今まで何度か問い合わせがありましたので
今日はその写真の『彼』について書かせていただきますね~☆
映画界において『美男』の形容詞がつく
俳優といったら、アータ!
仏俳優のアラン・ドロン(Alain Delon、1935年11月8日 生)でしょう!
美男子ぶりでは僕の5割増し(?)であるのは
承知していますよーだ。 ヘンッ!

一生に一度はこんな顔になってみたいものだと
プロフィール写真をドロンにしていますが、
じつは彼、幼少のころから大変な境遇にあったようです。
ドロンはパリで未熟児として出生。
4歳で両親が離婚、親の再婚相手から嫌われ、
寄宿学校を転々とし、女生徒とたびたび問題を起こしたことで
感化院に送られ、鉄格子生活を経験したもあります。
自分の居場所を求め、14歳で仏外人部隊に志願しますが
未成年のため親の承諾が必要でしたが、ドロンの母は
義父の言うがままサインをしたことで
ドロンは自分に対する愛情の無さに
母への憎しみが根深く残る事となり、
次第に女性不信という形で表れていったそうです。
入隊後は落下傘部隊へ配属され、第一次インドシナ戦争へ
従軍しますが、この時期は金と女のためなら
何でもする男だったとの噂もあります。
そして二十歳のとき休戦条約から除隊し
しばらくアメリカ、メキシコを放浪したそうです。
1956年にフランスに帰国後、知り合いの女優から
カンヌ映画祭で歩いていれば声をかけられるかも
しれないとの助言を受け、上半身裸でカンヌを
歩いていたら(決して裸族という訳ではありません。
理由は、ただ暑かっただけだそうですよ)
エージェントの目に留まるなどして、
小さな役で映画に出たらファンレターが殺到!
1960年ルネ・クレマン監督作品「太陽がいっぱい」に
主演したことで世界的にブレークしました。
このあたりでは「フランスのジェームズ・ディーン」
と呼ばれたこともあったそうです。
今まで同棲・結婚した相手はロミー・シュナイダー、
ナタリー・ドロン、ミレーユ・ダルク、
ナタリー・ヴァン・ブレーメンなどなど・・・。
これらの女性を見るとアラン・ドロンの好みは、
「おしとやか」「清楚」といったお嬢様風でなく
少し気が強そうな女性が好みのような感じがします。
ドロンは日本では「ダーバン」「カペラ」の
コマーシャルなどに出演し、映画雑誌「ロードショー」
(現在廃刊)では長きに渡って人気男優第1位の座を維持。
(エピソード)
日本のとあるテレビ番組に出演した際、アラン・ドロンを前に
ファンの女の子がいろいろ質問をしました。
「私は今日、誕生日なので、お祝いにキスしていただけますか?」
と言うとアラン・ドロンは、にっこり笑って
彼女の唇に優しくキスをしました。
別の子が手をあげて
「私を恋人と思ってしてジュテームと言ってください」
と言うとアラン・ドロンは
「”愛している”という言葉は
私が恋人のために大切に守っている言葉ですので、
残念ながら見ず知らずの方に
気楽に言う訳にはいきません。ごめんなさい」
と言ったそうです。
親交がとくにあった訳ではないが
オードリー・ヘップバーンの葬式に参列した。
淀川長治の「さようならの会」に
アラン・ドロンは弔電を送りました。
「Au revoir!Au revoir!Au revoir!Monsieur Yodogawa!」
K-1ファイターのジェロム・レ・バンナとは友人である。
最後にアラン・ドロンが日本でもっとも有名なセリフは
「「D'urban c'est l'elegance de l' homme moderne」
ダーバン・セ・レレガンス・ドラ・モデルヌ・・・(適当です、汗)

この記事を書くにあたり、アラン・ドロン主演映画の音楽を
ほとんど聞きましたが、やはりこれに行き着きました。