上林 暁と浅田次郎の「薔薇盗人」を同時期に読んだ。
同じ題名の短編小説でも内容は全く異なる。
上林暁の「薔薇盗人」は5才の妹のために学校の庭に咲いた
たった一輪の薔薇を盗んだ貧しい少年だった。
食べるものにも事欠くその薄暗い家の中で
妹の胸に抱かれた紅い薔薇が異様に
浮かび上がる様子が想像でき、少年の妹に対する
優しい思いが悲しいくらいに胸を打つ。
浅田次郎の「薔薇盗人」は、少年が世界一周の豪華客船にキャプテンとして
乗船している父親に綴った手紙である。
薔薇は少年と暮らす母親そのもので背徳の香りを漂わせる。
少年の純粋さと母親の背徳が薔薇を中心に相反する位置にある。
少年にとって、さりげない日常を明るく綴った手紙を
船上で読む父親の心情はいかばかりだろう。
いつか少年が、母の寝室にあった薔薇の真意を
理解できる年頃になったとき初めて
敬愛する父親の悲しみを知るのだろうか。
