えべっさん
一昨日、家からも徒歩で行ける
柳原蛭子神社
に行きました。
兵庫のまちは平安時代の昔から「大輪田泊」と呼ばれる良好な港のあるまちとして知られていました。
平清盛の時代には、中国・宋との貿易の拠点として港の大改修工事が行なわれ、福原には一時都がおかれた事もあります。後に兵庫のまちは「兵庫津」と呼ばれるようになり、海陸要衝の地として発展していくことになります。
兵庫津の道、西国街道という古い歴史を持つ柳原の中心に蛭子神社は建立されています。 元禄5年(1691)、兵庫津の「寺社改帳」に神社のことが記されていることから、元禄以前から祀られていたことがわかります。
現在は「柳原のえべっさん」という愛称で親しまれ、毎年、1月9日~11日の「十日えびす大祭」は商売繁盛や家内安全、学業成就を祈して多くの参拝者でにぎわいます。
すごい賑わいでした。
| 兵庫のまちは平安時代の昔から「大輪田泊」と呼ばれる良好な港のあるまちとして知られていました。 平清盛の時代には、中国・宋との貿易の拠点として港の大改修工事が行なわれ、福原には一時都がおかれた事もあります。後に兵庫のまちは「兵庫津」と呼ばれるようになり、海陸要衝の地として発展していくことになります。 兵庫津の道、西国街道という古い歴史を持つ柳原の中心に蛭子神社は建立されています。 元禄5年(1691)、兵庫津の「寺社改帳」に神社のことが記されていることから、元禄以前から祀られていたことがわかります。 現在は「柳原のえべっさん」という愛称で親しまれ、毎年、1月9日~11日の「十日えびす大祭」は商売繁盛や家内安全、学業成就を祈して多くの参拝者でにぎわいます。 |
| 兵庫のまちは平安時代の昔から「大輪田泊」と呼ばれる良好な港のあるまちとして知られていました。 平清盛の時代には、中国・宋との貿易の拠点として港の大改修工事が行なわれ、福原には一時都がおかれた事もあります。後に兵庫のまちは「兵庫津」と呼ばれるようになり、海陸要衝の地として発展していくことになります。 兵庫津の道、西国街道という古い歴史を持つ柳原の中心に蛭子神社は建立されています。 元禄5年(1691)、兵庫津の「寺社改帳」に神社のことが記されていることから、元禄以前から祀られていたことがわかります。 現在は「柳原のえべっさん」という愛称で親しまれ、毎年、1月9日~11日の「十日えびす大祭」は商売繁盛や家内安全、学業成就を祈して多くの参拝者でにぎわいます。 |
| 兵庫のまちは平安時代の昔から「大輪田泊」と呼ばれる良好な港のあるまちとして知られていました。 平清盛の時代には、中国・宋との貿易の拠点として港の大改修工事が行なわれ、福原には一時都がおかれた事もあります。後に兵庫のまちは「兵庫津」と呼ばれるようになり、海陸要衝の地として発展していくことになります。 兵庫津の道、西国街道という古い歴史を持つ柳原の中心に蛭子神社は建立されています。 元禄5年(1691)、兵庫津の「寺社改帳」に神社のことが記されていることから、元禄以前から祀られていたことがわかります。 現在は「柳原のえべっさん」という愛称で親しまれ、毎年、1月9日~11日の「十日えびす大祭」は商売繁盛や家内安全、学業成就を祈して多くの参拝者でにぎわいます。 |
源氏嫡流
正月に鎌倉の十回言った折、
源頼朝の墓
に参りました。
源 頼朝(みなもと の よりとも)は、平安時代 末期から鎌倉時代 初期の武将 、政治家 であり、鎌倉幕府 の初代征夷大将軍 である。
平安時代末期に河内源氏 の源義朝 の三男として生まれ、父・義朝が平治の乱 で敗れると伊豆国 へ流される。伊豆で以仁王 の令旨を受けると平氏 打倒の兵を挙げ、関東 を平定。鎌倉 を本拠とする。弟たちを代官 として源義仲 と平氏を滅ぼすと、戦功のあった末弟・源義経 を追放の後、諸国に守護 と地頭 を配して力を強め、奥州合戦 では奥州藤原氏 を滅ぼすと共に、義経を倒す。建久 3年(1192年 )に征夷大将軍に任じられた。
これにより朝廷 から半ば独立した政権が開かれた。この政権は後に鎌倉幕府と呼ばれ、幕府 などによる武家政権 は王政復古の大号令 まで足掛け約680年間に渡り、存続することとなる。
あまり知られていませんが、墓の手前に
白旗神社
があります。
源氏の旗は白旗なんです。
斑鳩寺
斑鳩寺では馴染みがありませんね。
法隆寺
法隆寺は飛鳥時代 の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子 ゆかりの寺院である。創建は金堂薬師如来像光背銘 、『上宮聖徳法王帝説』から推古15年(607年 )とされる。金堂 、五重塔 を中心とする西院伽藍 と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで西院伽藍は現存する世界最古 の木造建築物群である。法隆寺の建築物群は法起寺 と共に、1993年 に「法隆寺地域の仏教建造物 」としてユネスコ の世界遺産 (文化遺産)に登録された。
どこもかしこも国宝のオンパレード・・・・
唸るしかありません・・・
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
鮮やかな秋の色をした柿と、美しい秋空の下に広がる法隆寺 の抒情的な情景と荘厳な時の鐘の音を句に含め、人の五感 を刺激して秋を感じさせる名句です。













