邪馬台国 卑弥呼 続2
渡来系移民の以来尺遺跡
 

◆表紙の説明: 表紙の写真は、福岡県の以来尺遺跡の周辺の航空写真です。新国道3号線バイパス工事に伴い発掘調査されました。すぐ南には五郎山古墳があります。右下の新国道200号線バイパスの東側(枠外)には、隈・西小田地区遺跡群があります。以来尺遺跡は、大字筑紫・大字原田の谷部を挟んで丘陵上に位置し、女王系の隈・西小田地区遺跡群に対峙していた反女王系の最前線の拠点集落です。この以来尺遺跡は、倭国大乱期と次の女王卑弥呼時代(弥生後期)のわずか約100年間だけで、数百の住居跡が発掘された大遺跡です。

※ 最初におことわりしておきますが、各遺跡は発掘調査後に宅地造成や道路工事により削平され残念ながら残っていません。遺跡の痕跡を示す表示版も現地にはありません。出土遺物は博物館に保管されています。新興住宅地であり現在の居住者は遺跡とは無関係です。

 

 


◆概要
以来尺は、倭国大乱期、女王卑弥呼グループに敵対する最前線の遺跡です。

 

以来尺の約20km北に、倭国大乱期の反女王グループの拠点がありました。比恵です。巨大な大型建物が、林立していました。

 

比恵から以来尺への経路上には、在地系土器の貝元があります。この貝元に倭国大乱期だけ巨大大型建物が1棟だけ現れます。そして渡来系土器が混入し、船載品の袋状鉄斧が、1個だけ発掘されています。軍を通過させるための渡来系から在地系へのプレゼントのようです。

 

以来尺は完全に渡来系移民の集落です。細頸・長頸壺、袋状鉄斧10個と朝鮮半島系の遺物が潤沢に多数出土しています。朝鮮半島からの全面的な後方支援があったようです。特に、遠賀川式土器がほとんどであり、遠賀川河口の芦屋上陸です。この芦屋-以来尺の経路上に、さらに汐井掛ABがあります。この汐井掛ABは、出土遺物が以来尺にそっくりです。渡来系です。

少し番外編になりますが、弥生後期(A.D.183-248)の汐井掛ABと同じ場所、奈良時代(A.D.710-784)の汐井掛5号墳から『神功開寶』が3枚出土しています。A.D.765発行です。『神功』という名称は、日本書紀では『神功皇后』は女王卑弥呼とオーバーラップさせて描かれています。この『神功開寶』というCoinは、女王卑弥呼に関係があるかもしれません。

 

いきなり飛びますが、日本のコインの起源を、中央アジアのA.D.370-A.D.560のKidarites、Alchon、Nezak、Hephthalites の HUNA Coins に求めます。HUNA Coins は『頭蓋変形』が伴うことで有名です。8章では『頭蓋変形』とCoinsの金属の歴史を少し昔から見ています。さらに話は飛んで、9章では『頭蓋変形』の起源をアンデルタール人の "Shanidar 1" に求めます。シャニダール洞窟のネアンデルタール人の遺骨には『頭蓋変形』の特徴的な兆候が確認できます。ネアンデルタールの人骨の人類学の研究報告を読んでいくうちに、自分の体験談を根拠に『 Shanidar 1 はカンジタ症である。』と突然、決定します。「突然、神が舞い下りてきた。」ような話になりますので、"9.3. Neanderthal Shanidar 1"で、自分の体験談と1個づつ対比させ詳しく述べます。

 

『頭蓋変形』を伴う中央アジアの HUNA Coins は、インドのグプタ朝へも南下進入しています。"Bhitari Pillar"の石碑に刻まれ記録されています。石碑より「渦巻」,「ガンジス川の轟音」,「揺れる大地」が読み取れます。そして再び『カンジタ症である。』と決定します。"9.4. Whirlpool of Bhitari Pillar" で、体験談と1個づつ対比させながら述べます。

 

中央アジアのHUNA CoinsはA.D.560に消滅します。インドのグプタ朝も弱体化し消滅します。しかしA.D.640、中国のタリム盆地、シルクロード天山南路の喀什(Kashgar)と亀茲(Kuqa)で『頭蓋変形』が確認されています。中央アジアの『頭蓋変形』が東へ移動しています。さらに亀茲には官製遊廓もあります。この時代の中国は唐ですが、唐にはまだ官製遊廓が無かったようです。

 

日本の起源は亀茲にあるという1つの説もあります。日本の初の Coin である和同開珎の初鋳がA.D.708です。中央アジア(A.D.560)→亀茲(A.D.640)→日本の和同開珎(A.D.708)と、時代的には流れにのっています。ただし日本のコイン発行に『頭蓋変形』は伴っていません。筑豊は多いですが。

 

日本の『頭蓋変形』は熊本北部の和水町と種子島南部域の南種子町の広田遺跡などがあるくらいです。ただ広田遺跡では39体もの集中的な『頭蓋変形』が中橋孝博さらには木下尚子・米元史織らにより追加報告もされています。広田遺跡は共伴した出土遺物より、Metal Coins ではなく、貝貨つまり Shell Coins です。地域性で異なりますが、Coins発行と『頭蓋変形』の共通点はあります。"9.1.広田遺跡の頭蓋変形"で詳しく見ます。日本ではコイン発行と同時期に、平城京で天然痘が大流行しています。そして日本での『神功開寶』の分布より、日本では「大動脈とリンパ」と言えるほど相容れない2つの系列が、歴史上で確認できます。

 

最後に、タイトルの以来尺遺跡に戻り、出土した装飾玉類、石器なども見ていきます。そして農具も馬具も全く発掘されない以来尺遺跡の本業は、何かを考察します。

 



◆目次
◆表紙の説明
◆概要
◆目次
1. 初めに
2. 経路上の貝元遺跡の巨大建物
3. 経路上の貝元遺跡の土器編年
 3.1. 貝元遺跡の壺
 3.2. 貝元遺跡の高杯
4. 経路上の井尻B遺跡の土器
5. 以来尺遺跡の土器と住居
 5.1. 建23GRの出土土器
 5.2. 144GRの出土土器
  5.2.1. 1024号A住居跡の住居遺棄後祭祀
 5.3. 11&22GRの出土土器
 5.4. 竪穴住居跡1440・1441の土器
6. 女王時代の長頸壺
7. 金海の袋状鉄斧
 7.1. 経路上の貝元遺跡
 7.2. 以来尺遺跡と汐井掛遺跡
8. 麦・頭蓋変形・彩陶・青銅器・隕鉄/大火/炒鋼
 8.1. 汐井掛の神功開寶
 8.2. Catal Hoyuk 崩壊
 8.3. Before BC6100
 8.4. 黄河文明
 8.5. 『隕鉄時代』 BC2300-BC1900
 8.6. 『隕鉄時代』の中国 BC2300-BC1900
 8.7. 『暗黒時代』 BC1900-BC1600
 8.8. 『暗黒時代』の中国 BC1900-BC1600
 8.9. ヒッタイト古王国時代の中国 BC1600-BC1300
 8.10. ヒッタイト新王国時代の中国 BC1300-BC1200
 8.11. ヒッタイト滅亡後の中国 BC1200-BC1046
 8.12. ヒッタイト滅亡後の欧州 BC1200-BC950
 8.13. ヒッタイト滅亡後のアジア
 8.14. アレキサンダー大王遠征 BC334-BC323
 8.15. 秦の中国統一 BC330-BC221-BC210
 8.16. 漢の中国統一 BC210・BC202
 8.17. しかし匈奴に完敗 BC202-BC141
 8.18. 中興の武帝 BC141-BC49
 8.19. 呼韓邪・新 BC49-AD25
 8.20. 後漢再興 … AD25-AD91
 8.21. AD150の出来事 AD92-AD183
 8.22. 黄巾の乱 AD184-AD196
 8.23. 三国分裂 AD196-AD265
 8.24. 西晋・五胡十六国 AD265-AD370
 8.25. フン族が現れる AD370
 8.26. 亀茲(Kuqa)と『和同開弥』初鋳 AD640,AD708
 8.27. "炒鋼"story完結編
9. History of Cranial Deformation &Coins
 9.1. 広田遺跡の頭蓋変形
 9.2. Ganj Dareh の頭蓋変形
 9.3. Neanderthal Shanidar 1*
 9.4. Whirlpool of Bhitari Pillar*
 9.5. 亀茲の頭蓋変形と官製遊廓
 9.6. 畿内の神功開宝の分布
 9.7. 大動脈とリンパ
 9.8. 瑞安
 9.9. 九州北部の神功開宝の分布
10. 以来尺遺跡の装飾玉類
11. 以来尺遺跡の石器
12. 以来尺遺跡の生業



◆引用文献

九博>西都大宰府>資料ライブラリー (右端, PDFアイコン)
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/library.html

1. [以来尺Ⅰ(上)県] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No.276
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-276.pdf
以来尺遺跡Ⅰ 上巻, 福岡県筑紫野市大字筑紫所在遺跡の調査, 一般国道3号 筑紫野バイパス関係埋蔵文化財調査報告 第4集, 福岡県教育委員会, 1997年.

 

2. [以来尺Ⅰ(中)県] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No.277
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-277.pdf
以来尺遺跡Ⅰ 中巻, 福岡県筑紫野市大字筑紫所在遺跡の調査, 一般国道3号 筑紫野バイパス関係埋蔵文化財調査報告 第4集, 福岡県教育委員会, 1997年.

 

3. [以来尺Ⅰ(下)県] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No.278
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-278.pdf
以来尺遺跡Ⅰ 下巻, 福岡県筑紫野市大字筑紫所在遺跡の調査, 一般国道3号 筑紫野バイパス関係埋蔵文化財調査報告 第4集, 福岡県教育委員会, 1997年.

 

4. [以来尺Ⅱ県] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No.299
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-299.pdf
以来尺遺跡Ⅱ, 福岡県筑紫野市大字筑紫所在遺跡の調査, 一般国道3号 筑紫野バイパス関係埋蔵文化財調査報告 第6集, 福岡県教育委員会, 1998年.

 

5. [以来尺Ⅱ市] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No.239
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-239.pdf
以来尺遺跡Ⅱ, 筑紫野市大字筑紫所在遺跡調査, 筑紫野市文化財調査報告書 第39集, 筑紫野市教育委員会, 1994年.

 

6. [以来尺Ⅲ(上)県] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No.316
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-316.pdf
以来尺遺跡Ⅲ 上巻, 福岡県筑紫野市大字筑紫所在遺跡の調査, 一般国道3号 筑紫野バイパス関係埋蔵文化財調査報告 第7集, 福岡県教育委員会, 1999年.

 

7. [以来尺Ⅲ(下)県] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No.317
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-317.pdf
以来尺遺跡Ⅲ 下巻, 福岡県筑紫野市大字筑紫所在遺跡の調査, 一般国道3号 筑紫野バイパス関係埋蔵文化財調査報告 第7集, 福岡県教育委員, 1999年.

 

8. [貝元Ⅰ県] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No. 300
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-300.pdf
貝元遺跡Ⅰ, 九州自動車道筑紫野I.C.建設に伴う筑紫野市所在弥生・古墳時代大集落の発掘調査報告, p101, 福岡県教育委員会, 1998年.

 

9. [貝元Ⅱ(上)県] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No. 318
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-318.pdf
貝元遺跡Ⅱ(上巻), 九州自動車道筑紫野I.C.建設に伴う筑紫野市所在弥生・古墳時代大集落の発掘調査報告, 福岡県教育委員会, 1999年.

 

10. [貝元Ⅱ(下)県] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No. 319
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-319.pdf
貝元遺跡Ⅱ(下巻), 九州自動車道筑紫野I.C.建設に伴う筑紫野市所在弥生・古墳時代大集落の発掘調査報告, pp.348-351 pp.353-355, 福岡県教育委員会, 1999年.

 

11. [貝元(本文)市] 九博>西都大宰府>資料ライブラリー, No.341
https://www.kyuhaku.jp/dazaifu/pdf/d-341.pdf
貝元遺跡1, 九州自動車道筑紫野I.C.建設に伴う発掘調査報告, 筑紫野市文化財調査報告書 第60集, pp.5-7, 筑紫野市教育委員会, 1999年.

 

12. [貝元(図版)市] 九博>西都大宰府>資料, PDF無
貝元遺跡2, 筑紫野市文化財調査報告書 第66集, 筑紫野市教育委員会, 2005年. (すべて図版, 印刷本購入分)

 

13. [井尻B17B] 全国遺跡報告総覧, 20227_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/20227
井尻B遺跡14, 市道御供所井尻線建設に伴う発掘調査報告Ⅲ, 井尻B遺跡第17次調査(B区)の報告, 福岡市埋蔵文化財調査報告書第834集, 福岡市教育委員会, 2005.

 

14. [井尻B17CD] 全国遺跡報告総覧, 20389_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/20389
井尻B遺跡15, 市道御供所井尻線建設に伴う発掘調査報告書Ⅳ, 井尻B遺跡第17次調査(C・D区)の報告, 福岡市埋蔵文化財調査報告書第918集, 福岡市教育委員会, 2007.

 

15. [九州縦貫20 宮若] 全国遺跡報告総覧, 62649_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/62649
九州縦貫自動車道関係埋蔵文化財調査報告XX, 福岡県鞍手郡若宮町・宮田町所在遺跡群の調査, 福岡県教育委員会, 1978.

 

16. [九州縦貫28 汐井掛AB] 全国遺跡報告総覧, 59542_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/59542
九州縦貫自動車道関係埋蔵文化財調査報告XXⅧ, 福岡県鞍手郡若宮町・宮田町所在汐井掛遺跡の調査, 福岡県教育委員会, 1979.

 

17. [九州縦貫29 中屋敷] 全国遺跡報告総覧, 59543_1, 59543_2, 59543_3
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/59543
九州縦貫自動車道関係埋蔵文化財調査報告XXⅨ, 福岡県鞍手郡鞍手町所在中屋敷遺跡の調査, 福岡県教育委員会, 1979.

 

18. [下山西(乙姫)] 全国遺跡報告総覧, 16382_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/16382
下山西遺跡, 熊本県文化財調査報告第88集, 熊本県教育委員会, 1987.

 

19. [神水遣跡Ⅱ] 全国遺跡報告総覧, 16377_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/16377
神水遣跡, 江津湖公園整備に伴う文化財調査, 熊本県文化財調査報告第82集, 熊本県教育委員会, 1986.

 

20. [板付G-7ab] 全国遺跡報告総覧, 16963_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/16963
福岡市 板付遺跡 調査概報,(板付周辺遺跡調査報告書(5)1977-8年度), 福岡市埋蔵文化財調査報告書第49集, 福岡市教育委員会, 1979.


21. [板付F-5a] 全国遺跡報告総覧, 18618_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/18618
板付周辺遺跡調査報告書第18集, 福岡市埋蔵文化財調査報告書第539集, 福岡市教育委員会, 1997.

 

22. [板付F-5c] 全国遺跡報告総覧, 19689_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/19689
福岡市 板付周辺遺跡調査報告書第19集, 福岡市埋蔵文化財調査報告書第567集, 福岡市教育委員会, 1998.

 

23. [九州縦貫31(上)] 全国遺跡報告総覧, 59545_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/59545
九州縦貫自動車道関係埋蔵文化財調査報告XXXI 上巻, 福岡県小郡市三沢所在遺跡群の調査-弥生時代生活遺構編-, 福岡県教育委員会, 1979.

 

24. [九州縦貫31(中)] 全国遺跡報告総覧, 59545_2
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/59545
九州縦貫自動車道関係埋蔵文化財調査報告XXXI 中巻, 福岡県小郡市三沢所在遺跡群の調査-弥生時代墳墓編-, 福岡県教育委員会, 1979.

25. [九州縦貫31(下)] 全国遺跡報告総覧, 59545_3
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/59545
九州縦貫自動車道関係埋蔵文化財調査報告XXXI 下巻, 福岡県小郡市三沢所在遺跡群の調査-古墳時代以降の遺跡-, 福岡県教育委員会, 1979.

 

26. [狐塚(筑後市)] 全国遺跡報告総覧, 1984_1
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/1984
狐塚遺跡, 福岡県筑後市上北島集落遺跡の調査, 筑後市教育委員会, 1970.