私がその花入れを知ったのは
火坂雅志の小説だった。
桂川の漁師が使っていた魚籠が千利休の目に留まり
利休はそれを花入れに見立て愛用したという。
やがて、その花入れは歴史の生き証人となる。
赤穂浪士が討ち取った吉良上野介の首の
代わりに、槍先に吊るし泉岳寺まで運ばれた
布の中身がこの花入れである。
底部にある槍の傷跡はその時のもの。
その後、好事家の手許を転々として
今、桂籠は神戸御影にある香雪美術館にある。
続く閑静な住宅街の道を登りつめたところに
香雪美術館はある。
最初は友人と、2度目は息子と、そして昨年妹と訪れた。
桂籠は想像していたよりも大きく存在感があり
これを花入れに見立てた利休の美意識に感服する。
2度目に訪ねたとき、織部の茶器中心に展示していた。
ため息をつきながら、眺めたものである。
その帰路、すぐ近くにある器屋で買い求めたのは
手のひらに包み込むように馴染む大きさの湯飲み。
まるで、椿の硬い蕾のようだと思った。
2年前、閉店の挨拶の葉書が、その店より届いた。
お気に入りの店がなくなるのは、旅のよい思い出の
断片がぽっかりなくなってしまうような寂しさがある。