夏休み前に友人から突然無視が始まり、何故か不良グループからも嫌がらせが始まる。

教室を出るとすぐ目の前の廊下に座ってる5人組

前を通り過ぎようとすると、突然足を引っ掛けられる。

コケはしなかったが、膝がガクンとなる。

早足でその場から逃れるように離れると後ろから聞こえる罵声

「○○(自分の名前)、うぜーんだよ!!!」

「視界に入るな!!!○○!!!」

なんでだろう?話したこともないのに。その手の罵声は1週間ほど続いた。(以降は夏休みに突入

毎日、帰宅して夜までどう過ごしたとか、その部分は記憶がない。

そして夏休みが来た。

ものすごく安心した。学校にとりあえず1ヶ月強いかなくてすむ。

その安堵も夏休みが始まってすぐは、楽しく家族と過ごしたりしていたが、あと10日、あと1週間と9月1日が近づいてくるにうちに、自分の身体に経験したことのない異常が出る。

昼間から、家族と一緒にテレビなどを見て過ごしていたが、だんだん胸が苦しくなっていき、半端ない動悸がしてくる。

だんだん手足も痺れてくる。

今思うと、のちに救急車で運ばれることになるパニック障害という症状だった。

その時点ではそんな言葉は知らないし、そのような症状が起きても対処方法など知るわけがなかった。
ネットも普及してない時代。

ただ、横になると少しだけ楽になった。

自分は何かの病気なのか?と不安が募るが家族に言えるはずもなく、9月1日までの1週間、ただひたすらその症状に耐えていた。

夜なかなか寝付けないというのもこの頃からだった。

そして迎えた新学期の朝。

母に、あんた顔色悪いけど大丈夫なの?

と言われた。

幽霊のような顔でもしてたのか。無表情のまま登校する。足が鉛のように重い.....。

門を抜けて、下駄箱にたどり着いた時、目にしたのは



上履きがない



しばらく立たずんでいると

不良グループがわざとぶつかってきて、

「邪魔なんだよ!」と言われる。


気付くと周りは体操着に着替えて朝の掃除が始まろうとしていた。わたしをチラチラ見る生徒も増えてきた。


靴下のまま、ふらりふらりと動き、教室に入り、自分の机をみると机に大きく書かれた言葉。

「死ね」「消えろ」「キモい」「学校くんな」

そのまま教室を出た。

異様な光景だっただろう。上履きをはかず、制服姿のまま、掃除の時間に掃除をしていない生徒。

あの階段をひとつひとつ登っていく感覚。昨日のように鮮明に覚えている。


重い扉を開ける。


わたしは、学校の屋上に来た。


あの時の感情は「無」表情もなければ、涙すらも一滴もこぼれない。
柵を乗り越え、真下を見るもまったく恐怖もない。

ただ、今の状況から抜け出したい為に死ぬ事を選んだ。無意識に近い。

「○○!!!」

制服姿で淡々と階段を登る異様な光景に誰かが
先生に伝えたのか。

担任だった。

何かを言っているが聞こえない。

そんなことより、上を見上げた時の空の青さがとてもとても綺麗だった。

私は数人の先生により、救出された。



泣いている先生もいた。わたしは何も言葉を発さなかった。

すぐに早退する事になった。

親に話すと言われた時に激しく抵抗したのを覚えてる。

靴下の汚れ、早退。さすがに母親も察したのかもしれないが、何もない。何でもない。と言い続けた。

制服からパジャマに着替え、ベッドに入った瞬間。

嗚咽が止まらない。

まくらに顔を思いっきり埋めて

わあああああ!!!とヒステリックに叫ぶ。

母親が部屋に飛び込んでくる。

どうしたの!何があったの!とわたしの興奮状態を抱きしめながら抑えていた。

人間、発狂のような状態が続くと、その後かなり激しい嘔吐がはじまる。

叫びながら、吐きまくった。

喉から出血もした。

わたしが、何をしたの!!!何でなの!!!

と、わめき散らし2時間くらいか。

いつのまにか眠ってしまって、シーツも新しくなっていて、母親が下で誰かと話しているのが聞こえた。

○○先生と聞こえたので担任と話しているようだ。

夜に、母親がリンゴを持ってきて、先生と話したから

「学校はいかなくていい。

心配かけまいとあんたが我慢し続けるくらいなら

はっきり、娘はしばらく学校を休ませると伝えたから

何も考えずに寝てなさい。」

母は泣いていた。ごめんね、とも言っていた。

自殺未遂のことも知ったんだろう。

ごめんね、ごめんねを繰り返していた。

なんでお母さんが謝るの......

中学3年生。いじめがなくなるに続く