今日で息子がお空に行ってから、半年。

間違いなく、私の人生でいちばん辛く悲しく苦しい時間だった。

 

直後の頃、頭の中はずっと「絶望」という言葉で埋め尽くされていて、これから何をどうやって生きていけばいいのかわからなかった。

1分過ぎるのさえもどかしいくらい遅くて、なにか大きな塊が喉を塞いでいるようでうまく息ができず、いつも浅いところで呼吸していた。

これ、いつまで続く?

まだ生きてなきゃいけない?

先を考えるとまた気が遠くなるので、ひとまずその日1日だけに集中して、なんとか寝る時間までやり過ごそうとしていた。

 

そんな時期にお子さんを亡くした方のブログを読み、同じように自分を責めて苦しみ、同じように我が子との未来を失ったことに絶望している人が、自分のほかにもいるんだとわかった。

自分だけじゃないんだ。

顔はわからないけれど、離れたところに仲間がいるようでなんだかほっとした。

そこからいろいろな方のブログを読んで、日々慰められたり救われたり、たまに距離をとってみたり、、

日々試行錯誤しながら、なんとかここまで来られたように思う。

 

 

 

そして今、毎日規則正しく寝て起きて、3食食べて、日常生活を送ることができている。

 

以前とは変わってしまったことも、元には戻れないことも、前とは違う新しい生活がこれから続いていくこともわかってきた。

普通に暮らしていても、発作的に涙が込み上げてきて、深い悲しみが襲ってくる。

すべてがどうでもよくなる虚無感に苛まれるときだってある。

でも、だんだんその頻度が減ってきたように感じるし、それに1日中とらわれてるわけではない。

そうやって突然襲ってくるなにかとうまく付き合って、心に折り合いをつけて。

波はあるけど、それでも生活は続いていって、なんとか生きていくことはできるんだとわかった。

 

ただ、、

半年が経ち、息子にそんなにも長い間会えていないのかと、少し遠のいていく感じがして、それがたまらなく切ない。

あの少し巻いている髪の毛の感触、頬をくっつけ合ったときのほっぺたのなめらかさ、10歳になって少し逞しくなってきた肩まわり。

息子と交わした些細なやりとりを少しも忘れたくない。宝物の思い出をずっと覚えていたい。

それに、息子は自分のことを話題にされたりするのが好きだった。小さい頃のエピソードを話して聞かせると喜んでいた。

 

息子がどんな男の子で、どういうふうに日々を過ごし、私たち家族を巻き込んで、どれだけ大きな笑いと幸せを与えてくれていたのか。

そして、どれだけ特別で自慢の息子だったかを形に、自分の言葉でブログに、残していきたいと思った。

 

 

、、なので、これからはひとりよがりの親バカブログになりそうな予感。

 

 

でも私がこれから生きていくには大事なことなので、息子を味わいながら、大切な思い出をゆっくり綴っていきたいと思う。

 

 

 

 

ルール

「感傷的にならない!」

息子に暗い雰囲気は似合わないので、

今日みたいなウェット傘なブログは今回だけにするよ。

(できるだけ!)