ってやらん」

女「だから別にいいってー。急に優しくならないでよ調子狂うから」

黒服「あんたさ……友達いないんじゃないのか?」

女「…………やっぱり同情かあ」

黒服「すまん」

女「いいよ、別に。なんでも。どうでもさ。どうせ忘れちゃうんだし」

黒服「…………」




あと24時間

女「なんで一番安いのにしないの? 250円も違うのに」

黒服「この歳で白ブリーフなんざ穿けるか」

女「でもおじさんがよく穿いてるイメージだよ、白いブリーフ」

黒服「それがいやなんだっての」

女「デリケートだなあ。乙女よりもよっぽどデリケート」

黒服「んなことより、ええと、ボックスティッシュ買うんだろ。行くぞ」

女「待って待って。そういうのは後。荷物になるでしょ? 先に夕飯の買い物するの」

黒服「あん? んなの俺が持ってやるよ」

女「だめ。スーパーにはちゃんと順路があるの。効率的なお買い物は効率的な人生に繋がるの」

黒服「めんどくせえ……」

女「独身男にはわかんないだろな、こういうの」

黒服「そこまで言うなら教えてもらうか。鉄板のお買いもの順路ってやつ」

女「おう! しっかりついてこい!」




あと23時間

女「さっきの工場の話だけどさ」

黒服「なんだよ藪から棒に」

女「新兵器に故郷をめちゃくちゃにされた人間に話す内容じゃないよね」

黒服「なんだ、怒ってんのか? 悪かったって。デリカシーなかったよ」

女「ううん、怒ってない。怒ってないっていうか、怒らない」

黒服「……?」

女「もしかして、あたしに嫌われようとしてる?」





<次回、最終回>